第20話「正体」
重厚な扉の前で、アスベルは一度だけ呼吸を整えた。
ランドバーグ公爵家当主執務室。
幼い頃から何度も足を運んだ場所だが、今日は空気が違う。
影武者としての役目を終えた、最初の呼び出し。
ガストン「入れ」
低く、よく通る声。
アスベルは扉を開き、室内へ足を踏み入れた。
書斎には、ガストン・ランドバーグ公爵が立っていた。
机には向かわず、窓辺に立ち、領地を見下ろしている。
アスベル「お呼びでしょうか、父上」
形式通りの声。
ガストンは振り返らないまま、口を開いた。
ガストン「……よく戻ったな」
ガストン「三年間、ご苦労だった」
それだけの言葉。
だが、その重みは十分だった。
アスベルは即座に片膝をつく。
アスベル「身に余るお言葉です」
ガストンは、ゆっくりと振り返った。
ガストン「影武者という役目は、誰にでも務まるものではない」
ガストン「名を奪われ、功を譲り、恨みも買う」
ガストン「それでも、お前はやり切った」
短く、息を吐く。
ガストン「誇りに思う」
アスベルの胸に、わずかな熱が走る。
アスベル「……ありがとうございます」
だが、父の表情はすぐに引き締まった。
ガストン「だが…」
ガストン「今すぐ、やってもらいたいことがある」
アスベル(来たな…)
アスベル「……なんでしょう」
ガストンは再び窓へ視線を戻す。
ガストン「アスタについてだ」
その一言で、すべてを察する。
アスベルは、間を置かずに口を開いた。
アスベル「……呪い、ですか?」
わずかに、ガストンの肩が揺れた。
ガストン「勘づいていたか」
アスベル「病気にしては、症状が不自然すぎます」
アスベル「周期、反応、回復の兆し……どれも一致しない」
ガストン「その通りだ」
ガストンは、窓の外――領地の奥を見つめながら続ける。
ガストン「アスタは病気ではない」
ガストン「何者かによって、呪われている」
静かな断定。
アスベルは、拳を強く握った。
アスベル「……その首謀者を、私が探すのですか?」
ガストンは、首を横に振る。
ガストン「違う」
短く、だが明確に。
ガストン「首謀者は、すでに分かっている。これは私の問題だ。」
アスベルの目が、わずかに細くなる。
アスベル「……では」
ガストンは、ゆっくりとアスベルの方を向いた。
ガストン「お前には、行ってもらいたい場所がある」
一拍。
ガストン「聖王国クリアリースだ」
その名を聞いた瞬間、空気が変わった。
アスベル(聖王国……)
宗教、聖騎士、浄化。
呪いに関わるすべてが、そこに集まる国。
ガストン「アスタの呪いを解くには、あそこしかない」
鋭い視線。
ガストン「表立って動けば、敵に察知される」
ガストン「だから、お前しか動けん」
影武者。
裏で動き、名を残さず、結果だけを持ち帰る存在。
アスベルは、静かに頷いた。
アスベル「……承知しました」
ガストン「今回ばかりは、学園での遊戯とは違う」
アスベル「分かっています」
アスベル(アスベルとして動けそうだな)
ガストンは、最後に一言だけ告げた。
ガストン「これは、ランドバーグ家の存亡に関わる」
ガストン「結果が全てだ」
アスベルは立ち上がり、深く一礼した。
アスベル「最大の結果を持ち帰ります」
書斎を出る。
扉が閉まった瞬間、アスベルは小さく息を吐いた。
アスベル(学園は終わった)
アスベル(次は聖王国か)
執務室を出たあと、アスベルはそのまま使用人棟へ向かった。
廊下の先。
割り当てた部屋の前で、アイミスとミスティが言葉を交わしている。
アスベルが足を止める。
アスベル「二人とも」
振り返る。
アイミス「あ、アスベル様」
ミスティ「……話がある顔だな」
短い沈黙。
アスベルは、包み隠さず切り出した。
アスベル「聖王国に行くことになった」
空気が、ぴんと張る。
アイミス「……聖王国、ですか?」
ミスティ「随分、急だな」
アスベル「兄の件だ」
アスベル「危険な旅になる」
アスベルは躊躇いながらも言う。
アスベル「ついてきてくれるか?」
一瞬、視線が交差する。
アイミスとミスティは顔を見合わせ、
ほんのわずかな沈黙のあと――
アイミス「……ついていきます」
迷いのない声だった。
アスベル「即答だな」
アイミス「助けてもらってばかりでしたから」
アイミス「今度は、私が役に立ちたいです」
ミスティは腕を組み、少しだけ眉を寄せる。
ミスティ「……一つ聞く」
アスベル「なんだ?」
ミスティ「私達はなんだ?」
その問いに、アスベルはわずかに口角を上げた。
アスベル「当然」
一拍。
アスベル「友達だし、家臣だ。」
ミスティは、鼻で笑った。
ミスティ「ならいい。護衛は任しておけ」
アイミスが、少し困ったように笑う。
アイミス「……ミスティ、素直じゃないですね」
ミスティ「うるさい」
アスベルは二人を見て、短く頷いた。
アスベル「決まりだな」
聖王国。
呪い。
王国の裏側。
学園とは比べ物にならない世界が待っている。
アスベル(宗教が絡む…難しいが……)
だが――
アスベル(だからこそ、面白い)
三人は、それぞれの覚悟を胸に、静かに歩き出した。
読んで下さり、ありがとうございます。
次は、聖王国編です。




