第54話「異変」
西と東が契約を結んでから、ひと月が経った。
王城・大広間。
定例の王国主要貴族会議の日。
円卓を囲むのは、王国を動かす名家の当主たち。
空気は静かだが、どこか張りつめていた。
最初に口を開いたのは、西の女傑だった。
メラ・ルクシード公爵
「我らルクシード公爵家は」
一瞬、間が空く。
メラ
「第三王女、レイア・ガーネット殿下を支持いたします」
広間が、ざわめいた。
続けて、東の席から穏やかな声が響く。
東の豪、レクシア・サファイア公爵
「サファイア公爵家も同意見です」
沈黙が、重く落ちる。
南の席
ヴァレンシュタイン公爵家は、何も言わなかった。
否定も、肯定もない。ただの沈黙。
その静けさを、怒号が引き裂いた。
ガストン・ランドバーグ公爵
「ふざけるなッ!!」
椅子を叩き、立ち上がる。
ガストン
「この貴族の恥さらしどもが!女に政治が務まるものか!」
背後には、沈黙したまま立つアスタの姿。
王座から、疲れた声が響いた。
ガーネット三世
「……ガストン、控えよ」
だが、視線はすでに西と東に向いていた。
ガーネット三世「お二方。理由を聞こう」
メラは、涼しい顔で微笑む。
メラ「理由ですか?」
メラ「レイア殿下は、我々を“命令”しませんでした」
メラ「対等に話し、対等に利益を示し、対等に責任を負う覚悟を見せてくださいましたわ」
視線が、自然とレイアへ向く。
次に、レクシアが静かに続けた。
レクシア「レイア殿下は聡明な淑女です」
レクシア「感情ではなく、国を見ている」
レクシア「支援する価値がある、と判断しました」
広間に、再びざわめきが走る。
それは賛同ではない。
理解できない、という戸惑いだった。
レイアは、ゆっくりと立ち上がり、深く一礼した。
レイア「ご評価、感謝いたします」
その声は、静かだった。
だが、揺れてはいなかった。
ガストンは、歯を食いしばる。
ガストン(……何が起きている)
気づいた時には
西と東が、同じ側に立っている。
王国の空気が、確かに変わっていた。
それはまだ小さな異変。
だが、この日を境に、
“レイア派は弱い”という認識は、崩れた。
会議が終わるや否や、
ガストン・ランドバーグ公爵は、足音も荒く歩き出した。
向かう先は、王城上階。
第一王子フリーマン、第二王子サイリーの私室。
ガストン「お前は、ここに残れ!」
背後にいたアスタを一瞥し、吐き捨てるように命じる。
アスタ「……はい」
扉は、重く閉じられた。
アスタは廊下に一人、立ち尽くす。
その時だった。
足音。
静かだが、迷いのない歩調。
アスタが顔を上げると、
そこを通り過ぎていく一行があった。
レイア・ガーネット。
そして、その側近たち。
アスタは、反射的に膝をついた。
アスタ(……レイア姫)
だが、レイアは一度も視線を向けなかった。
まるで、そこに存在しないかのように。
一行が横を通り過ぎる、その一瞬。
アスタの視線が、最後尾の男に吸い寄せられた。
黒衣。
隻眼。
どこか見覚えのある横顔。
アスタ「……え?」
喉が、ひくりと鳴る。
アスタ「……アス……ベル?」
その名は、声にならなかった。
男は、こちらを見なかった。
歩調も、姿勢も、すべてが他人だった。
二人は、何一つ言葉を交わさないまま、
すれ違った。
アスタ(……見間違いかな)
だが、胸の奥に残った違和感は、消えなかった。
一方、王子たちの私室。
扉が閉まるや否や、怒号が響いた。
ガストン「フリーマン! サイリー!貴様ら、何をやっていた!!」
フリーマン「……仕方ねぇだろ」
椅子にもたれ、吐き捨てる。
フリーマン「西も東も、動かなかった。いや……動かされた」
ガストン「言い訳など聞きたくない!」
サイリーは、黙ったまま爪を噛んでいた。
その癖は、思考が深く潜っている証拠だ。
サイリー「……問題は、レイアではありません」
ガストン「ほう?」
サイリーは視線を上げる。
サイリー「あの側近です」
フリーマン「……ああ、あのクソ野郎な」
サイリー「名は、アスベル」
その名が出た瞬間、
ガストンの動きが、止まった。
ガストン「……アスベル?」
空気が変わる。
フリーマン「……知っているのか?」
ガストンは、ゆっくりと息を吐いた。
怒りは消え、代わりに冷たい笑みが浮かぶ。
ガストン「……そうか」
椅子に腰を下ろし、指を組む。
ガストン「なるほどな」
サイリー「……何か、ご存知で?」
ガストンは、確信を得た男の顔で言った。
ガストン「ならば、こちらが有利だ」
フリーマン「……どういう意味だ?」
ガストン「あの男は」
言葉を切り、ゆっくりと続ける。
ガストン
「“使い捨て”の存在だ」
その一言に、
王子二人の目が細くなる。
ガストン「いずれ分かる」
ガストン「レイアが拾ったと思っているその男が、
何者で、何のために動いているのか」
ガストンは、確信に満ちた声で締めくくった。
ガストン「……勝負は、まだ終わっておらん」
その頃、廊下の先。
アスタは、まだ立ち尽くしていた。
胸に残る、名前にならない感情を抱えたまま。
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疑念は疑念を呼び、自信は慢心を呼ぶ




