第73話「策謀」
王国東部。
ルクシード公爵領。
東部最大の都市は、この日、異様な熱気に包まれていた。
街道の両脇には人々が溢れ、旗が振られ、歓声が響いている。
「王配殿下だ!」
「万歳!」
「王配殿下、こちらを向いて!」
ミスティの馬を先頭にアスタの両隣にはシンシアとアイミス。
そして、後ろにはコルドが居た。
銀色の眼帯。
黒い外套。
馬上の男は静かに手を上げた。
民衆はアスベル王配殿下だと信じてやまない。
アスタ(アスベルの人気はすごいな…)
アスタは無表情で手をあげる。
歓声は止まらない。
「王配殿下!」
「王配殿下!」
アイミスはその様子を見ながら、胸の奥で息を吐いた。
アイミス(……大丈夫かな?)
一行は歩みを進める。
農村、市場、城壁に至るまで声を聞く。
アスタ達は巡視を終え、ルクシード公爵邸に着いた。
巨大な白い門が開き、兵が一斉に剣を捧げる。
メラ「ようこそ。お待ちしておりました。」
公爵邸の扉の前に1人の女性が立っていた。
赤い外套、鋭い瞳。
西の傑物メラ・ルクシード。
メラはゆっくりと頭を下げた。
アスタは馬から降りた。
アスタ「素晴らしい都市だ。」
コルドが横に立つ。
形式的な挨拶が交わされる。
メラは静かに言った。
メラ「話の続きは応接室にて」
応接室に通される。
アイミスとミスティ、シンシアは別室にて待機となった。
部屋にはメラ、コルド、アスタだけになった。
メラは慣れた手付きで紅茶を注いだ。
カップをアスタに差し出す。
メラはゆっくりと椅子に座った。
部屋に沈黙が走る。
メラ「………」
メラはアスタを真正面から見つめる。
メラ「王配殿下。いや、アスタくん」
部屋の空気が止まった。
メラ「何のために来たのかしら?」
アスタは動揺を隠そうとする。
コルド「御冗談を」
メラはコルドを睨みつける。
メラは肩をすくめた。
メラ「安心しなさい。王配殿下の現状は知っているわ」
コルドは表情を変えない。
メラ「宰相殿」
メラ「あなたの仕業ね?」
コルドは少しも動じなかった。
コルド「なぜそう思われますか」
メラは微笑む。
メラ「簡単よ」
ゆっくりと紅茶を置いた。
メラ「王配殿下なら地方巡視なんかしない」
メラ「彼ならお供を連れずに1人で来るもの」
コルド「根拠としては薄いですね」
メラはアスタを見る。
メラ「あなたは何を見ているのかしら?」
静かな声。
アスタは一瞬だけ目を逸らす。
メラ「迷ったわね」
空気が重くなる。
メラ「王配殿下なら、こう言うでしょうね」
メラは続ける。
メラ「現実だと」
メラ「残念だけど、あなたと王配殿下の器は違い過ぎるわ」
沈黙。
メラはため息をついた。
メラ「さて、これは何の芝居かしら?」
コルドは観念したように静かに答えた。
コルド「王国を守るための策です」
メラの目が細くなる。
メラ「時間稼ぎね」
コルドは目を丸くした。
メラ「私に見て見ぬふりをしろというところかしら?」
コルド「おっしゃる通りです。」
メラは紅茶をゆっくりと口に運ぶ。
メラ「王配殿下を隠居させるつもりね?」
アスタの表情が少しだけ暗くなる。
コルド「このことはまだレイア女王は知らない事項です。」
メラ「そうだと思ったわ。」
メラは鋭い目付きでアスタを見る。
メラ「覚悟はあるの?」
アスタは静かに答えた。
アスタ「あります。」
短い言葉だった。
だがメラはそれを聞いて頷いた。
メラ「そう。ならいいわ」
そして言った。
メラ「この話は聞かなかったことにするわ」
コルドが小さく頭を下げる。
メラは笑う。
メラ「ただし」
視線が鋭くなる。
メラ「レイア女王が悲しむことになれば」
メラ「私が止める」
その言葉は本気だった。
王城の後宮の豪奢な部屋
酒瓶が並び、甘い匂いが漂う。
ルークレストが笑っていた。
隣にはアスベル
そこに、1人の黒い服を着た男が入ってくる。
「ルークレスト様、お耳に入れたいことが」
男はルークレストに耳打ちをする。
男は伝えたら、跡形もなく消えていった。
ルークレスト「アスタがお前の代わりに地方巡礼しているそうだ。」
アスベルは何も言わない。
沈黙。
ルークレストは笑った。
ルークレスト「まあいい」
酒をもう一気に飲む。
ルークレスト「兄が弟を真似てるってわけか」
ルークレスト「面白いじゃねぇか」
グラスを机に置き、女を抱き寄せた。
アスベルは静かに座っていた。
何も言わない。
何も動かない。
しかし、その表情はどこか笑っているように見えた。
わずかに目を細めた。
東の空には、夕日が沈みかけている。
王国の歯車は、静かに、そして確実に狂い始めていた。
読んでくださり、ありがとうございます。
さあ…どうなるのでしょうか。




