第16話「文化祭」
文化祭当日。
朝から、レンブラント学園はこれまでにない賑わいを見せていた。
正門前には色とりどりの布が張られ、
中庭には簡易な屋台、展示用の仮設建物、演奏用の舞台が並ぶ。
香ばしい匂い。
楽しげな笑い声。
呼び込みの声。
「いらっしゃい! 北部名物の燻製だよ!」
「こっちは鍛冶の実演だ!」
「展示は無料です!」
平民も、貴族も、身分の差など忘れたかのように行き交っていた。
王都からの来客も多く、門番は忙しなく対応している。
その様子を、正門近くの特設受付から見渡す二人の姿があった。
校長――レイア・フィールド。
そして、文化祭実行委員長――アスベル・ランドバーグ。
アスベルは落ち着いた表情で、来場者に軽く頭を下げ、案内を行っている。
完璧な所作。
過不足のない対応。
アスベル(順調だな)
参加申請、配置、人の流れ。
すべて、想定通り。
――そのとき。
学園の正門前が、ざわりと揺れた。
人々が道を空ける。
門の外から、重厚な音が響いた。
豪華な馬車。
王家の紋章がはっきりと刻まれた、ひと目で分かる一台。
空気が、変わる。
「……王家の馬車だ」
「まさか……」
馬車が止まり、扉が開く。
レイアとアスベルは、何も言わず、同時に一歩前へ出た。
そして――膝をつく。
完全な臣下の礼。
馬車から降りたのは、堂々とした体躯の壮年の男。
王冠はつけていないが、その存在感は隠しようがない。
その隣には、柔らかな雰囲気を纏った女性が寄り添っていた。
ガーネット三世「今回は招待ありがとう。いい雰囲気だな」
低く、よく通る声。
周囲の生徒、来客が一斉に息を呑む。
「……国王陛下」
「本物だ……」
王妃が微笑み、周囲を見渡す。
ハイネ王妃「活気があって素敵ですね」
国王は満足そうに頷き、視線を学園内へ向けた。
ガーネット三世「流石、我が娘の学園だな」
その一言に、
アスベルの思考が、ほんの一拍、止まった。
アスベル(……我が、娘?)
隣で、レイアが静かに立ち上がる。
レイア「ありがとうございます。お父様」
にこやかに、自然に。
校長レイア・フィールド。
その正体は。
アスベル(……王女、か)
内心で、深く息を吐く。
驚きはある。
だが、動揺はない。
むしろ。
アスベル(なるほど……だから、俺の出自まで調べられたのか)
王族。
学園。
文化祭。
すべてが、一点に収束し始めている。
国王は、膝をついたままのアスベルに目を向けた。
ガーネット三世「君が、今回の実行委員長だな」
穏やかながら、鋭い視線。
ガーネット三世「見事な采配だ。娘から話は聞いている」
アスベルは、深く頭を下げた。
アスベル「恐れ入ります。文化祭を楽しんでいただければ幸いです」
簡潔で、過不足のない返答。
国王は口角を上げた。
ガーネット三世「うむ。ゆっくり見せてもらおう」
王族一行の来訪は、瞬く間に学園中へ知れ渡った。
通路を進むたび、人々が気づき、驚き、膝をつく。
ガーネット三世「礼は不要だ」
穏やかだが、よく通る声。
ガーネット三世「今日は祭りだ。頭を下げるより、楽しみたまえ」
その一言で、空気が和らぐ。
生徒たちは恐る恐る立ち上がり、再び笑顔を取り戻した。
その先導役を務めるのが、アスベルだった。
歩く速度。
立ち止まる間。
人の流れ。
すべてが、寸分の狂いもない。
最初に案内されたのは、地元の食材を使った出店区域。
ガーネット三世「ほう……香りがいいな」
ハイネ王妃「まあ……素敵」
木製の屋台で、緊張した面持ちの平民の青年が頭を下げる。
平民「こ、こちらは北部の干し肉と、トンクス村の果実酒です」
アスベルが一歩引き、自然に紹介する。
アスベル「地元の特産を生かした出店です。保存と味の両立が評価されています」
国王は杯を受け取り、一口含んだ。
ガーネット三世「……実にいい」
ガーネット三世「この酒は気に入ったぞ」
青年の目が、見開かれる。
平民「ほ、本当ですか……?」
ハイネ王妃「甘みが上品ですこと。後味も軽いですわ」
国王は、にこやかに尋ねた。
ガーネット三世「君の地元はどこだったかな?」
平民「は、はい! トンクス村です!」
その瞬間。
国王の視線が、
さりげなく、宰相――ヴァレンシュタインへと向けられた。
ガーネット三世「ほう……トンクス村か」
ガーネット三世「城でも飲みたい。手配しろ」
宰相は、一瞬だけ息を呑み――
すぐに、深く頭を下げた。
ヴァレンシュタイン「……承知いたしました」
青年は、言葉を失ったまま震え、
やがて深く頭を下げた。
平民「ありがとうございます……!」
アスベルは、その様子を横目で確認する。
アスベル(これで、あの平民は俺に感謝する。)
次は、演劇。
次は、喫茶店。
次は、工芸展示。
すべてが、
国王の集中力が切れないよう設計された動線だった。
無駄な待ち時間はない。
だが、慌ただしさもない。
ガーネット三世「実にいい」
ガーネット三世「よく考えられている」
気づけば、日が傾き始めていた。
アスベル「国王陛下。こちらで学園内の案内は終了でございます」
静かに告げる。
ガーネット三世「そうか」
ガーネット三世「あっという間であったな」
満足げな声。
そこへ、レイアが一歩前に出る。
レイア「お父様。今夜は文化祭を記念しての宴会がございます」 レイア「ぜひ、ご参加を」
ガーネット三世「ああ、そうだったな」
そのとき。
宰相ヴァレンシュタインの額に、
わずかに汗が浮かんでいるのを、アスベルは見逃さなかった。
ガーネット三世「ヴァレンシュタイン?」
ガーネット三世「どうかしたのか?」
ヴァレンシュタイン「い、いえ……」
ヴァレンシュタイン「ただ、倅の姿が見えなくてですね……」
ほんの一瞬の沈黙。
アスベルの口角が、わずかに上がる。
アスベル(面白くなってきたな)
アスベル「夜までの待機所へ、ご案内いたします」
自然な声。
完璧な所作。
王族一行が歩き出す。
その背を先導しながら、
アスベルは、誰にも見えない位置で静かに笑った。
夜の宴会。
すべてが揃う場所。
文化祭は更なる舞台へと続く。




