第19話「帰還」
馬車は、ゆっくりと北へ向かっていた。
学園を離れてから、数日。
車内は静か――というほどでもない。
マリアナ「まあ! 学園のお話、もっと聞かせてくださいませ!」
アイミス「え、ええ……そんな大したことじゃ……」
アイミスは頬を緩めながら、マリアナに捕まっている。
文化祭の話、授業の話、些細な日常。
緊張は、すでに解けていた。
対照的に、ミスティは腕を組み、窓の方を向いたまま黙っている。
ミスティ(……ここがランドバーグ領か)
そして、アスベルは――
馬車の揺れに身を任せながら、外の景色を見ていた。
アスベル(戻ってきたな)
領地が見えた。
ランドバーグ公爵領。
広がる畑、整備された街道。
門前には、すでに人影があった。
馬車が止まる。
ガストン「――よくぞ戻ってきた」
重厚な声。
父、ガストン・ランドバーグ公爵。
アスベルは即座に馬車を降り、膝をつく。
アスベル「ただいま戻りました」
ガストン「お前の噂は、ここまで届いていたぞ」
ガストン「よくやったな」
アスベル「……ありがたき御言葉です」
そのとき。
アスタ「やあ……久しぶりだね」
車椅子に座り、ゆっくりと近づいてくる青年。
穏やかな笑み。
アスベル「兄さん!」
思わず声が弾む。
アイミスとミスティは、顔を見合わせた。
アイミス「……え?」
ミスティ「……二人?」
アイミス「ア、アスタ様が……二人……?」
アスベルが振り返る。
アスベル「ああ……言ってなかったな」
アスベル「本物のアスタは、あっち」
アスベル「俺は弟の――アスベルだ」
ミスティ「……は?」
アイミス「えええっ!?」
ガストン「なんだ。言ってなかったのか」
ガストン「まあ、仕方あるまい」
アスベル「どこに聞き耳があるか、分かりませんから」
邸宅に到着した。
ガストン「今日は、ゆっくりするといい」
アスベル「ありがとうございます」
アスベル(今日は……ね)
アスタ「ありがとう、アスベル」
アスタ「それに……アイミスさん、ミスティさん。これからよろしくね」
二人は慌てて頭を下げた。
アイミス「は、はい!」
ミスティ「……よろしくお願いします」
アスベル「こっちだ」
アスベルの私室
アスベル「ここが、俺の部屋だ」
アイミス「……あの、私たちの部屋は?」
アスベル「あるわけないだろ」
ミスティ「……どういうことだ?」
アスベル「家臣になるってのはな」
アスベル「身も心も捧げるってことだと思ってたが」
アイミス「そ、それは……そういう意味じゃ……」
ミスティ「……ふざけるな!」
アスベルは、くつくつと笑う。
アスベルは、小さく息を吐いた。
アスベル「……冗談だ」
アイミスとミスティが、同時に顔を上げる。
アスベル「部屋は用意してある。使用人棟だが、学園よりはずっとマシだろう」
ミスティ「……最初から、そう言えばいい」
アスベル「どんな反応するか楽しみだったんだ。」
くるりと背を向ける。
アスベル「ついてこい。案内する」
廊下を歩きながら、アイミスは小さく息を吐いた。 アイミス「……びっくりしました」
ミスティ「まったくだ」
だが、二人とも気づいていない。
アスベルが“何もしなかった”という事実こそが、選択であることを。
アスベル(……急ぐ必要はない)
部屋を割り当て、最低限の説明を終えると、アスベルは自室へ戻った。
その夜は、何も起きなかった。
――翌朝。
コンコン、と控えめなノック。
マリアナ「坊っちゃん」
扉が開く。
アスベル「どうした?」
マリアナ「ガストン様がお呼びです」
一瞬だけ、アスベルの目が細くなる。
アスベル「……わかった。すぐ行く」
マリアナが下がる。
静かになった部屋で、アスベルは窓の外を見た。 広がるのは、かつて守ると誓った領地。
アスベル(さて……)
アスベル(次は、何かな?)
彼は外套を羽織り、扉へ向かう。
何かが、確実に始まろうとしていた。
読んで下さり、ありがとうございます。
期待させちゃいました?




