第34話「開国祭」
聖王国クリアリースは、朝から騒がしかった。
白一色だった街は色布と花で飾られ、鐘の音に混じって音楽と笑い声が溢れている。
開国祭。
信者も、商人も、聖騎士も、今日は皆、同じ“民”だった。
アイミス「……本当に、お祭りなんですね」
ミスティ「……悪くない喧騒だ」
アスベルは二人を見て、小さく息を吐く。
アスベル「ほら」
小袋を二つ、放る。
アスベル「好きに回ってこい」
アスベル「仕事は終わりだ」
アイミス「え……!?」
ミスティ「……いいのか?」
アスベル「たまには、楽しめ」
アスベル「戻る時間だけは守れよ」
アイミスは一瞬迷い、それから深く頭を下げた。
アイミス「……ありがとうございます!」
ミスティ「甘えさせてもらおう」
二人は人波の中へ消えていく。
アスベルはその背中を見送り、静かに呟いた。
アスベル(これでいい)
パルティア大聖堂前。
人々が集まり、ざわめきが一層強くなっていた。 やがて――鐘が鳴る。
高らかに、重く。
バルコニーに、教皇ライン・マードックが姿を現す。
教皇ライン「民よ、集え」
一瞬で静まり返る広場。
教皇ライン「本日、開国祭にあたり」
教皇ライン「ナハト教は、新たな道を示す」
ざわめき。
教皇ライン「奇跡は、神の御業である」
教皇ライン「だが、人の苦しみを癒すことは、人の知恵でも成せる」
聖職者たちの間に、緊張が走る。
教皇ライン「よって、我らは決定した」
教皇ライン「奇跡と治療を切り分け、新たな制度を施行する」
改革案の正式発表。
年一度の寄付。
治療薬の流通。
信仰を金で縛らぬ、新しい形。
民衆の間に、どよめきが走る。
そして、ゆっくりと歓声が広がっていく。
その光景を、アスベルは群衆の端から眺めていた。
アスベル(……これでいい)
視線を横に向ける。
そこには、司祭服を脱ぎ、簡素な白衣に身を包んだシンシアが立っていた。
いつもの祭司服では分からなかった大きな胸に手を当て、目を潤ませながら、壇上を見つめている。
シンシア「……本当に、始まったんですね」
アスベル「ええ」
アスベル「あなたが選んだ結果です」
シンシアは、ゆっくりとアスベルを見上げる。
シンシア「……私、怖かったんです」
シンシア「でも……あなたが居たから」
その声は、司祭としてではなく、 一人の女性としてのものだった。
アスベル「逃げなかった」
アスベル「それだけで、十分強い」
しばらく、言葉はなかった。
喧騒が遠ざかり、二人の間だけ時間が緩む。
シンシア「……アスベルさん」
躊躇いが混じる。
シンシア「あなたは……この国を去るのですよね」
アスベル「はい」
即答だった。
アスベル「私は、ここに留まる人間じゃない」
シンシアは唇を噛みしめ、それでも、顔を上げる。
シンシア「……でしたら」
シンシア「私も、あなたと行きたい」
2人の間の時が止まったかのようだった。
アスベルは、少しだけ目を伏せる。
アスベル「後悔はしませんか?」
シンシア「……しません。私はあなたと共にいたい」
迷いのない答え。
アスベルは、静かに頷いた。
アスベル「なら、共に来てください」
アスベル「私の領地は、綺麗でも、優しくもない」
アスベル「それでもいいなら」
シンシアは、はっきりと笑った。
シンシア「……はい」
再び鳴る鐘。
聖王国クリアリースは、新しい時代の一歩を踏み出した。
鐘の音が溶けていく。
アスベルは、シンシアを抱きしめていた。
アスベル(浄化の力を手に入れた。全て予定通りだ)
彼の表情は、穏やかだった。
――聖王国編、終幕。
読んで下さり、ありがとうございます。
次からは新章に突入します。




