噂の大聖女様
うちの学園には、「大聖女様」がいる。
と言っても、教会から認定された正式な聖女ではない。傷を癒したり、悪を浄化したり、結界を張ったりもできない。
柔らかな雰囲気をまとい、美女というよりは可愛らしいと評判の伯爵令嬢で、名前をシンシア=バレンタインと言う。
なぜ、彼女が「大聖女様」なのか。
それを話すには、入学式まで時を戻そう。
俺達第三十五期生の入学式は生憎の雨であった。上級生が考えてくれていた新入生歓迎会も野外で行う予定だったのだが、室内で規模を縮小して行う方向で話が進んでいた。
そんな時、彼女がぽつりと呟いたのだ。
「せっかくの入学式ですから雨が止んでくれたら良いのに……」
彼女が言い終わると同時に、何と雨がピタリと止み、雲が晴れ、太陽が顔をだした。俺はたまたま彼女の隣にいたためその言葉を聞いていた。
が、その時は偶然だろうと思っていた。
彼女と一緒のクラスになった俺は次の日から、その偶然を多数目の当たりにすることになる。
数学の抜き打ちテストの際には
「急なテストなんて、困りますわ」
の一言で、急に数学教師が腹痛を訴え、テストはなくなり自習となり。(腹痛は1時間で治ったらしい)
クラスメートが実験手順を誤って、モルモットに変身した時には
「モルモットよりハムスターの方が可愛いのに」
の一言で、なぜかモルモットからハムスターに変わり。(1時間で人に戻りました)
学食のプリンが売り切れたのを悲しんだ彼女が
「プリン食べたかったですわ」
の一言で、なぜかプリンの差し入れが大量に届き。(みんなで美味しくいただきました)
しょぼいと言うことなかれ。塵も積もれば山となる。
しかも彼女の根が善良なせいか、願うことでどちらかと言えば人を幸せにすることが多かった。(ごく一部被害を被ることもあったが)
クラスメートの多くが彼女の言葉が実現するのを目の当たりにしていくうちに、こっそり陰で「大聖女様」というあだ名で呼ぶようになっていった。
しかし、邪なことを考えるヤツもいるもので、彼女の力を故意に悪用しようと考えるヤツが出てきた。
そんなヤツはなぜか全員同様の体調不良に陥り(1日の間、妙なブツブツが出て痒くてたまらなくなるという症状)後々、話すうちに共通点が彼女と判明し、邪な考えを持つヤツは怯えて彼女に近づかなくなった。
また、故意に、彼女にその言葉を言わせても効果がなかったため、自然とそのままの彼女を見守ることが、俺たちの代の不文律となった。
そんなこんなで彼女のおかげで結構良い思いをしつつ俺達も進級しニ年生になった。
そんな中事件は起こった。
きっかけは一年に本物の聖女様が入学してきたことだった。
なんと教会の認定を受けた正式な癒しの聖女様で、傷を治すことができるという。ピンクの髪に金色の瞳、たいそう珍しい色彩をしていた彼女は容姿にも優れ、多くの男性を虜にしていった。
聖女様と言えども性格は人それぞれ。一年の癒しの聖女様はどちらかと言うと見目麗しい、高位貴族の男性にチヤホヤされるのを好んでいるようだった。
ちなみに俺たちの代は誰も相手にしなかった。なぜかって?言わずもがなでしょう。
そんな状況が続く中、大聖女様は色恋にはあまり興味が無いのか、一年の聖女様のことも華麗にスルーしていた。
しかし、ついに状況を一変させる出来事が起こる。
大聖女様の友人がついに、婚約者が聖女様に夢中で、もげたらいいのに(ナニが……思わず俺も押さえてしまった)と相談をしたのだ。
「婚約者のナニがもげたら良いの?」
大聖女様は純真培養。友人女子もそれ以上は言えずに口を濁してその場は終わった。(ほっ)
しかし、事件は起こってしまう。
くだんの婚約者のナニが1日なくなってしまったのだ。(どんな状況かは俺にも分かりません)
前の邪なヤツと同じで、最初は皆理由が分からなかった。(気軽に相談できる内容でもなく)
ただ、大聖女様に婚約者や恋人のことを相談すると、婚約者や恋人、皆こぞって同じ症状が現れるにつれ、これはアレだと気づくようになっていった。
となると、自分のナニが失くなっては困ると聖女様からは潮が引くように、皆いなくなっていった。(婚約者や恋人に平謝りし許してもらえたりもらえなかったり)
そしてついに、聖女様も学園の「大聖女様」の存在に気づくのである。
「教会にも認定されていないのに大聖女を名乗るなんて許せない」
(近くで大聖女のシンパ……ではなくお友達が聞いていました)
そして彼女は実力行使に出るのである。
「あんたが大聖女?あんたなんてバグがいるから逆ハーが上手くいかないのよ」
「大聖女?バグ?逆ハー?何のことでしょう?」
激昂する聖女、対照的に怪訝な表情を浮かべる大聖女。
「知らないふりして、大聖女なんてゲームにでてこないのよ。あんたなんてバグいなくなっちゃえ」
そして聖女は大聖女をドンと押す。
大階段の一番上で。
たまたま、通りかかり前世の記憶から(前世日本人でした)これはヒロイン逆上ルート!と思った俺は、万が一に備えて大聖女の後に待機していたので、無事に大聖女をキャッチした。
「……ありがとうございます。レン様」
「いや、無事で良かった」
ちなみに聖女は大聖女の仲の良いお友達に連れて行かれた。(その後は学園を退学処分になり、消息不明)
「それにしても、あの方何か誤解なさっていたようですが……」
「いや、気にしなくて良いよ。彼女良い噂聞かないし」
「……そうですか」
やはり突き落とされたショックからか、しょんぼりしてしまった彼女を元気づけるため、俺はお茶に誘う。
「食堂のデザート今日は新作の抹茶プリンが食べられるって聞いたから、良かったら一緒に食べに行かない?」
「抹茶プリン……どんな味でしょう。ご一緒してもよろしいのですか?」
プリンという言葉に目を輝かせる彼女と並び、俺はその場を後にした。
(それにしても、何で今日は大聖女パワーが発動しなかったんだろう)
その後、それがきっかけで彼女と親しく話すようになり、ついに彼女に告白しオーケーしてもらえたのである。
(やったー!!棚からぼた餅!!)
夜会に婚約者として初めて出る夜、人混みを避けて俺は彼女とテラスに出た。
「実は私去年からレン様のことが気になってたんです」
嘘だろ全然気が付かなかった。
「さり気なく私ができないことをフォローしてくれているのに、押し付けがましくなくてステキだなと」
きっと彼女の一挙一動に注目していたせいだな。
「だから、何か仲良くなれるきっかけが欲しかったんです。友達にも相談したら、流れに身を任せたら大丈夫と言ってくれて……」
それだ!!
だからいつもたくさんの友人に囲まれている彼女が不自然に一人きりで、しかも助けが無かったのか。
「不謹慎ですよね。事件がきっかけでレン様と仲良くなれて嬉しいなんて……」
「いや、俺の方こそ、実は事件がきっかけでシンシアと話せるようになって嬉しかったんだ」
彼女は俺の言葉にふわりと柔らかい笑みを浮かべた。
「では、お揃いですね」
「ああ」
互いに顔を見合わせて微笑み合う。
ふと夜空を見ると流れ星が落ちるのが見えた。
「流れ星が落ちるまでに3回願いを唱えると叶うんだって」
ふと、前世で聞いたことがある言葉を呟いた。
「そうなんですね。……私は先程言えませんでした。たくさん流れてくれたら、言えますのに」
その言葉を彼女が発した次の瞬間、夜空を無数の流れ星が流れ落ちていった。俺はそっと彼女の手を握る。
「……願いは言えた?」
「……もう叶いました」
彼女は真っ赤になって俯いた。
彼女に憑いている何かさん。彼女を幸せにしますと誓うんで、どうぞ末永くよろしくお願いします。
◇ ◇ ◇ ◇
その頃のシンシアのお友達
「今はテラスは立ち入り禁止です」
「外の空気が吸いたい場合は中庭までご移動下さい」
テラスの前にズラリと並ぶ。
「シンシア様大丈夫かしら?」
「大丈夫よ、いざとなればモゲるように願ったら良いとお伝えしといたから」
レンの明日はどっちだ!?