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悪徳貴族として酒池肉林を目指しているが、世間がうるさいので黙らせることにした  作者: ルピナス
学園編

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16/31

第16話「文化祭」

文化祭当日。

 朝から、レンブラント学園はこれまでにない賑わいを見せていた。

 正門前には色とりどりの布が張られ、

 中庭には簡易な屋台、展示用の仮設建物、演奏用の舞台が並ぶ。

 香ばしい匂い。

 楽しげな笑い声。

 呼び込みの声。

「いらっしゃい! 北部名物の燻製だよ!」

「こっちは鍛冶の実演だ!」

「展示は無料です!」

 平民も、貴族も、身分の差など忘れたかのように行き交っていた。

 王都からの来客も多く、門番は忙しなく対応している。

 その様子を、正門近くの特設受付から見渡す二人の姿があった。

 校長――レイア・フィールド。

 そして、文化祭実行委員長――アスベル・ランドバーグ。

 アスベルは落ち着いた表情で、来場者に軽く頭を下げ、案内を行っている。

 完璧な所作。

 過不足のない対応。

アスベル(順調だな)

 参加申請、配置、人の流れ。

 すべて、想定通り。

 ――そのとき。

 学園の正門前が、ざわりと揺れた。

 人々が道を空ける。

 門の外から、重厚な音が響いた。

 豪華な馬車。

 王家の紋章がはっきりと刻まれた、ひと目で分かる一台。

 空気が、変わる。

「……王家の馬車だ」

「まさか……」

 馬車が止まり、扉が開く。

 レイアとアスベルは、何も言わず、同時に一歩前へ出た。

 そして――膝をつく。

 完全な臣下の礼。

 馬車から降りたのは、堂々とした体躯の壮年の男。

 王冠はつけていないが、その存在感は隠しようがない。

 その隣には、柔らかな雰囲気を纏った女性が寄り添っていた。

ガーネット三世「今回は招待ありがとう。いい雰囲気だな」

 低く、よく通る声。

 周囲の生徒、来客が一斉に息を呑む。

「……国王陛下」

「本物だ……」

 王妃が微笑み、周囲を見渡す。

ハイネ王妃「活気があって素敵ですね」

 国王は満足そうに頷き、視線を学園内へ向けた。

ガーネット三世「流石、我が娘の学園だな」

 その一言に、

 アスベルの思考が、ほんの一拍、止まった。

アスベル(……我が、娘?)

 隣で、レイアが静かに立ち上がる。

レイア「ありがとうございます。お父様」

 にこやかに、自然に。


 校長レイア・フィールド。

 その正体は。

アスベル(……王女、か)

 内心で、深く息を吐く。

 驚きはある。

 だが、動揺はない。

 むしろ。

アスベル(なるほど……だから、俺の出自まで調べられたのか)

 王族。

 学園。

 文化祭。

 すべてが、一点に収束し始めている。

 国王は、膝をついたままのアスベルに目を向けた。

ガーネット三世「君が、今回の実行委員長だな」

 穏やかながら、鋭い視線。

ガーネット三世「見事な采配だ。娘から話は聞いている」

 アスベルは、深く頭を下げた。

アスベル「恐れ入ります。文化祭を楽しんでいただければ幸いです」

 簡潔で、過不足のない返答。

 国王は口角を上げた。

ガーネット三世「うむ。ゆっくり見せてもらおう」


王族一行の来訪は、瞬く間に学園中へ知れ渡った。

 通路を進むたび、人々が気づき、驚き、膝をつく。

ガーネット三世「礼は不要だ」

 穏やかだが、よく通る声。

ガーネット三世「今日は祭りだ。頭を下げるより、楽しみたまえ」

 その一言で、空気が和らぐ。

 生徒たちは恐る恐る立ち上がり、再び笑顔を取り戻した。

 その先導役を務めるのが、アスベルだった。

 歩く速度。

 立ち止まる間。

 人の流れ。

 すべてが、寸分の狂いもない。

 最初に案内されたのは、地元の食材を使った出店区域。

ガーネット三世「ほう……香りがいいな」

ハイネ王妃「まあ……素敵」

 木製の屋台で、緊張した面持ちの平民の青年が頭を下げる。

平民「こ、こちらは北部の干し肉と、トンクス村の果実酒です」

 アスベルが一歩引き、自然に紹介する。

アスベル「地元の特産を生かした出店です。保存と味の両立が評価されています」

 国王は杯を受け取り、一口含んだ。

ガーネット三世「……実にいい」

ガーネット三世「この酒は気に入ったぞ」

 青年の目が、見開かれる。

平民「ほ、本当ですか……?」

ハイネ王妃「甘みが上品ですこと。後味も軽いですわ」

 国王は、にこやかに尋ねた。

ガーネット三世「君の地元はどこだったかな?」

平民「は、はい! トンクス村です!」

 その瞬間。

 国王の視線が、

 さりげなく、宰相――ヴァレンシュタインへと向けられた。

ガーネット三世「ほう……トンクス村か」

ガーネット三世「城でも飲みたい。手配しろ」

 宰相は、一瞬だけ息を呑み――

 すぐに、深く頭を下げた。

ヴァレンシュタイン「……承知いたしました」

 青年は、言葉を失ったまま震え、

 やがて深く頭を下げた。

平民「ありがとうございます……!」

 アスベルは、その様子を横目で確認する。

アスベル(これで、あの平民は俺に感謝する。)

 次は、演劇。

 次は、喫茶店。

 次は、工芸展示。

 すべてが、

 国王の集中力が切れないよう設計された動線だった。

 無駄な待ち時間はない。

 だが、慌ただしさもない。

ガーネット三世「実にいい」

ガーネット三世「よく考えられている」

 気づけば、日が傾き始めていた。


アスベル「国王陛下。こちらで学園内の案内は終了でございます」

 静かに告げる。

ガーネット三世「そうか」

ガーネット三世「あっという間であったな」

 満足げな声。

 そこへ、レイアが一歩前に出る。

レイア「お父様。今夜は文化祭を記念しての宴会がございます」 レイア「ぜひ、ご参加を」

ガーネット三世「ああ、そうだったな」

 そのとき。

 宰相ヴァレンシュタインの額に、

 わずかに汗が浮かんでいるのを、アスベルは見逃さなかった。

ガーネット三世「ヴァレンシュタイン?」

ガーネット三世「どうかしたのか?」

ヴァレンシュタイン「い、いえ……」

ヴァレンシュタイン「ただ、倅の姿が見えなくてですね……」

 ほんの一瞬の沈黙。

 アスベルの口角が、わずかに上がる。

アスベル(面白くなってきたな)

アスベル「夜までの待機所へ、ご案内いたします」

 自然な声。

 完璧な所作。

 王族一行が歩き出す。

 その背を先導しながら、

 アスベルは、誰にも見えない位置で静かに笑った。


 夜の宴会。

 すべてが揃う場所。


 文化祭は更なる舞台へと続く。

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