第79話「安らぎ」
王国北部。
人里から離れた草原。
そこには、焼けた建物の跡が残っていた。
黒く焦げた柱。
崩れた石垣。
そして、風に揺れる背の高い草。
かつて牧場だったことが分かる場所だった。
アスベルは立ち止まる。
その背後には、コルド、アスタ、レイア、アイミス、ミスティ、シンシアがいた。
コルドが周囲を見回す。
コルド「……こんなところがいいのか?」
アスベルは小さく笑う。
アスベル「ここがいいんだ」
その声は穏やかだった。
アイミスが近づき、アスベルの手錠を外す。
金属の音が小さく鳴る。
アイミス「……」
何か言いかけて、言葉を飲み込む。
アスベル「ありがとう」
アスベルはそれだけ言うと、ゆっくりと歩き出した。
森の奥へ。
誰も止めない。
アスベルの背中は、静かに木々の間へ消えていった。
アイミスがぽつりと呟く。
アイミス「……綺麗な場所」
シンシア「…本当に」
木々の隙間から光が差し込んでいた。
葉が揺れるたびに、地面に光が揺れる。
アスベルはその場所で足を止めた。
静かな空間。
鳥の声だけが聞こえる。
アスベルはゆっくりと目を閉じた。
そして小さく呟く。
アスベル
「開け、永遠の景色」
その瞬間、地面に魔法陣が現れる。
シンシア「これは…!」
風が吹き荒れた。
木々が大きく揺れる。
草がなぎ倒される。
ミスティが剣に手をかける。
コルド「……アスベル!」
コルドが一歩踏み出す。
レイア「……あれは?」
光が渦巻く。
そして。
風が止んだ。
そこには、墓が並んでいた。
苔に覆われた墓石。
長い時間が経ったことが分かる。
一つの墓石にはこう刻まれていた。
アイン
沈黙が落ちる。
誰も言葉を発しない。
その隣。
同じように苔に覆われた墓石。
そこにはもう一つの名が刻まれていた。
アスベル
アスタの呼吸が止まる。
シンシア「封印魔法でここを守っていたのね」
コルドは静かにその墓石を見つめていた。
レイアの目から涙がこぼれる。
アスベルはゆっくりとアインの墓の前に歩いた。
そして静かに座る。
しばらく何も言わない。
風が草を揺らしていた。
やがて、アスベルは小さく笑った。
アスベル「……終わったよ」
その声は、とても静かだった。
アスベル「ようやく君に向き合える」
長い沈黙。
アスベルは墓石に手を置く。
苔に触れる。
アスベル「…君は望んでなかっただろうけどね」
風が吹く。
アスベル「もう誰も奪われない」
空を見上げる。
青い空だった。
それは王配でも独裁者でもない。
ただの男の声だった。
しばらくして、アスベルは後ろを振り返る。
コルド達を見て言った。
アスベル「すまない、少し一人にしてくれないか」
コルドはアスベルを見つめる。
長い沈黙。
やがて小さく頷いた。
コルド「……行くぞ」
レイア「これで、お別れなのね」
アスタは動かない。
しかし、コルドに肩を叩かれる。
アスタはゆっくり歩き出した。
レイアは最後まで振り返っていた。
やがて、皆の姿が木々の奥へ消えていく。
残されたのは、アスベル一人。
静かな風が吹いていた。
アスベルは自分の墓石を動かした。
そこには小さな瓶があった。
しばらくそれを手に取り眺める。
そして、小さく呟く。
アスベル「……ただいま」
森は静かだった。
風だけが草を揺らしている。
遠くで鳥の声が聞こえた。
その場所には。
王配も。
独裁者も。
怪物もいない。
ただ一人の男が静かな景色の中にいた。
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