第10話「差」
アスベルは、寮の部屋のベッドに仰向けになりながら、何かを眺めていた。
片手には紙束。
マリアナ「坊っちゃん!寝ながら何かをするのは行儀が悪いです!」
アスベル「んー……」
返事はした。
だが、視線は紙から離れない。
マリアナ「聞いてますか!? ……って、何を見ているのです!?」
マリアナはずかずかと近づき、アスベルの手から紙をひったくる。
マリアナ「これは……名簿? 顔写真付きの……?」
ずらりと並ぶ名前と顔。
学年、クラス、簡単な家柄の注記。
アスベルは小さく息を吐いた。
アスベル「せっかく同じ学園に通ってるんだ。顔と名前くらい覚えておかないとな」
何気ない口調。
マリアナは一瞬きょとんとし――
次の瞬間、目を潤ませた。
マリアナ「……坊っちゃん……!」
胸の前で両手を握りしめる。
マリアナ「同級生一人ひとりを覚えようとするなんて……なんてお優しい……!」
アスベル(違うんだがな)
心の中でだけ、訂正する。
アスベル(人は、名前を覚えられているだけで勝手に心を許す)
アスベル(それだけで、扱いやすくなる)
だが、それを口にする理由はない。
アスベル「まあ、無駄にはならないさ」
マリアナは深く頷いた。
マリアナ「はい! ぜひ続けてください!」
アスベルは紙を受け取り、再び目を落とす。
入学から、半年が過ぎた。
レンブラント学園のAクラスでは、ある光景が日常になっていた。
「アスタ様、この問題なんですが……」
「ランドバーグ様、次の実技、組みませんか?」
自然と、アスベルの周囲に人が集まる。
貴族も、平民も、分け隔てなく。
アスベルは誰に対しても態度を変えない。
挨拶を返し、質問には丁寧に答え、授業では常に模範的。
教師陣の評価も高かった。
「さすがランドバーグ家だ」
「北部の名門は、教育が違うな」
そんな声が、職員室でも囁かれている。
――一方で。
教室の隅。
コルドは、ゴーンとライブを従え、腕を組んで座っていた。
ゴーン「……最近、静かですね」
ライブ「アスタ様の周り、すごい人ですよねぇ……」
コルドは舌打ちする。
コルド「当たり前だろう。あいつは“演技”が上手いだけだ」
だが、声に余裕はない。
かつて自分の周りにあった視線。
称賛。
期待。
それらは今、すべてアスベルに向いていた。
授業が終わると、コルドは立ち上がり、教室を出る。
人気のない廊下。
コルド「……忌々しい」
拳を壁に打ちつける。
コルド「僕は宰相の息子だぞ……!」
コルド「王国中枢の血筋だ……!」
荒い息。
コルド「あんな北の田舎者が……」
コルド「中心になるなんて……!」
ゴーンとライブは、何も言えない。
事実として。
誰もが、アスベルの名前を覚え、
誰もが、アスベルの周りに集まる。
――身分ではない。
――立場でもない。
“人としての扱い方”。
その差が、はっきりと現れ始めていた。
その頃。
アスベルは、教室でアイミスとミスティに囲まれていた。
ミスティ「今日の補習、助かりました」
アイミス「ありがとうございます……!」
アスベル「気にするな。努力している人間を見捨てる趣味はない」
穏やかな笑み。
その様子を、遠くから見ていたコルドの視線が歪む。
コルド(……平民の小娘か)
コルド(いいだろう。身分の差がどれほど高い壁か思い知らしてやろう。)
アスベル(そろそろ…痺れを切らす頃かな)
人の配置。
感情の流れ。
立場の固定。
すべて、想定通り。
アスベル(次は――身分を“使う”番だ)
善良な模範生の仮面の下で、
静かに、次の一手を描き始めていた。
読んで下さり、ありがとうございます。
身分って、大事ですよね。使い方次第ですが。




