第2話「影武者」
ランドバーグ公爵家の廊下は、やけに静かだった。
朝の光が差し込む回廊を、アスベル・ランドバーグは無言で歩く。
使用人たちは深く頭を下げ、視線を合わせようとしない。
当然だ。
この屋敷で、彼を怒らせて得をする者はいないからだ。
分厚い扉の前で、足を止める。
静かにノックする。
「いいよ」
アスベルは扉を開けた。
室内には薬草の匂いが満ちていた。
天蓋付きの寝台に横たわっているのは、双子の兄。
アスタ・ランドバーグ。
同じ顔、同じ髪色。
だが、その身体は驚くほど細く、呼吸も浅い。
アスタ「……アスベルか」
掠れた声。
アスベル「無理して喋らなくていい」
アスベルは椅子を引き、無遠慮に腰を下ろす。
アスタ「今日も家庭教師を潰したって聞いたよ」
アスベル「潰してない。使い道を変えただけだ」
アスタは小さく笑った。
アスタ「相変わらずだね……」
窓の外では、鳥の鳴き声が聞こえる。
アスベルはふと、立ち上がった。
アスベル「父上が来る」
アスベルは唐突に言った。
間もなく、重々しい足音が近づく。
ガストン「……入るぞ」
扉が開き、ランドバーグ公爵ガストンが姿を現した。
ガストン「二人とも、揃っているな」
ガストンは視線を兄弟に巡らせ、静かに言った。
ガストン「アスタ。お前の体調を考えれば、本来なら今年の王都行きは見送るべきだ」
アスタはベッドのシーツを強く握り、何も言わない。
分かっているのだ。
ガストン「だが」
ガストンの視線が、アスベルに移る。
ガストン「学園には、我が公爵家の名を示す必要がある」
沈黙が走る。
アスベルは口角を上げた。
アスベル「つまり?」
ガストン「――お前が行け」
一瞬の静寂。
アスタが目を見開く。
アスタ「父上、それは……!」
アスベル「兄さん…大丈夫。これまでも交流会等でも代わりにやってきたじゃないか」
アスタは自分の無力差から俯いてしまった。
ガストン「お前は病弱。外聞が悪い。だが、血筋と名は必要だ。」
ガストンは淡々と続ける。
ガストン「お前は兄として振る舞え。最高の成績、行動を示してランドバーグの名を汚すことがないように」
アスベルは少し考える素振りを見せ――
すぐに、笑った。
アスベル「構いませんよ」
少し軽口で返す。
アスタが不安そうに声を上げる。
アスタ「アスベル……すまない」
アスベル「すまないも何も」
アスベルは立ち上がり、兄の肩に手を置いた。
アスベル「兄さんが領主になるんだろ?」
そして、耳元で低く囁く。
アスベル「だったら、早く病気を治してくれ」
アスタは頷く。
アスベルは肩をすくめた。
アスベル「俺の夢は決まってる」
軽く、しかしはっきりと。
アスベル「兄さんに領地を任せて、俺は別邸で酒池肉林」
ガストンが、わずかに笑った。
ガストン「……相変わらずだな」
アスベルは踵を返す。
アスベル「で?準備は?」
ガストンはニヤリと笑う。
ガストン「すでに整えてある」
ガストンは答える。
ガストン「王都行きは三日後だ」
ガストンはアスタの部屋から去って行った。
アスベルは心の中で呟いた。
(影武者? 結構)
(どうせ表に立つなら、好き放題やらせてもらう。)
それが――
アスベル・ランドバーグのやり方だった。
読んでいただきありがとうございます。
次話から、物語が本格的に動き出します。




