第1話「悪徳領主の息子」
酒池肉林を目指す悪徳貴族の物語です。
ランドバーグ公爵家の庭園では、朝から鈍い音が響いていた。
アスベル「……遅い」
木剣を振り下ろしながら、アスベル・ランドバーグは吐き捨てる。
対面の家庭教師は必死に受けに回っていたが、動きは完全に読まれていた。
アスベル「集中しろ。今のは三拍遅い」
次の瞬間、木剣が教師の脇腹を正確に打ち抜く。
家庭教師「ぐっ……!」
男は短い悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。
庭園の端で控える使用人たちは、誰一人として目を逸らさない。
慣れているのだ。
アスベル「弱すぎる」
ため息と共に吐き捨てる。
アスベル「本当に家庭教師か? 詐欺の類だろう」
アスベル・ランドバーグ。
ランドバーグ公爵家の次男。
そして、誰もが認める悪徳貴族
横暴、傲慢、気分屋。
そのくせ剣と魔法の腕前だけは一流だった。
アスベル「父上!」
アスベルは庭園の奥に控えていた男へ声をかける。
ランドバーグ公爵、ガストン。
この領地を治める男であり、恐れられる存在だ。
アスベル「此度もダメです」
ガストンは倒れた家庭教師を一瞥し、短く息を吐く。
ガストン「……ふむ。連れて行け」
兵が二人、無言で歩み寄る。
家庭教師は青ざめた顔で叫んだ。
「ま、待ってください!
私は……家族に仕送りを……!」
その言葉に、アスベルは足を止めた。
アスベル「……ほう」
薄ら笑いを浮かべゆっくりと振り返る。
アスベル「家族がいるのか」
家庭教師「は、はい……!病気の母と、妹が……この仕事を失ったら……!」
縋るような声。
庭園の空気が、わずかに張り詰める。
アスベルは少しだけ考える素振りを見せ、懐から小袋を取り出した。
中身は金貨。
それを、地面に放り投げた。
乾いた音が響いた。
アスベル「これは、今日までの給金だ」
家庭教師は呆然と金貨を見る。
アスベル「それと…」
アスベルは、もう一つ袋を投げる。
ゴシャ…
先ほどより、明らかに重い。
アスベル「これからの分」
家庭教師「……え……?」
一歩、距離を詰め、横たわる家庭教師にしゃがんで目線を合わせる。
アスベル「安心しろ。家族は守れる」
淡々とした声。
アスベル「だがな」
冷たい目が、教師を射抜く。
アスベル「もう逃げられない」
家庭教師はガタガタ震える。
アスベル「無能なお前を表に放り出せばどうなる?」
答えは分かっている。
アスベル「盗賊か、浮浪者か、死体だ」
アスベルは立ち上がる。
アスベル「ここで働け。雑用でも、荷運びでもいい」
そして、決定打。
アスベル「金は払う。その代わり、命と時間は俺に預けろ」
家庭教師は、震える手で金貨を掴んだ。
拒否権など、最初から存在しない。
アスベル「……わ、わかりました……」
アスベルは作り笑いをする。
アスベル「よろしい」
アスベルは満足そうに頷く。
アスベル「父上。処分はこれで」
ガストンは、ほんの一瞬だけ口元を緩めた。
ガストン「……好きにしろ」
兵が家庭教師を連れていく。
庭園には、再び静寂が戻った。
アスベルは木剣を地面に立て、背伸びをする。
(殺すより安い。使える限り使って、使えなくなったら捨てる)
それが悪徳貴族の、正しいやり方だった。
読んでいただきありがとうございます。
次話では事情が少しずつ明らかになります。




