30話 配置
悲鳴が響く。
至る所から嫌でも耳に入る。
「ひっ! 助けてくれ!」
「誰かぁ!」
人々が叫びながら逃げ惑う。
人々は何から逃げているのか?
◆
サンクトゥスの西部。
その場所は、どの地区よりも建物の損壊が激しい。
町を守るための壁には、門のように穴が荒々しく開けられている。
そこから道筋のように続いて建物が崩れている。
それは生物の通った後だ。
それも一匹――――――否、一人である。
「何なんだ! あいつは!?」
その者は、馬車ほどの巨体で破壊をする。
そこに理性は存在せず、魔物と何ら変わらない。
その者は、魔物に成り果てた獣人族であり、同族から忌み嫌われるほどの罪人。
「こいつ! 攻撃が効いてないぞ!」
「切ったそばから再生する!」
死してなお、アンデットに変わるほどの意地汚さ。
重罪人の名を「シンスト」。
被害規模は、建物の損壊が最も多く、それを止めようとした聖騎士、そして建物の瓦礫に巻き込まれた市民が犠牲になっている。
その暴乱を誰も止めることはできていない。
◆
サンクトゥスの東部。
そこでは西部に比べ目立った被害はない。
建物が派手に破壊されているような目立った被害は、ない。
「何なんだ、これは………………」
近くに居合わせた聖騎士が周囲の光景に混乱する。
目の前にあるのは、死体、死体、死体、死体。
赤い水たまりの中に聖騎士の死体が倒れている。
「一体何が………………」
そう呟いた瞬間、彼の喉元にナイフが突き立てられる。
「え………………」
聖騎士の最後の言葉は、驚嘆の声となった。
死体が一人増え、血が広がる。
この惨状を引き起こした者は、黒いローブを身に纏っている。
そして、この光景は、東部の至る所で発生している。
ゾロゾロと黒い集団が建物から出て来る。
「リーダー、ここら一帯は終わりました」
一人が統率を執る者に報告する。
「依頼通り、このまま続ける。中央部と西部は避けて、南部へ移動しろ」
リーダーと呼ばれた男がそう指示すると、一斉に移動を開始する。
彼らは、このテロの外注先だ。
その業者は、実に簡単で解りやすい名称で呼ばれている。
暗殺団というのがこの集団の名前だ。
そしてその団長の名を「アゲラタム」。
彼らは、着々と犠牲者を増やしている。
依頼が終わるまで、その行為は終わらない。
◆
サンクトゥス中央部。
そこは、テロが発生するまで何もおかしなことは無かった。
冒険者や市民が普段通り、行き交っている。
平和な日常だった。
だが、テロが発生した瞬間、そこは地獄に変わった。
ある意味、一番被害が大きいかもしれない。
その主な被害は死傷者。
人が集まるからこその被害だった。
「ひぁぁぁぁ!」
「来るなぁぁぁぁ!」
人々に迫るのは、鼠の魔物。
ラット。
それも数匹や数十匹ではない。
何百から何千の大群が灰色の液体のように迫る。
飲み込まれた者は、数秒も経たずに齧り尽くされ、骨も残らない。
無尽蔵に地下水道から湧いてくる。
数日前から異変はあったが、誰もここまでのものだと考えていなかったのだ。
そして地下水道からそれが出てくる。
地下水道の奥底でラットを増やし続けた原因。
一際大きい特殊個体。
名前は………………無い。
◆
このテロ、突然の発生により、国を守るはずの聖騎士たちは、パニックに陥っている。
もちろん、テロを想定した訓練などはされている。
市民の避難誘導や原因の排除を頭に叩き込まれている。
だが、今回は場合が違った。
テロに魔物が参加することが通常ではありえない。
神聖結界がある限り、魔物は侵入しないのだ。
そして強さも規格外だ。
聖騎士一人あたりの強さは、おおよそ冒険者ギルドの規定したランクでAランクほどだ。
大抵の相手ならば、制圧が容易だ。
だが、今回の相手はAからSランクという異常な強さ、勝ち目は限りなく少ない。
そしてその目的も不明確であり、前代未聞の大規模テロとなったのだ。
その惨状を高所から目の当たりにしているタイムたちは、言葉を失い………………
「助けに行こう」
タイムが反射で言った。
「え? タイム、これは………………」
アイリスがタイムを諭そうとする。
「パキラは、あの建物を壊してる奴を。タケはあの被害の少ない場所で避難誘導。アイリスは、中央のあれをどうにか………………」
「チョット待って! タイム」
指示を出すタイムを遮って、アイリスがいう。
「タイム。確かに人助けは、重要だよ? でも、規模がおかしいんだよ。あの大群だって、スタンピードと何ら変わらないんだよ?」
「一回も二回も変わらない」
アイリスの言葉にタイムは、そう言う。
「アイリスさんの言う通りです」
タケが口を開いた。
「前も命賭けでしたし、今回はどうしようもないわけでもありません。逃げ道もあります」
タケは続けて言う。
「ですが、僕はタイムさんの指示に従います」
タケが意外にそう口にした。
「本気!? タケは、一番弱いんだよ?」
アイリスは、ハッキリと言い切る。
「少し悲しくなりましたが、ここは事実なのでいいでしょう」
「タケ。何故だ?」
タイムが問う。
「一番は、吹っ切れたのがありますね。危機感の麻痺です。それに僕は元々、泥棒でしたから妥当な人生かなぁ~と」
タケが怯えも無く言った。
「あたしも従う」
タケに続いて、パキラも言う。
「そもそも死ぬ気がしないね」
こちらは、本当に理由がないようだ。
ただただ、命知らず。
「はぁ~。私だけ?」
アイリスが呟く。
「アイリス。できれば、手伝ってくれ」
「できれば、ね? できれば………………はぁ、解ったよ。やるよ!」
アイリスが宣言する。
「アイリス。ありがとう!」
「いや、もう知ってたしいいよ」
アイリスが言う。
「それじゃあ、さっきの指示通りに頼む。俺は………………」
タイムが言おうとするのをアイリスが止める。
「タイムは、あっちへ行って」
アイリスが指す方向は、彼らが来た道――――――つまり、教会だ。
「え? 何で?」
「知らないよ。占いで出ただけだし、今回のテロみたいに詳細は解らないけど、とりあえずあの扉まで戻って」
アイリスが指示する。
「解った」
タイムは、アイリスを信頼して了承した。
「それじゃあ、皆、死なずにな」
その言葉が合図になって皆は、散っていった。




