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35話 鼠長

 ラットの大群は、蹂躙する。

 神聖国サンクトゥスを。

 人を飲み込み、喰らって、増え続ける。

 この調子では、サンクトゥスを飲み込むのも時間の問題だ。

 誰も止めることはできない。

 誰も津波を止められないように、鼠の波を止めることはできない。

 その鼠たちを操る長、ラットの長。特殊個体。

 そいつは、ラットの渦の中心にて、息をひそめるように隠れながら、その大群を率いていた。


 その光景を眺める者がいる。

 優雅に城下を見下ろすようにのんびりとしていて、なおかつ、観察するような視線。

 その者は、詠唱を始める。

 魔法の技術――――――魔術の内の一つ「詠唱」。

 詠唱を挟むことで、その分、消費魔力が減ったり、威力が上がったりといった追加効果が得られる。

 その者は、詠唱を終える。

 追加効果の指向性は、範囲へ還元するように設定する。


「火魔法って、いいよね。派手で」


 そう言って、アイリスは眼下のラット群へ向けて魔法を放つ。


 火魔法『広火球ワイド・ファイアボール


 その広範囲に及ぶ火球は、緩やかに落ちるようにして飛んで行く。

 そして着弾し、ラットを焼く。

 ラットがもだえ、不快な高周波の音を発する。


『さて、今ので、何匹死んだか………………』


 アイリスは考え、推察する。

 この規模でも、四分の一ほど減らせればいいほうだ。

 だが、アイリスの資格情報からの目測では、全く減っているようには見えない。

 そして、赤色の目が一斉にアイリスを見る。


「あっ、ヤバ」


 アイリスが急いで走り出す。

 ラットたちのターゲットになった。

 追われて、飲まれる。

 そう考え、アイリスは走りながら詠唱を開始する。

 ラットたちが這いあがり、アイリスへ迫る。

 アイリスは、早口で詠唱を終わらせ、魔法を発動させる。


 火魔法『火壁(ファイアウォール)


 火の壁が道に広がる。

 相手が普通の魔物なら十分な役割を果たす力のある壁だ。

 素通りしようにも火傷では、済まない。

 ただ、相手は、死をいとわないラットの軍勢だ。

 目の前が燃えていようとも関係ない。

 多少数を減らせただけで、ほとんど効果はない。


 アイリスは、次の詠唱を開始する。

 後ろから迫るラットたちを時折、注意深く確認する。

 その中に一際大きいラットの長もいる。


 アイリスが逃げた先は、行き止まりだった。

 そこで丁度、詠唱が終了し、振り返る。

 ラットたちは、目と鼻の先まで迫って来ている。

 この魔法で決めなければ、逃げ場がない。

 アイリスは、狙いを定めるために手をかざす。

 よく狙う。

 そして、放つ。

 今度の方向性は、威力を上げる方向だ。


 土魔法『螺旋土竜(ドリルショット)


 今までの魔法のように広範囲に及ぶ攻撃ではない。

 一点集中の攻撃だ。

 アイリスが狙うのは――――――


『ラットの特殊個体!』


 アイリスは、狙いを定めた。

 外しては、一大事だ。

 その鋭く尖った円錐型の回転する土の塊は、一直線に進み、進行方向にいたラットを貫いていく。

 速度は、どんどん落ちるが微々たるものでラットの長の元へ到達する。

 そして貫く。


 急所を大きく外して。


 アイリスは、しっかりと狙った。

 モゾモゾと動く、ラットの中にいるラットの特殊個体の胸部――――――つまりは、魔物の魔核を狙って放った。

 それでも外した。

 常に移動していたし、ラットたちによって視界も悪かった。


 ラットたちは、アイリスへ迫る。

 アイリスは、詠唱を始めるが、明らかに間に合わない。


 アイリスは、舌打ちをして、普通の魔法を使う。


 火魔法『火球(ファイアボール)

 風魔法『風刃(ウィンドカッター)

 土魔法『土砲(ストーンショット)


 だが、それらでも限界がある。

 ラットに足元へと到達される。

 蹴り飛ばすが、次は二匹、三匹、五匹、八匹、十三匹、と増えていき、ラットに飲み込まれた。


 ラットの長は、本能的で障害物とした生物の排除が完了して、安心している。

 あの生き物――――――つまり、アイリスはラットにとって目の上のたん瘤だった。

 眷属が大勢焼かれた。

 復讐心ではない。

 生物としては、至極真っ当な理由だ。

 彼らに悪意はない。

 自然の生き物とは、魔物であったとしても、そういうものなのだ。


 ラットがその行き止まりを去ろうとした。

 もう、その場に用はない。

 このまま、帰巣本能のような感覚で中央部の元の位置へ戻ろうとした時だった。


 ??魔法『???』


 突如、ラットが弾き飛ばされた。

 その衝撃があまりに強力だったためか、ラットは空中で潰れている。

 その中心に立っているのは、あの邪魔者。


「は~、使いたくなかったのに………………」


 アイリスが残念そうに呟く。


 ラット長は、本能に逆らい、眷属を向かわせる。

 本能は、逃亡を勧めている。

 だが、ラット長は目の前の生物を害敵として、排除しようとしている。

 そもそも、このラットが特殊個体とされている所以だが、図体が大きいからではない。

 このラットの持つ固有能力(ユニークスキル)が、特殊個体と呼ばせている。

 固有能力(ユニークスキル)【鼠長】

 機能は、繁殖、統率、そして………………


 自爆だ。


 アイリスに接近したラットたちが爆ぜる。

 風船に必要以上の空気を入れたときのように弾ける。

 普通ならば、一撃で大怪我となる、ラットの命を張った攻撃だ。


「うわ、凄い事させるね~」


 アイリスは次々とその爆発を食らっているというのに、平常心で自爆に引いている。


「そんなに爆発が好きなら、これをプレゼントにしよう!」


 アイリスは、指を鳴らす。

 正確には、鳴らそうとして、何の音も鳴らない、失敗であった。

 だが、それも次の轟音によって、関係がなくなる。

 町の様々な現場、特にラットが集合していた場所で爆発が起こる。

 しかも、ピンポイントでラットが綺麗に全滅している。


 アイリスの事前準備、魔法陣を利用した遠隔での複数箇所同時爆破。

 アイリスの占いでもここまでのことは知りえなかったが、それは的中した。

 残るは、目の前のラット長とラット群のみだ。


 ラットの長が甲高い鳴き声を発する。

 こんなところで滅ぶわけにはいかない!

 絶対に生き残り、蹂躙しなければならない!


 その本能に意味はない。

 生物としての大義すらない。

 それは、植え付けられた思想だった。

 ラットの改造と共に付けられた本能。

 改造をした者にもそんなものを植え付ける理由など特になかった。


 アイリスが詠唱をする。

 ラットの長は、やっと本能に従い、逃げようとする。

 だが、足が動かない。

 アイリスの放った鋭い土の塊が役立った。

 ラットの長は、自身の眷属を使って移動を試みる。

 だが、数が足りない。


 アイリスが詠唱を終える。

 手をラットへ向ける。

 魔力を術式に流し込む。

 詠唱によって、威力を上げる。


 火魔法『火矢(ファイアアロー)


 一般的に単純で基礎的とされるその魔法は、威力上昇により、高難易度のものと遜色のない効果を発揮する。

 『火矢(ファイアアロー)』がラットへ到達し、火を拡大させる。

 刺さるような火にラットの長はあがく。

 鳴き続ける。恨み言を同族しか理解できない鳴き声で。

 少し経てば、ラットの喉も焼けたのか、燃える火の小さな音だけが聞こえるようになる。


 アイリスは、その様子を初めと同じように眺めていた。

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