プロローグ
初めまして
この度は数多くの作品の中から選んで下さりありがとうございます
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「言わなければいけない事が、あるの」
その声は、震えていた。いつも僕に優しく語りかけてくれる、穏やかな母の声とはまるで違っていた。まるで、張り詰めた弦楽器の弦のような、今にも切れそうなその声に、僕は胸騒ぎを覚えた。母はそう言うと、言葉を紡ぐのをためらうように、少しの間、沈黙した。その沈黙が、これから語られる話の重さを、幼かった僕に予感させていた。
僕は、母の前に静かに座っていた。夕食を終え、暖炉の火がぱちぱちと音を立てる、いつもの夜だった。けれど、その日の夜は、何かが違っていた。母の顔は、暖炉の光を浴びているにもかかわらず、どこか冷たく、固く見えた。その瞳の奥には、これまで見たことのない、深い悲しみの影が宿っていた。
そして、ようやく口を開いた母は、僕が生まれてからずっと、口にすることのなかった父について、ゆっくりと話し始めた。この世界に突如として現れた、人々を恐怖に陥れる魔王のこと。そして、勇者になるために必要な、過酷な試練のこと。僕の父は、その試練を乗り越えた勇者として、人々の希望を背負って魔王に挑み、そして、討ち取られたのだと。
僕は、その全てを、本当は知りたくなかったのが本音だった。何も知らずに、ただ愛しい母と二人で、穏やかに暮らしていきたかった。それが、僕にとっての全てだった。父がいないことは、幼かった僕にとって当たり前の日常であり、不満に思ったことなど一度もなかったから。
父がいなくたって、そういうものだと、僕は自分に言い聞かせて生きてきた。時折、父がいないことを理由に、近所の子供たちからいじめられることもあった。母が、父のいない家の主として、不当な扱いを受けることもあった。けれど、僕は平気だった。母が僕を愛してくれたから。その愛が、僕の心の全てを満たしてくれた。僕は、それだけで、本当に幸せだった。
僕の世界は、母の愛だけで満たされていた。母の温かい手、優しい声、そして僕を見つめる愛おしそうな眼差し。それが、僕の心の全てだった。父という存在は、僕の人生のパズルの、埋まらない一片だったけれど、その空白は、母の愛で完璧に埋められていた。
しかし、今、母の口から語られた事実は、僕の平穏な心を大きく揺さぶった。それは、パズルの一片どころか、僕の世界そのものを揺るがす、巨大な隕石の様だった。
母が話し終えた時、僕は、何を言えばいいのか分からなかった。口を開こうとすれば、喉の奥が苦しくなる。震える唇を固く結び、僕はただ、母の顔を見つめることしかできなかった。
魔王のせいで、父は死んだ。それは理解できる。父が、人々のために戦ってくれたのなら、それは誇らしいことだ。けれど、それだけじゃない。父は、誰かに無理やり行かされたのではなく、自ら魔王に挑んだのだ。そして、何よりも、僕がまだ物心もつかない頃、母はそれを止めなかった。
「なぜ…」
かすれた声が、喉から漏れた。母は、僕のその言葉を聞いて、さらに悲しげな表情になった。僕は、言葉を続けることができなかった。僕の心に、いくつもの疑問が、鋭い刃のように突き刺さる。
いったい、なぜこんなにも胸が苦しいのか。この痛みは、怒りなのか、悲しみなのか、それとも、もっと違う何かのか。誰が悪いのか。父を殺した魔王なのか、自ら命を賭けて挑んだ父なのか、それとも、それを止めなかった母なのか。そして、僕を、たった一人にしてしまった、この世界なのか。
この胸を締め付ける苦しみは、どうしたら消えるのか。
何もかも、分からなかった。ただ、目の前にある事実だけが、僕の心を重く支配していた。僕の世界は、一瞬にして、色を失ってしまったかのように見えた。
それが、僕が10歳の頃の話で
約6年前の話
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