第9話「模範生」
Aクラス最初の授業は、基礎魔法学だった。
内容は単純だ。
魔力循環、制御、詠唱速度――
どれも基礎中の基礎。
だが、教壇に立つ人物が問題だった。
サイト「教科書を開け!早くしろ!」
サイト・マークスマンは腕を組み、教室を見下ろす。 サイト「Aクラスだからといって、特別扱いはしない」
サイト「むしろ――期待外れは、Bクラス行きだ。」
視線が、自然とアイミスやミスティに向く。
空気がわずかに張りつめた。
アスベル(期待通りの悪役だ。)
アスベルは真っ直ぐに背筋を伸ばし、教科書を開く。
指示通り。完璧な姿勢。予習は完璧。
サイト「では、順番に詠唱してみろ」
サイト「ランドバーグ」
即座。
アスベル「はい」
立ち上がり、教科書通りの詠唱を行う。
派手さはない。
だが、魔力の流れは安定している。
アスベル(こんなの無詠唱でできるのに)
サイト「……合格」
歯切れは悪いが、否定できない。
教室がざわつく。
「さすが首席……」 「無駄がない……」
アスベルは静かに着席した。
アスベル(ほらな)
アスベル(“模範生”は楽でいい)
次。
サイト「コルド・ヴァレンシュタイン」
コルドがゆっくりと立ち上がる。
コルド「はいはい……」
軽い態度。
詠唱もどこか雑。
魔法は発動したが、魔力が散る。
サイト「……やる気があるのか?」
コルド「もちろんですよ、教官」
笑顔。
コルド「魔法の発動はできていますが何か?」
教室が静まる。
サイト「……減点だ」
苛立ちを隠さない。
サイト「もう一度だ。」
コルドは納得がいかないという態度で繰り返す。
コルド「おっと、すまない」
魔法が暴発し、アイミスの教科書に穴が空いた。
コルド「すまないねぇ。わざとじゃないんだ。」
わざとだ。
周囲が息を呑む。
アスベル(先生は止めない…チャンスだな)
アスベル「大丈夫ですよ」 即座に腰を上げ、アイミスの隣に座る。
教科書を見せて上げる。
アスベル「授業中ですし、気にしないでください」
穏やかな笑み。
コルドは一瞬だけ、面白くなさそうに目を細めた。
コルド「……流石は公爵家の人間だね」
サイトが咳払いをする。
サイト「次、ミスティ・ロング」
ミスティが立ち上がる。 詠唱は正確。
だが、魔力の流れは荒い。
サイト「……力任せだな」
サイト「剣ばかり振ってきたツケだ」
ミスティの肩が、わずかに強張る。
その瞬間。
アスベル「教官」
手が上がる。
サイト「何だ」
アスベル「詠唱自体は正確です」
アスベル「制御は課題ですが、伸び代はあるかと」
教室がざわつく。
サイトは不機嫌そうに舌打ちした。
サイト「……ダメだ!このくらいのことはできてくれないと困る。補習だ。」
ミスティが一瞬、アスベルを見る。
アスベル(はぁ…)
アスベル「なら、僕も補習を受けます。クラスメイトを見捨てられませんから」
サイト「お前は出来ているだろう!?」
アスベル「だからといって、補習を受けてはいけないという規則はないはずです。」
サイト「……勝手にしろ」
ミスティ(……助け舟、か?)
次。
サイト「アイミス」
アイミスが立ち上がる。 緊張が見て取れる。
詠唱。
魔法は成功。
だが、出力は控えめ。
サイト「……弱い」
サイト「Aクラスの水準ではない」
空気が重くなる。
アスベルは、静かに口を開いた。
アスベル「教官」
サイト「……また君か」
アスベル「先日の魔法試験を覚えてないのですか?アイミスは魔力制御が苦手です。ましてや、暴発させてはいけないと思ったのではないでしょうか?」
サイト「しかしだな…」
アスベル「この段階では、正しい選択かと」
模範的な意見。
教科書通り。
サイトは黙り込む。
サイト「……座れ」
不機嫌そうに言う。 サイト「次だ」
アイミスが小さく声を出す。
アイミス(……ありがとう)
アスベル「どう致しまして」
授業が終わる。
教室がざわつく中、コルドが歩み寄ってくる。
コルド「いやはや」
軽く拍手する。
コルド「さすが首席殿。先生のお気に入りだ」
アスベル「そう見えますか?」
コルド「少なくとも」
目を細める。
コルド「君は、まるで教科書のような貴族だよ」
探る視線。
アスベルは、にこやかに返す。
アスベル「面白いことを言いますね。そちらも貴族らしい貴族のようだ。」
お互いに笑い合う。
嘘ではない。
アスベルは次の授業に向かうため教室を出る。
教室を出る背中に、視線が集まる。
「優しい貴族様だ……」 「今までの貴族と違う……」
その声を聞きながら、アスベルは内心で笑った。
アスベル(いい反応だ)
アスベル(人は上の者が下の者を守るというエピソードが大好きだからな)
アイミスとミスティが、自然と隣に並ぶ。
ミスティ「……補習を受けるこになってすまない」
アスベル「共に頑張りましょう。」
ミスティは肩をすくめる。
コルドは少し離れた場所で、その様子を見ていた。
コルド(……面倒な男だ)
コルド(潰してやるぞ。アスタ…)
箱庭は、静かに歪み始めていた。
読んで下さり、ありがとうございます。
アスベルは悪い人ですねぇ




