31話 東部
タケは、混乱に包まれたサンクトゥスを走っている。
彼の役割は、市民の避難誘導だ。
タケの戦闘能力は、四人の中で最も低い。そのため、目立つ異常事態の見られなかった東部へ向かうように指示された。
そのタイムの見解が正しいことを証明するように、東部は静かで、むしろ人が見当たらないほどだ。
『もしかして、ほとんど避難が終わったのでしょうか………………』
タケは、静けさの理由をそう考える。
そうなると、彼がやるべきことは、残された者がいないかを探し周ることとなる。
タケは、建物の間を縫うように走り周る。
「誰か、いませんかー!」
周囲へ声を飛ばして、探す。
見逃しがあっては、皆に合わせる顔も無くなるので、神経を張り巡らせる。
人を探すため。
そして、タケは建物の間を抜け、人を発見することができた。
そこには、何人もの人がいた。
装備からヴェロニカと同じ聖騎士であることが推測できる。
その人たちは疲れているのか、ある者は地面に伏せ、ある者は寝転がり、ある者は壁にもたれかかるようにして座っている。
赤い水たまりの上で、安らかに。
「え?」
タケが駆け寄る。
少なくとも出血量からして、最低でも重症だと解るからだ。
「大丈夫ですか!」
最低で済めば、どれだけ良かったことだろうか………………
それの手首に指を当てて、理解する。
脈がない。
死体であると。
「大丈夫ですか!」
タケは、別の人も確認する。
これだけいるのだ。
まだ、息のある者も残っているかもしれないと………………そう希望的観測をして。
いくら確認すれど、どれも死体、死体、死体、死体。
全て死体で、全員永眠していた。
起きる余地は、欠片も無い。
『一体、ここで何が………………』
そこは少し、奇妙だった。
その奇妙な空気がタケに希望を持たせたのかもしれない。
その場は、争った跡が微塵も感じ取れない。
それほど日常的な形を保っていた。
『急ごう』
タケは、ここに来るまで感じとることのできなかった、この異常な事態に恐怖を感じ、身の毛がよだつ。
タケが進もうと立ち上がる。
その時、タケの予想外な出来事が起きた。
タケの視界の端――――――下の方の首元に向かう何かが映った。
黒い何か。
タケは、反射的に横へ避けた。
それがナイフだと理解できたのは、避けた直後だ。
黒いナイフ。
『何で、ナイフだけが?』
タケが疑問に思うが、その疑問の答えは、すぐに判明する。
しっかりとナイフを握っている者がいた。
服装は、黒いローブを羽織っている。
何故、その時までその人物が認識できなかったか?
タケは、まだ思い至らないが、その種はローブの認識に作用するという特性のせいだ。
つまり、そのローブは魔道具。
「………………どちら様ですか?」
タケが質問する。
タケも相手が今回のテロ事件に関係する人物だということは、解っている。
少しばかりの時間稼ぎにでもなれば、という願いだ。
「避けられたか………………こりゃあ、団長に後で怒られちまうな」
相手は、タケの言葉など聞こえていないように呟く。
ここでタケの生存本能ともいうべき、勘が働いた。
そしてタケが回避行動をとる。
その判断は、正しかった。
タケに向け、二つのナイフが振られたからだ。
タケが見れば、そこには二人の黒いローブの男がいた。
「まじかよ! 避けやがったぞ」
「まぐれだろ」
「こりゃあ、団長の説教コースだな!」
三人の黒いローブがそう話す。
軽い口調で喋る三人とは、対称的にタケに余裕はない。
彼らの言う通り、今までの紙一重の回避は、まぐれの偶然要素が大きい。
「じゃあ、怒られるし………………あれ使おうか」
一人が言う。
「あぁ、そうしよう」
他の者も同意しているようだ。
「おい、そこの少年! 我々の不意打ちを二度も逃れたこと、称賛に当たるよ。おめでとう!」
「………………どうも」
タケは、緊張の糸を切らさないまま、返事をする。
「だから、これは我々からの特別なプレゼントだ!」
そう言って、他の者がタケに向かって三角錐の何かを投げる。
見た目だけ見れば、確かに祝い事で送られるプレゼントにも見えなくない。
軌道から考えれば、タケの足元に転がるのがやっとの速度だ。
タケは逃げるでもなく、それへ向かって走った。
黒いローブたちは、その行動に首を傾げる。
逃れるにしても間に合わないだろうから。
彼らの放ったそれは、それだけの範囲だ。
タケが三角錐の何かを通過する。
そして脚に力を込め、加速する。
そのままの速度で黒いローブたちの間を通過した。
それとほぼ同時に三角錐が爆ぜた。
数メートルの範囲に及ぶ爆発。
遅れていたら、タケの命は無かっただろう。
「はぁ? クラッカーボムまで避けられたぞ!」
黒いローブの一人が言った。
「でも、この距離でしかも三人がかりならナイフで楽勝だろ」
「それもそうか!」
三人がタケへ近づく。
「やぁ、少年。見事だったけど残念だったね!」
そう言って、懐に手を入れる。
「………………?」
懐に入れた手を三人は、なかなか出そうとしない。
「ナイフが無い?」
一人が言った。
「俺もない」
もう一人が続いて言う。
「ナイフどころか、残りのクラッカーボムも無くなってるんだけど!?」
「本当だ!」
三人の黒ローブが揃って慌てる。
「お捜しの物は、こちらですか?」
タケの言葉に三人が目をやる。
そこには、ナイフとクラッカーボムを一つずつ手に乗せるタケの姿があった。
『盗人の腕』で盗んだのだ。
「「!?」」
「何で、持って………………」
黒いローブの一人が言う。
その疑問にタケは答える。
「僕は、こう見えてスリなので。それでは」
タケはそう言って、走り出した。




