第36話「遠征」
馬車は、一定の速度で街道を進んでいた。
揺れは少なく、御者の腕は悪くない。
アスベルは、一人で座っていた。
(……一人で乗るのは、初めてだな)
これまでは、必ず誰かがいた。
メイドのマリアナ
アイミス
ミスティ
シンシア
アスベル(寂しがるなんて、俺らしくない)
そう思い、窓の外に視線を逃がす。
南へ向かう街道は、よく整備されていた。
商人の往来が多い証拠だ。
やがて、城壁が見えてくる。
南部交易都市・ランス。
王都とランドバーグ領を結ぶ要衝。
古くから「金が集まり、無いものは無い街」として知られている。
アスベルは膝の上の報告書を開いた。
(ここでの問題は……)
羊皮紙に並ぶ文字を、淡々と追う。
・領主家の支出が帳簿と合わない
・増税
・住民の不満
アスベルは、息を吐いた。
(横領疑惑。根も深そうだ)
アスベル(まあ、さっさと終わらせよう)
馬車が止まる。
御者「到着でございます、アスタ様」
その呼び名に、アスベルの指がわずかに止まる。
アスベル「……ご苦労」
自然に出た声。
訂正はしない。
アスタ・ランドバーグ。
今の自分の名だ。
門をくぐると、街の空気が変わった。
人は多いが、どこか視線が忙しい。
落ち着きがない。
アスベル(公爵家が査察に来るという噂は、もう回っているな)
領主館に向かう途中、露店の前で足を止める。
商人「いらっしゃいませ、旦那!」
声は明るい。
アスベルは、少しだけ微笑んだ。
アスベル「最近、この街は景気がいいようだな」
商人「ええ、まあ……」
歯切れが悪い。
アスベル「売上は好調だろう?」
商人は一瞬、言葉に詰まった。
商人「……領主様が、うまくやってくださってますよ」
アスベル(嘘だな)
アスベルは、それ以上追及しない。
急がない。
掃除は、最も汚れている場所から始める
領主館。
出迎えたのは、執事だった。
執事「ようこそ、アスタ様。遠路はるばる……」
過剰な笑顔。
アスベル「領主が来ないのか」
執事から汗が流れる。
アスベル(仕方ない)
アスベルはズカズカと領主邸に入る。
執事は慌てて追いかける。
執事「主人は出かけております!」
アスベル「街の人でも査察があることは知っていたのに不在にするのか!」
一喝
アスベルは重厚な装飾のされたドアの前にたつ。
扉の向こうから、甘い声が2つ。男の声が聞こえる。
アスベルは怒りのままに、ドアを蹴破る。
そこには、女性を抱いてベッドに入った男がいた。
アスベル「女性は出ていけ!」
女性は間もなく出て行った。
男性はベッドの上に正座する。
アスベル「ブルク侯爵」
ブルク「……時間を見ていなくて」
アスベル「……ほう」
アスベルは剣を抜く。
アスベル「その粗末なものを斬り落とされたくなかったら、さっさと書類をもってこい」
夜。
宿の部屋。
アスベルは灯りを落とし、帳簿を広げていた。
数字は、正直だ。
アスベル(ここがあやしいな)
税の流れは、領主家を経由している。
そのあとが消えている。しかし、貯金は増えていない。
ペンが止まる。
(……この商人が怪しいな)
アスベルは、帳簿を閉じた。
(俺は、掃除をする)
(アスタとして結果だけを残す)
窓の外で、夜警の声が響いた。
アスベルは椅子にもたれ、目を閉じる。
(……早く終わらせよう)
その胸の奥で、
小さな違和感が、また一つ積み重なった。
読んで下さり、ありがとうございます。
掃除の仕方には性格が出ますね。




