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悪徳貴族として酒池肉林を目指しているが、世間がうるさいので黙らせることにした  作者: ルピナス
領地編

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第35話「領地」

ランドバーグ領の空は、王国よりも低かった。

 雲が近いのではない。

山が、領地を抱え込むように囲っているからだ。

 馬車が石畳を踏み、邸宅の門が見える。

 門前には、すでに人影が並んでいた。

男が一歩前へ出る。

 ガストン・ランドバーグ公爵。

 その視線は、鋭くアスベルを睨みつける。

ガストン「戻ったか」

 それだけだった。

 アスベルは馬車を降り、膝をつく。

 反射だ。学園で身につけた礼ではなく、幼い頃から叩き込まれた型。

アスベル「ただいま戻りました」

 ガストンは頷く。

 労いも、抱擁もない。

ガストン「聖王国の件、話せ」

 アスベルは立ち上がり、淡々と口を開いた。

アスベル「改革案は、教皇ラインが正式に採択しました。開国祭で発表され、民の支持も得ています」

ガストン「……ほう」

アスベル「寄付金制度は形を変えます。年一度の寄付へ集約され、治療は薬の流通へ」

ガストン「薬の流通、か」

 ガストンの目が細くなる。

 気に入ったのか、金の匂いを嗅いだのか。判断はつかない。

アスベル「そして――浄化についてです」

 その言葉で、周囲の空気が微かに変わった。

 家臣たちが、視線を僅かに動かす。

アスベル「ご覧ください」

 呼ばれたのはシンシアだった。

 彼女はフードを外し、胸の前で手を重ねる。

「聖王国から参りました司祭のシンシアです。」

ガストン「兄のもとへ。今日から治療に入れ」

シンシア「承知いたしました」

 即断だった。

 相談ではない。確認ですらない。

 シンシアは一瞬だけ、アスベルを見た。

 助けを求める目ではない。“許可”を探す目。

 アスベルは、穏やかな笑みを作る。

「お願いします、シンシア」

 シンシアは頷き、すぐに側近に案内されていった。

 白い司祭が、ランドバーグ家の廊下に吸い込まれていく。

 残されたのは、アスベルと二人の家臣。

 アイミスは落ち着かない様子で背筋を伸ばし、ミスティは腕を組んだまま周囲を睨んでいた。

 ガストンが二人に視線を向ける。

ガストン「お前たち」

「はい!」と、ミスティ

「は、はい!」と慌てるアイミス

ガストン「名は」

 アイミスが慌てて名乗る。

「アイミスと申します」

「ミスティだ」

 ガストンは頷く。

ガストン「旅の間、よく働いたようだな」

ミスティ「いえ……」

ガストン「これからも働け。領地には仕事が山ほどある」

 言葉だけなら当然だ。

ガストン「これからも働け」


 ミスティの眉が動く。

 反論しかけたが、飲み込んだ。ここは従うしかない。

 ガストンは視線を戻し、アスベルにだけ言った。

ガストン「屋敷に入る前に、まず執務室へ来い」

 そう告げて、踵を返す。

 家臣が左右に続き、人の波が崩れないまま動く。

 アスベルは、ほんの僅かに息を吐いた。

アスベル(……おかえり、とは言わないか)

 言うわけがない。

 期待など、最初からしていないのだ。



 執務室の空気は、冷たかった。

 暖炉が焚かれているのに、冷たい。

 ガストンは机に書類を置き、ようやく椅子に座った。

ガストン「報告は以上か」

アスベル「はい」

ガストン「なら、次だ」

 次。

 帰還の次は休息ではない。仕事だ。

ガストン「お前は1ヶ月程、領地を回ってこい」

 アスベルは一瞬、言葉を選ぶふりをした。

本当は、選ぶ必要などないのに。

アスベル「回ってこい、とは」

ガストン「土地だ。村だ。帳簿だ。人だ」

 ガストンは指で机を軽く叩いた。

ガストン「アスタが回復したときにために、領地内を綺麗にしろ」

 その言い方が、妙に現実的だった。

ガストン「私は、兄の件で動けん」

アスベル「承知しております」

ガストン「お前の家臣はこちらで教育する。」

アスベルはそこで一瞬、言葉を止めた。

 何かを呼びかけるように口を開き、そのまま閉じた。

ガストン「この仕事ではアスタとして振る舞え」

 アスベルの瞳が僅かに揺れる。

アスベル「領地で名を使わないのですか?」

ガストン「……酒池肉林がしたいのだろう?」

アスベル「……分かりました」

 理由はそれだけ。

 だが、アスベルは気づいていた。

(名を使うな、か)

アスベル「出発は今夜だ」

アスベル「……早すぎますね」

ガストン「問題は待ってくれん」

 ガストンは椅子にもたれ、最後に言った。


 夕刻。

 屋敷の回廊を歩くと、別の空気が流れていた。

アスタの部屋。

 扉の前には侍女が二人。

 その奥で、静かな声が聞こえる。

シンシア「……痛みは?」

アスタ「……少し」

 シンシアの声。

 そして、兄の声。

 アスベルは、扉を叩かずに立ち止まった。

 数秒。

 中から、笑い声が漏れる。

アスタ「君が来てくれて、助かった」

シンシア「いえ……私は、ただ」

アスタ「君は、優しいね」

 その言葉に、シンシアが何か返した。

 聞き取れない。だが、声が柔らかいのは分かった。

 アスベルは、ゆっくりと踵を返す。

(……兄さんが治ればそれでいい)

 兄が治れば、家は安定する。

 家が安定すれば、自分の“野望”が達成される。


 使用人棟の前。

 アイミスとミスティが荷を運んでいた。

 アスベルが近づくと、二人が振り返った。

アイミス「アスベル様!」

ミスティ「……お前の父親は特殊だな」

 アイミスの声は明るいが、目は不安を隠せていなかった。

 ミスティは相変わらずの無表情だが、警戒が濃い。

アスベル「悪いな。でも、あと少しだ。」

アスベル「兄さんが治れば、兄さんを通じて処遇を改善してもらうよ」

ミスティ「……お前が言うなら従う」

 ミスティは、そこで一呼吸置き、低く言った。

ミスティ「だが、妙な空気だ」

 アスベルは笑った。

 アスベルは二人に小袋を渡した。

 硬貨の音。

アスベル「明日から居なくなる。せめてもの苦労料だ」

アイミス「え……?」

 アイミスが小さく頷く。

 ミスティは袋を握り、アスベルを見る。

ミスティ「遠征に出るのか」

アスベル「今夜だ」

アイミス「……私も」

アスベル「父上が見ているから不可能だ」

 即答。

ミスティ「……分かった。なら、こっちは守る」

アスベルは2人を抱きしめる。

アスベル「すぐ戻る」


 夜。

 馬車

 膝の上には、領地の地図と帳簿。

席の隣にら書類が山ほどあり、どれも“掃除”を待っている。

 アスベルは羽根ペンを取り、報告書の欄に目を落とした。

 手が止まる。

 ほんの一瞬。

 そして、何事もなかったようにペンを動かす。

 ――アスタ・ランドバーグ。


 アスベルは椅子にもたれ、目を閉じた。

(あと少しだ。)

(間もなく酒池肉林になる)

 そう思った瞬間、胸の奥に小さな違和感が刺さった。

 だが、気づかなかったことにするには、十分小さかった。

読んで下さり、ありがとうございます。

嫌なものには蓋をする。

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