第30話「不協和音」
数日後のパルティア大聖堂、奥の会議室。
重厚な扉が閉じられ、外界の音は完全に遮断されていた。
長い卓の中央。
玉座に腰掛けるのは、教皇ライン・マードック。
教皇ライン「……して、話があるとか」
静かな声。
それだけで、場の空気が引き締まる。
シンシアは一歩前に出た。
指先はわずかに震えていたが、背筋は伸びている。
シンシア「はい。ご提案がございます」
深く一礼し、顔を上げる。
シンシア「現在の寄付金制度について、改革案を提出させてください」
会議室がざわめいた。
シンシアは、事前にまとめた案を一つずつ説明していく。
“奇跡”と“治療”の切り分け。
年一度の寄付制度。
風邪薬の販売と信仰等級の設定。
説明が終わる前に、机を叩く音が響いた。
ハイツ「反対だ!」
立ち上がったのは、ハイツ・ローレンツ司祭。
ハイツ「そんな制度を認めれば、奇跡が蔑ろにされる!」
ハイツ「神の御業を、商売と同列に扱うつもりか!」
声を荒げ、シンシアを睨みつける。
ハイツ「これは信仰の否定だ!」
その瞬間。
ローズ「違うな」
低く、落ち着いた声。
警備担当司祭ローズが、静かに口を開いた。
ローズ「奇跡を安売りしているのは、今の制度だ」
ハイツ「なに……?」
ローズ「軽い病で奇跡を求め、払えぬ者が恨みを抱く」
ローズ「結果、奇跡は“当然の権利”になっている」
淡々とした言葉が、ハイツの言葉を削っていく。
ローズ「奇跡の価値を下げているのは、誰だ?」
ハイツは言葉に詰まる。
ローズ「治療を人の手に戻す」
ローズ「奇跡は、本当に必要な時のみに残す」
ローズ「……これのどこが、信仰の否定だ?」
沈黙。
教皇ラインは、じっと二人を見つめていた。
ローズ「教皇様」
一歩前に出る。
ローズ「この改革が成れば」
ローズ「教皇様のお名前は、未来永劫“改革者”として語られるでしょう」
会議室の空気が、はっきりと変わった。
教皇ラインは、ゆっくりと立ち上がる。
教皇ライン「……なるほど」
一拍。
教皇ライン「シンシア司祭の提案を、受け入れる」
ハイツの顔から血の気が引いた。
教皇ライン「一週間後」
教皇ライン「開国祭の場にて、正式に発表するとしよう」
シンシアとローズは、同時に深く頭を下げた。
シンシア「ありがとうございます……!」
ローズ「御英断です」
会議は、それで終わった。
ハイツの指先が、気づかぬうちに机の縁を強く掴んでいた。
ハイツ(……まずい)
額に脂汗が滲む。
ハイツ(このままでは……)
彼は何も言わず、足早に会議室を後にした。
その背中には、
もはや“正義”の余裕はなかった。
不協和音は、確かに鳴り始めていた。
ハイツは部屋に戻る。
ハイツ「くそっくそっ!」
ハイツは悔しそうに取り乱している。
ハイツ「あの改革案はシンシアの知恵ではない!」
肩を震わせながら、深呼吸をする。
ハイツ「ローズでもない。つまりは誰かが裏にいる!」
ハイツは身だしなみを整える。
ハイツ「そいつを見つけ出し」
ハイツ「正義の名の下に叩き潰してやる」
読んで下さり、ありがとうございます。
正論は時には人を傷つける。




