第18話「卒業」
春の光が、レンブラント学園の中庭を満たしていた。
白い石畳に落ちる影は短く、空はどこまでも澄んでいる。
卒業式――
それは、学園にとっての終わりであり、学生にとっては始まりの場でもあった。
講堂には、正装した卒業生たちが整然と並んでいる。
貴族も、平民も、肩書きを脱ぎ捨てた顔だ。
壇上。
名を呼ばれ、ひとりずつ証書を受け取っていく。
そして――最後。
「首席卒業生、アスタ・ランドバーグ」
ざわめきは起きない。
それは、当然の結果だった。
アスベルは静かに立ち上がり、壇上へと歩く。
背筋は伸び、足取りに迷いはない。
証書を受け取り、一礼。
そして、そのまま壇上に残る。
司会「卒業生代表答辞、アスタ・ランドバーグ」
講堂が、完全に静まった。
アスベルは校長先生に一礼し、壇上に立つ。
アスベル「在学中、我々は多くを学びました」
淡々とした声。
アスベル「剣と魔法。知識と規則」
アスベル「そして――人と関わりです」
一拍、間を置く。
アスベル「身分は、ここでは意味を持ちません。文化祭が示したように、越えられるものです」
アスベル「この結果を生み出せたのは、行動したからです」
アイミスは、胸の前で手を組む。
ミスティは、目を伏せたまま、静かに聞いている。
アスベル「我々は、同じ場所で競い、時に衝突し、時に協力しました」
アスベル「それは、決して綺麗な過程ではなかった」
視線が、講堂をなぞる。
アスベル「ですが」
アスベル「この学園で得たものは、確かに次へ繋がる。豊かな未来へと」
最後に、深く一礼。
アスベル「レンブラント学園に、感謝を」
拍手。
派手ではないが、揃った音。
それで十分だった。
式が終わり、講堂の外。
卒業生たちは、それぞれの道へ散っていく。
「お疲れ様、首席」
「さすがだったな」
声をかけられ、軽く返す。
引き止めない。
もう、役目は終わっている。
学園の奥。
校舎の影で、レイアが腕を組んで待っていた。
レイア「見事だったわ」
微笑み。
教師でも、校長でもない、ひとりの大人の顔。
レイア「学園を、綺麗に使ったわね」
アスベル「使ったつもりはありません」
レイア「ふふ……そう言うところよ」
一歩、距離を詰める。
レイア「ねぇ」
レイア「私と組まない?」
冗談のようで、冗談ではない声。
アスベル「……やることがありますので」
即答だった。
レイアは、少しだけ目を細める。
レイア「そう」
レイア「でも、覚えておきなさい」
背を向けながら、言う。
レイア「今の立場が変わる時があれば」
レイア「いつでも来なさい」
振り返らない。
アスベル(まあ、そんな日は来ないだろう)
正門前。
アイミスとミスティが、並んで立っていた。
アイミス「……おめでとうございます、アスタ様」
ミスティ「卒業だな」
アスベル「二人とも、これからどうするつもりだ?」
問いは、静かだった。
アイミスは一瞬迷い、
ミスティは即座に答えた。
ミスティ「私は、あなたに仕えたい」
迷いはない。
アイミス「……わ、私もです」
震えながらも、目は真っ直ぐ。
アスベルは、二人を見比べる。
アスベル「俺は容赦しない」
ミスティ「承知しています」
アイミス「……逃げません」
短く息を吐き、頷いた。
アスベル「なら、家臣として迎えよう」
二人の表情が、わずかに和らぐ。
馬車が、門の外で待っていた。
ランドバーグ家の紋章。
振り返る。
学園。
箱庭。
役割を終えた舞台。
アスベル(さあ、影武者も終わりだ。)
馬車に乗り込み、扉が閉まる。
車輪が回り始める。
こうして――
アスベル・ランドバーグの学園編は、幕を下ろした。
馬車がゆっくりと動き出す。
石畳を離れる音が、次第に遠ざかっていく。
その背を、学園の正門から見送る影がひとつあった。
レイア・フィールド。
風に揺れる髪を押さえながら、誰に聞かせるでもなく呟く。
レイア「……やっぱり、いい男になったわね」
その声には、
校長としての評価でも、
王女としての計算でもない
大人の女性としての、素直な感想が滲んでいた。
やがて、馬車は角を曲がり、完全に見えなくなる。
レイア「さて……」
微笑みを浮かべ、踵を返す。
レイア「次に会う時は、どんな顔をしているのかしら」
その答えを知るのは、まだ先の話だった。
読んで下さり、ありがとうございます。
学園編は終わり、物語は次の段階へ進みます。




