48話 下山後
四人が麓へ降り立った直後。
「よし! サンブロ山脈を越えたよ!」
アイリスが嬉しそうに言う。
「嬉しそうだけど、そんなに嬉しいことか?」
タイムがアイリスの過剰な様子を見て、聞いてみる。
「純粋に危険地帯を抜けたことに対しての歓喜だけど?」
アイリスは、答える。
「危険――――――まぁ、確かに危険だったな」
タイムは、思い出しながらいう。
主な危機は、山の不死巨人のことだ。
「それにこんな危険な場所を乗り越えたんだから、これからどんな場所を通っても安心できるってものだし」
「そうですかね? 危険なものは、危険なもののままだと思うんですが………………」
アイリスの付け加えにタケが反応した。
アイリスは、タケを見る。
怒っていないように見えるが、明らかに怒りに似た何かを感じる表情だ。
無言の圧力がタケへかけられる。
アイリスは、表情を戻す。
「それにこんな危険な場所を乗り越えたんだから、これからどんな場所を通っても安心できるってものだし」
「………………」
今度は、タケも口を出さなかった。
「ここからは、村へ向かわないとね」
アイリスが言う。
「町じゃなくって村なのか?」
タイムが問う。
「このサンブロ山脈を越えた所にある平地には、大きい町は無くって、村が点在しているんだよ」
アイリスが自身の知恵をひけらかすように説明する。
「それで、早く目指すのは?」
タケが尋ねる。
「久しぶりに屋根のある場所で寝たいから」
「深刻な事情とかではないんですね。良かった」
タケが安心する。
「できることなら数日以内が好ましいね。できる限りのんびりと進みたい」
アイリスが欲張りで怠惰なことを言っている。
「確かに登山で疲れましたし、そのぐらいのペースでいいかもしれませんね」
「そうだな」
タケやパキラも同意し、四人はゆっくりと出発した。
◆
山を下りたとは言え、魔物は麓にも生息している。
特に四人には、問題が無いくらいの強さだ。
群小狼、毒胞子傘菌、巨大角蟲、不意打蛇、他にも数種。
大抵Cランクで微かにBランクの個体がいる程度だった。
数日前に討伐したスーパーバードチーフのような厄介なものもいない。
タイムたちは、順調に旅路を進んでいった。
数日間、移動、野営、戦闘を決まった順ではなく、バラバラに繰り返していった。
時には、寝込みを襲われるなどもあった。
四人が警戒し、見張りを交代で行っていたため、対応できた。
それから森へ入り、森を抜け、また別の森へ入ったりを何度も繰り返した。
現在の彼らも森を通っている最中だ。
「アイリス、やっぱり魔法は、難しいな」
タイムが言う。
彼は、魔法習得のために術式をつくり、魔力を流すことを繰り返している。
ただ、術式が入り組んでいて、魔法は発動されない。
ここ数日間、タイムは魔法の習得に励んでいる。
他にやることも無い。
「そりゃあ、そんな簡単にできたら魔法使いは、もっと数が多いからね」
アイリスが誇るように言う。
そもそも魔法の習得には、魔導書で学ぶのが一般的なので、アイリスからの言語化された指導だけで習得しようとしているタイムが異常なのだ。
当然、習得などできていない。
「でも、タイムに必要かな? 前から影魔法を使えてたし、新しく地魔法も使えるようになったんでしょ? なら今更、基本属性の魔法なんていらないと思うんだけど」
「いや、手数が多いに越したことはないだろ………………」
「いいや、欲張りだ! 欲張り! 地魔法なんて習得難易度が高い魔法だし、影魔法に至っては習得不可能の人類未開拓の魔法! それが扱えてもさらに習得しようとするのは、欲張りすぎる!」
アイリスが説教するように言う。
実際は、自分の扱えない魔法を使えるタイムへの妬みによる八つ当たりが主だ。
「だから、早く術式を私に教えて!」
アイリスは、感情的に言う。
「そのために今、術式の構築について学んでいるんだろ」
タイムの正論にアイリスの情緒が戻る。
「それもそうか。タイム、早く私に教えてよ?」
その様子を見て、タケは思う。
『手の平がクルクル回っている』
アイリスは、結構酷い事を冗談で言っているが、タイムは気にしていないようで、安心して見ていられる茶番だ。
ちなみにタケも魔法の発動を試みたが、魔力の制御が杜撰すぎて、失敗した。
パキラに関しては、絶対にできない、とアイリスが断言した。
「少なくとも教えられるのは、当分先になるけどな」
タイムがそう答えて、再度チャレンジする。
今回も術式のつくりが甘く、魔法は発動しなかった。
◆
「また失敗だ」
タイムが魔法の発動に失敗し、嘆くように言う。
「………………もう何回目?」
「数えた限りでは、そろそろ三桁に到達するくらいです」
アイリスの疑問にタケが答えた。
タイムは挑戦を続けている。
全ての試みが失敗している。
それでも挑戦を止めない。
『もう少しだと思うんだが………………』
そんなことを考えるが、実際は遠い。
原因は、言うまでも無い。
教え方が間違っている。
進歩してはいるが、遅すぎる。
タイムが次の挑戦に移ろうとした時、進行方向を遮るように木が倒れた。
倒したのは巨大な魔物だった。
毛深い巨体、獰猛な牙、種名を血潮爪熊。
討伐ランクは、珍しくAランクだ。
戦闘体勢へ移った。
パキラは、魔剣「閃焔」を構え、振る予備動作を済ませようとする。
アイリスは、魔法の発動のための詠唱を開始する。
タケは、ブラッドベアの攻撃に反応するためにその前腕から頭部を凝視し、動きを見逃すまいと警戒する。
タイムが一番反応に遅れた。
魔法の練習に熱中していたためだ。
ブラッドベアを迎撃しようとした瞬間、四人にとっていいハプニングが起こった。
四人の真横に生えていた木々の間から一本の矢が放たれ、ブラッドベアに刺さった。
それを皮切りに何本もの矢が放たれ、ほとんどは命中した。
ブラッドベアは、痒い部分を気にするように矢へ前腕を動かすが、抜くことはできず、刺さったまま折れる。
それからすぐにブラッドベアは痙攣して、地面に倒れた。
「何?」
「何ですかね?」
アイリスとタケは、そう言って、矢の飛んできた方を見た。
すでにパキラとタイムは、その方向を向いていた。
その方向には、弓を構えた人間がいた。
何名かは、ブラッドベアが倒れたのを確認し、弓を下げている。
他何名かは、ブラッドベアが死んでいることを疑い、弓を構え続けている。
「そこの君たち、大丈夫か!?」
一人が声をかけながら近寄って来た。
他にもブラッドベアの下へ死亡確認をしに向かった者もいる。
「えぇ、大丈夫です………………その、あなた方は?」
タケが聞く。
「私たちは、町から派遣された治安維持隊の者だ。君たちは、冒険者か?」
「はい。つい先日、サンブロ山脈を越えて来たばかりです」
「サンブロ山脈を! それは凄い。それならば、近くの村へ案内しましょうか? お疲れでしょう?」
「是非とも!」
アイリスは、嬉しそうに提案に乗った。




