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第十一章 創造神の娘

チャルクチマがニナを連れて行ったのはクスコでも大きくて立派な館だった。二人は奥に通され、大きな部屋に案内された。

「…ここでお待ち下さい。」

召使が頭を下げて言った。チャルクチマはうなづいて腰を下ろす。

「…立派なお家。」

ニナがキョロキョロする。

「…だろう?」

チャルクチマは笑った。

「…主も立派な御方だぞ。」

チャルクチマがそこまで言うと先程の召使が戻って来た。

「…申し訳ございません。中庭においで下さいとのことです。」

「わかった。」

チャルクチマは立ち上がった。

「おいで、ニナ。」

長い廊下を召使の後を歩いて行く。壁は黄金で装飾されていてこの館の主の身分の高さが幼いニナにも想像できた。

「こちらでございます。」

いきなり目の前が開けて中庭に出た。

「…わぁ。」

色とりどりの花・花・花。ニナはその鮮やかさに目を奪われた。

「きれい…。」

「だろう?…アタワルパ様がコリ・ティカ様のために造られた庭園だ。」

「…アタワルパ…?」

ニナが聞き返した時だった。突然、、目の前に転がるように子供が走り出して来た。

「……!?」

ニナが驚いて目を丸くする。

「―これは姫君。」

チャルクチマが言う。

「…お一人でございますか?母君は?どちらに?」

「あっち。」

姫と呼ばれた子供が指差す。年齢は2〜3歳だろうか。チャルクチマが子供を抱き上げる。「母君のところまでご一緒しますか?」

「…また高いのやって!」

子供が言うとチャルクチマは笑う。

「…承知致しました。姫は肩車がお好きですな…。」

ひょい、とチャルクチマは子供を肩に乗せるとニナを見た。

「…どうした、ニナ。」ニナは呆然と二人の様子を見ていたのだ。チャルクチマに話しかけられてようやくニナは我に帰った。そして唾を飲み込んでから口を開いた。

「その子―。」

「ああ.この姫君はトゥラ姫。…アタワルパ様の姫君だ。」

「そうじゃなくて―。」

ニナは言いかけて口をつぐんだ。そんなニナを見て面白いのかトゥラが声を上げて笑う。

「何だ、変な奴だな…面白いですか、姫。」

チャルクチマは言った。ニナは首を振り、口を開いた。

「…だって、その子は…白い神-ビラコチャの…。」

それを聞いてチャルクチマは微笑んだ。

「その通りだ。」

ニナはまた何か言おうとしたが口を開けただけで言葉にならない。確かに子供は透き通るような白い肌をしており、ニナたちは黒髪なのに日に透ける明るい色の髪をしていた。でも―何よりも目を引くのはその大きな瞳―青とも緑ともつかぬ、まるで湖のような色―。

「―この御子は“創造主”の娘だよ。」

チャルクチマはそう言ってトゥラを見た。トゥラもチャルクチマを見てにっこり笑う。

「ようやく連れて来たな、チャルクチマ。」

男の声にニナがハッとする。気付けば花園の中に一人の男が立っている。堂々としたたくましい体、自信に満ちた表情。よく焼けた肌に白い歯が鮮やかだ。その瞳は人を引きつける光を放っている。

「アタワルパ様。」

チャルクチマが膝まづくとその肩からトゥラがピョンと下りてアタワルパにまとわりつく。

「そなたはチャルクチマが好きだな、トゥラ。」

アタワルパは笑ってトゥラを抱き上げた。そして真っ直ぐにニナを見る。

「…そなたがチャルクチマの息子か。」「あ…はい。」

ニナはうなづいた。

「どれ。」

アタワルパは腰をかがめてニナをのぞきこんだ。

「…いくつになる?」

「…6才です。」

「そうか。」

アタワルパは笑う。

「…良い瞳をしているな。」

そして右手をニナの頭においた。

「そなたも良い戦士になってこの私のために働いてくれるのか?」

ニナはエッとアタワルパを見た。

「…どうだ、私では不満か?」

ニナは大きく首を振る。アタワルパは楽しそうに笑った。

「…決まりだな、チャルクチマよ。」

「…はい、ありがたくお受け致します。」

チャルクチマは深々と頭を下げた。

「ニナよ。」

アタワルパは言った。

「…私は必ず王になる。その時には―そなたの力が必要だ。…力を貸してくれるな?」

「はい。」

ニナは大きくうなづいた。

「よし…と、いかん、コリ・ティカが待ち兼ねておるのだ。」

アタワルパが言った。花園の奥に進んで行くと―ゆったり座れる椅子に一人の女性が座っていた。

「…母様!」

アタワルパの腕の中でトゥラが手を振る。その女性は微笑んで手を振る。

「…私の妃のコリ・ティカだ。」

アタワルパが言う。コリ・ティカが優しくニナを見る。

「…待っていたわ、ニナ。」

―クスコで待っているわ…重なる言葉。ニナは目を見張る。

「…あの時はお花をありがとうね、ニナ。」

コリ・ティカは笑った。ニナはうなづく。

「大きくなったわね。…顔を見せて。」

「……。」

ニナが側まで行く。コリ・ティカはあの時と変わらないように見えた―が。美しい顔はやつれて病の影が見えていた。「……。」

コリ・ティカはニナね紙を撫ぜる。アタワルパがトゥラを下に下ろしながら言う。

「…良い瞳だろう、コリ・ティカ。」

「…ええ。」

コリ・ティカはうなづいて走って来たトゥラを抱き留めた。

「ニナは小さい頃から…強い瞳をしていたわ。」

トゥラを抱き上げてコリ・ティカが言った。髪の色、肌の色は違ってはいるが二人は紛れもなく親子で―二人とも絵に描いたように美しかった。そう回りに咲く花々に負けないくらい―。ニナはそんな二人をただ呆然と見つめていた。「これ、ニナ。」

チャルクチマがニナをつついた。

「いくらコリ・ティカ様がお美しいとは言え…無礼だぞ。」

「…あら、チャルクチマ将軍。お久し振り。」

コリ・ティカが笑った。

「いつ、ニナを連れて来てくれるのかと思っていたわ。…会わせてくれないままキトーにお戻りになるつもりかしらって。」

「…これは申し訳ない。」

チャルクチマは笑う。

「トゥラも会いたがっていたのよ。…ね。」トゥラが腕の中でキャッキャッと笑った。

「…コリ・ティカ。チャルクチマとて暇を持て余しているわけではないのだ。そのくらいにしてやれ。」

アタワルパがたしなめる。コリ・ティカは笑った。

「…わかっています、あなた。今日はニナに会えたんですもの。いい日だわ。ありがとう、チャルクチマ。」「…いえ。」

チャルクチマが微笑んだ。

「そろそろ中へ入るか?太陽も傾いて来たし。」

アタワルパがコリ・ティカに声をかける。

「もう少しここないたいけど…そうするわ。」

コリ・ティカは疲れたように溜め息をつく。

「今日はゆっくりしていって下さるのでしょう?将軍。夕食の準備をさせているから。」

「はい。」

チャルクチマはうなづいた。

「さ、トゥラ。中へ入るわよ。」

コリ・ティカが言うとトゥラは首をふり母の手をすり抜けて飛び下りた。そしてニナに近付くとその手を取ってニッコリ笑う。「行こう。」

ニナは目を丸くしてトゥラを見る。

「行こうよ、お兄ちゃん。」

「あら。」

コリ・ティカは笑った。

「ニナのことが気に入ったのね。…ニナ、相手をしてもらってもいい?」

「……。」

ニナは小さくうなづいた。トゥラは嬉しそうに手を引っ張って花園の中に入って行った。

「相変わらず我儘な奴だ。」

アタワルパが苦笑する。

「少し甘やかし過ぎたかな。」

「貴方はあの子に弱いから。」

コリ・ティカは笑った。「あの子が大人になって…嫁ぐ時が来たら…手放さそうで心配だわ。」

「そんなことはない。」

アタワルパはコリ・ティカを見た。

「トゥラは正妃になるのだから。」

「―貴方。」

コリ・ティカが困ったような表情をする。

「だから、そなたも早く元気になり―未来の王、私の後継者を産んでもらわねばな。」

そこまで言ってアタワルパは高らかに笑った。コリ・ティカは複雑な表情でそんなアタワルパを見ているだけだった。



「こっち。」

トゥラは花園の奥に連れて行くとそこに座って花を摘み始めた。どうやらそこは彼女のお気に入りの場所らしかった。ニナは言われるままに側に座りトゥラが花を摘むのを見ていた。―それにしてもこのトゥラと言い、コリ・ティカと言い―不思議な母娘であった。ニナが今まで知っている女の人たちとは違う―。そう、まるでこの園に咲く花々みたいだ―。

「はい。」

トゥラがニナに花を差し出した。

「ありがとう。」

ニナが受け取るとトゥラはニッコリ笑った。本当に可愛い―おそらくは誰もがそう思うはずだ―笑顔だった。―本当に創造神‐ビラコチャの娘なのかもしれない…

その昔、天地を創造した神、ビラコチャは伝説によれば白い肌をして髭を生やしていたと言う。この子はその娘―。ニナはトゥラの頭をなぜた。トゥラが嬉しそうに笑う。

「守ってあげる。」

自然と言葉が出た。

「僕が…守ってあげる。僕は戦士だから。」

意味がわかったのかわからないのかトゥラはまた花を差し出した。

「ありがとう。」

ニナは答えた。

「…大切にするよ。」

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