第69話「葛藤」
夜
コルドは執務室にひとり、山積みの書類に目を通していた。
その手は正確だが、心はざわついている。
コルド(国は、確実によくなっている)
机の上に置かれた統計表、税収の報告書、犯罪者の検挙率
数字は嘘をつかない。
民は豊かになり、犯罪率は激減し、正に理想の状態だ。
コルド(しかし…あいつを、このまま放置していいのか)
タバコに火をつけ、紫煙を吸い込み吐き出した。
窓の外に目をやると、王都の灯りが静かに輝いていた。
誰も叫ばない。誰も反抗しない。
その沈黙が、逆に重く、心に刺さる。
コルド(俺は学園でアスベルに奴隷に落とされた。拾ったのもあいつ。)
コルドは宙を漂う紫煙を見る。
コルド(そして、王位継承戦、戴冠式の奴の姿を見てきた。)
コルド(最初は殺したかったが、なんだかんだ好きになっている自分がいる)
コルドはタバコの火を消した
コルド(……やはり、動かねばならないか)
翌週
王城・会議室
コルドは、有力貴族たちを呼び出していた。
南の老獪、ユルド・ヴァレンシュタイン公爵
東の豪商、レクシア・サファイア公爵
西の傑物、メラ・ルクシード公爵
三者は、王城の大理石の床に足音を響かせながら入室する。
彼らの背筋はまっすぐで、威厳が漂っていた。
コルドは重い口調で声をかける。
コルド「話したいことがあります」
三人は黙ったまま、コルドを睨む。
誰も口を開かない。
空気が、重い。
コルド「むしろ、相談です」
一瞬、微かな沈黙。
三者は互いに視線を交わした。
コルドは口を開いた。
コルド「アスベル王配は…変わりました」
メラ(噂は本当だったのね)
コルド「国は平和で、民は豊かになった。しかし、支配の形は完全に…異質です」
ユルド「…それで?」
ユルドの目から鋭い視線が飛ぶ。
コルドは深呼吸をして、再び三公爵を見渡す。
コルド(小細工は不要だな…)
コルド「もし我々が動かねばならぬ場合…各家は、王配アスベルに逆らう意志がありますか?」
一瞬、沈黙が落ちた。
空気が張り詰める。
公爵家たちの視線は、それぞれコルドに向けられている。
これは、王国への反逆の意思を表していたからだ。
ユルドはゆっくりと首を振った。
ユルド「私の答えは…ノーだ」
老獪の威厳がその一言に宿る。
ユルド「王配殿下は恐ろしい男だが、国をまとめる力もまた恐ろしい。逆らうことは、愚行だ。」
レクシアも肩をすくめて笑うように言った。
レクシア「現実を見なよ。コルド。あの男に逆らったら、命はないよ。」
その言葉には、皮肉にも現実の状況が込められていた。
最後にメラが椅子に座り、冷ややかに視線を向ける。
メラ「私でも…あの男は手に負えないだろう。」
メラ「ここで手を出せば、破滅しかない。」
三者が揃って、静かに首を振った。
全員が同じ結論だった。
ユルド「仮にだ。」
ユルド「アスベル様を捕らえた瞬間、王国は混乱する。今の暮らしが成り立たなくなる。」
全て正しかった。
アスベルに歯向かうことは、現実的でない。
コルドは言葉を失い、視線を落とす。
心臓が強く打つ。
コルド(……これが現実か)
彼は頭の中で何度も計算する。
アスベルを抑えるには、力だけでは不十分だ。
知恵と策略、そして民衆の理解が必要だ。
しかし、民はアスベルに従い、貴族は手を出さず、王都は平穏を保つ。
コルド(…俺がしているのは余計なのか?)
その瞬間、コルドの胸に強い不安が広がる。
自分の行動が、この国と、王配アスベルとの間でどう転ぶのか、先が読めない。
コルド(でも…正されるべきだ。)
コルド「ありがとうございました。浅はかな発言でした。」
メラ「いいのよ。私も気持ちは分かる。」
レクシア「それだけ、アスベルの支配は完璧だ。」
そう言うと、それぞれが離席していった。
ユルドがコルドの肩を叩く。
ユルド「まずは、具体案からだ。あれだと人は動かん。」
ユルドはそう言うと去って行った。
コルドは会議室に1人残される。
コルド(…決めなければならない。だが、どうすればいい…)
王城の窓の外、夜風が揺れる灯を照らす。
その光景を見ながら、コルドはまだ、答えを出せないまま立っていた。
読んでくださり、ありがとうございます。
紫煙は何も答えない。




