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全ての終わり


 神は嘘を許さない。だが、神もまた、嘘を吐かない。

 結果として、そう言う事である。

 死んだ娘の遺体の前で、男はぼんやりとしていた。首と胴が離れてしまった娘。未だたったの十三歳であった。息もせず寝台に寝かされ、首が繋がっているように置かれている。

「そなたのお陰で、戦は終わるらしい」

 話しかけると、涙が零れた。後から後から、溢れ出る。男は一人だった。きっと妻がいたなら、一緒に泣いてくれただろうと思う。だが、妻には先立たれていた。病だった。本当かどうかは分からない。突然死んだ。毒だったのかもしれない。今となっては、何も分からない。また、どうでもよかった。子供は数人いるが、末の娘のレオノールが殊の外可愛かった。美しく、優しく、賢い娘だった。結婚などしなくていいと思っていた。それこそ、今回の事が上手くいけば、聖女として格別の地位を与えるつもりだったのだ。そうして、幸せに暮らす。その筈だった。その筈だったのだ。

 何故、物言わぬ骸になってしまったのか。

 神の所為である。

 だがその神を先に怒らせたのは、此方側なのだ。異世界人の魂を使う等、止めるべきだったのだ。結果は成功どころか、これである。魔導士、王、姫、重鎮を立て続けに失う羽目になった。何方にせよ、戦どころの話ではないが、何もしない方が良かった。そうすれば、少なくとも、男の娘は生きていたのだ。

 後悔しかない。

 あの分からず屋の父親をさっさと始末すべきだったのか。それとも、魔導士を首にすべきではなかったか。一度失敗した時点で、見切りを付けるべきではなかったか。

 栓のない事ばかり考えてしまう。

 救いはただ一つ、戦争が終わる。ただ、それだけだった。

「王子!」

 大声で呼ばれ、勢いよく扉が開いた。レオノールが起きてしまうではないか。そう言おうとして、やめた。一生目覚めない事を思いだしたのだ。

「王だ」

「もうしわけありません陛下!」

 訂正され、ハッとしたよう騎士然とした男が敬礼した。王が死んでそう時間が経っていない。代替わりは全く浸透していなかった。

「戦場に動きがありました!」

「聞こう」

 戦場とは、隣の国とのほぼ国境沿いである。昔から、小競り合いを続けてきた。それが何時しか大きくなったのだ。最初は水場の争いだった。大抵そう言うものである。それが、村を襲うようになり、今や、領地争いだ。どうなれば勝ちかなど、何方も見失っていた。完全なる勝利か、それとも、降伏か。無論、此方が求めているのは勝利だ。だからこそ、異世界人の魂を使う、等と言う馬鹿げたことに手を出してしまったのだ。

 尤も結果として、神を味方につけた以上、勝ちを得ようとしていた。そうでなければ、娘が死んだ意味がなくなる。

「大地が、割れたそうです」

 王が目を丸くした。思いもよらぬことを言われたからである。大地が、割れた? 果たして地面とは割れるものだろうか。理解出来ずに顔を顰めた。

「突然無数の光の矢が上空より降り注ぎ、地面に刺さり穴が開き、その穴がどんどんと大きくなり、戦場は真っ二つになったそうです」

「渡れないのか」

「無理です。少なくとも、今すぐには無理です。橋を架けようにも長い年月がかかるでしょうし、彼方も見過ごさないでしょう」

 成程、国境を行き来出来ないとなれば、確かに戦争どころではない。

「完全に、向こうとは行き来出来ない状況か?」

「まだ確認の途中ですが、恐らく」

 王は息を吐いた。成程、戦争の終わりである。戦が出来ない状況にしてしまえばよい。こう言うわけだ。勝ちも負けもない。交易も何もかも止まってしまうが、戦争よりマシ、と、そう、思うしかなかった。しかし、人が行き来出来ないほどの割れ目とは想像がつかない。それが一瞬にして出来たというのだから、戦場にいた者にとっては、さぞかし恐怖であっただろう。

「陛下、続きがあります」

「聞こう」

「その地面の裂け目より、大量の魔物が現れ、兵を襲っています」

 瞬時に理解出来なかった。目の前で報告している男の顔は強張っている。恐らく自分も似たような顔をしているだろう。王は思った。

「戦場は混乱し、凄惨を極め、魔物どもが近隣の村や町に到達するのは時間の問題です」

「皆、死ぬではないか」

「はい、皆、死にます」

 あっさりとした答えだった。だが、他に言いようがなかったのだ。嘘のつきようもなかった。勿論、魔物一体くらいであれば、人間にも勝てる者はいる。魔法も使える、武器もある。だが、大量ともなれば話は別で、しかも、戦える人間は兵士として、戦場にいるのだ。その戦場で食い止められないとするならば、皆、死ぬ。王とて例外でなく。

 しかも、魔物は、人間のいる方へと向かってくるのだ。人など所詮、餌である。地底奥深くから這い上がって来る無数の魔物を想像し、王は顔色を悪くした。そして今この瞬間にも、その魔物たちに民は殺されている。死んでいる者達がいる。王は物言わぬ娘を見た。一体、この娘は何のために死んだのか。これでは、無意味ではないか。

「陛下!」

 男は部屋を飛び出した。そして、走った。走る王を見て、人々が目を丸くし膝を折り、呆気に取られている。だが、そのような事はどうでもよかった。目指す先は一つしかない。

「異世界人殿!」

 異世界人と言う、得体の知れぬ女の元である。

 突然、闖入者がノックもせずドアを開けたものだから、異世界人は驚いた。また一人で茶を飲んでいる最中だった。尤も傍から見れば一人なだけで、脳内は騒がしいのだが。

「えっと、何か御座いましたか」

「話が違うではないか!」

 何の!? 急に詰られても分からない。こういう時は、あれである。

「神ー!!」

 困った時の神頼み、リアルバージョンである。

(呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン)

(そう言う状況じゃなくない!?) 

 明らかに切羽詰まっている男を前に、無表情で神は言った。無論、脳内で。温度差があり過ぎて風邪をひきそうである。

「戦を終わらせると申されたではないか!」

(終わってないの!?)

(終わらせましたよ。失礼な下位種ですね)

「えっと、終わらせたと言ってますけど」

「だがこのままでは国は滅び、皆死ぬではないか!」

 えっ。異世界人は驚いた。素で驚いた。何がそうなってこうなっているのか、全く分からなかったからである。完全に蚊帳の外であった。それでいて、通訳なのだから、頭が痛い。神が自分で話せばいいのだが、決して口を開かないのだ。しかも見ようともしない。反抗期の娘じゃねえんだぞ。異世界人は内心でツッコんだ。つーん、と、すまし顔で立っている姿がそう見えたのだ。

(ちょっと、神)

(どうしましたか異世界人)

(国が滅びるってどういう事?)

(しょうがないですね)

(国が滅びるをしょうがないの一言で片付けないでよ。大体何したわけ?)

(戦争を終わらせました)

(具体的に聞いてんのよ)

(やれやれ。異世界人は欲張りですね)

(普通だよ)

(でも下位種より可愛いので説明してあげますね。実はさっき、ばーんとでっかい魔法の槍を落として、地面に穴を開けました。そこから地面が割れて、戦場は大きく隔たりました)

(はあ)

(結果として、行き来出来なくなりましたので、戦争は続行不可になりました。但し、裂け目が出来た事により、地底から魔物が這い上がり、現在その魔物の襲撃により、絶賛両軍襲われ中です。尚、下位種の劣勢です)

(そのまま兵が負けたらどうなんの)

(魔物の群れが村や町に到達し、最終的に城も落ちて、下位種は全滅です)

「アカンやん!!」

 思わず声に出して突っ込んでしまった。だって、どう考えても駄目。全滅? 最悪では? そうして、異世界人は下位種の王を見たのだ。突然異世界人が大声を出したので、目を丸くしている。驚いている場合かとツッコミたい。だが異世界人は納得もしていた。そりゃあ、息せき切って走ってくるわ、と。だって、国が亡びるのである。王として、居ても立っても居られない事態に違いないのだ。

 顔を強張らせる異世界人に、王は言う。

「異世界人殿、神はなんと?」

(滅んでしまえと言っていますとお伝え下さい)

(言えるか!!)

 駄目だこの神、何とかしないと。

 一瞬異世界人は考えたが、ほんの一瞬だった。無理、と、言う結論に早々に至ったからである。何せ相手は神である。それも、話が通じないタイプの神。コミュニケーション終了のお知らせ。

(そもそも、わたしを責めるのおかしくないですか? ちゃんと戦争終わらせたじゃないですか)

(方法がおかしいんだよ)

(そこまで指定されてなかったんで)

(ああ言えばこう言う神め)

「異世界人殿、何故神はここまで我が国に酷い仕打ちをお与えになるのか」

「えっ」

(いや、勝手に戦争してたのそっちじゃないですか)

「あの、そもそも戦争は其方が行っていた事なので、神は無関係だと言っております」

 久々に通訳をした。但しかなり丁寧に。だが、王のお気には召さなかったらしい。何とも昏い目で、睨まれたのである。恨み骨髄と言わんばかりであった。逆恨みだろこれ、と、異世界人は顔を顰めた。

「ですが、我が娘は命を擲ったのですぞ! その犠牲が無駄になる、親として耐えられることではございません!」

 そりゃそうだろうなあ。心底からの訴えに、異世界人は同情した。何と言っても、その娘を間近で見たわけである。そして、間近で死なれたわけであるが。明らかにいい所のお嬢さんと言う見てくれの、心根が清そうな娘であった。あのような直談判を神にするくらいである。強ち間違いでもあるまい。結果死んだが。ともあれ、あの娘が死んだことに関して言えば、異世界人も納得していないのだ。別に殺す必要はなかったのではないかと思っている。今更であるし、止める間もなかったが。そもそも、首を落とす等、想像もしていなかったので。

 さて、どうしたものか。

 異世界人は困惑している。王はどう見ても憤っている。対する神はこれである。そして自分は通訳。話が纏まるはずもない展開であった。

 さて、どうしたものか。

 異世界人は思案している。何かを言うべきだと思うが、何を言っていいのか分からないのだ。庇う? 非難する? 同調する? 一体己は何方の味方であるべきか。それは勿論神であるが、だからと言って神のイエスマンになるのも違う気がするのだ。異世界人は、異世界から来た人間である。この世界の事は何も分からない。だが、善悪を判断する心はある。それが此方の価値観とは違うものであったとしても、確かに持っているのだ。

 では、一応、娘を殺したことに対しては、良くなかったと言おう。後方法を指定されていないからと言う理由で、国が滅ぼうとしている事も、良しとしないでおこう。そう、心に決めた矢先だった。

「異世界人の訴えを聞き入れなかったでしょう」

 人の声でありながら、人ならざる者の声が、響いたのだ。

(シャベッタアアアアアア)

 異世界人は驚きの余り絶叫した。但し脳内で。

(あなたはわたしが話せることを知っているじゃないですか)

(いや、此処では声出さない制約あるのかなって)

(ありません。下位種と口を利きたくなかっただけです)

(反抗期かよ)

 神が声を発したことにより、王もまた驚いていた。何せ、声は聞こえたのに、口は動いていないのだ。相変わらず人形のように無表情のまま、ただ前だけを見据えているのである。

「し、しかし、その者は死んだではありませんか!」

 慌てて王は言い返した。確かに異世界人は言ったのだ。異世界人の魂をゴーレムに入れても無意味だと。それを無視したのは、王宮一の魔導士だった。ゴーレムの作り手で、発案者だった。しかし、その場で死んだ。謀った瞬間、死んだのだ。神の手により。

「異世界人を殺してしまえと声高に叫んだ」

「父もまた死んだではありませんか! では、娘は!? レオノールは何もしてない!」

 そう、少なくとも、男の娘であるレオノール姫は、異世界人に何もしてない。それだけは事実だった。ただ、窮状を神に訴え、身を差し出しただけだ。

「貧困に喘ぎ虐げられる民の姿を知らず口先だけの言葉で神を動かそうとした」

 えっ。

 これに驚いたのは、異世界人である。何やら神が難しい事を言い出したからである。咄嗟に、神の方を見てしまった。勿論視線は合わなかった。だがこの神、異世界人にだけは、普通に話してくれるのである。

(気付きませんでしたか、異世界人)

(何を?)

(あの娘の肌艶の良さです。更には髪も美しく、豪華な衣装を着て、天真爛漫な立ち振る舞い。凡そ下々の暮らしなど知らぬと言わんばかり。この国は戦争をしているのですよ。それも、長い間。民はずっと飢えています。身内を戦場に送られ、帰ってきたとしても物言わぬ死体であり、うら若き娘たちは我が身を売り、或いは戦場に出て、そうして命を繋いでいるのです。なのにこの男を御覧なさい。ただただ娘が死んだ娘が死んだとそればかり。いっそ全て滅びるべきです)

「レオノールはまだ、十三歳で、」

「十三で身売りし、十三で戦場に出ざるを得ない娘の親に同じことが言えるのですか」

 ぴしゃりと神が言葉を発すれば、もう、黙らざるを得なかった。今気付いた。そんな風に見えた。王と言う名の男の姿である。王の前に一人の父親であった。娘可愛さに、他の事を見ようとしていなかった。娘さえ幸せであれば、何も咎めなかった。民の苦しみを理解していないわけではないのだ。今日明日をも知れぬ命であると、知っていたのだ。だから、戦争を終わらせたい気持ちは本心だった。でも、娘だけは別だった。例え自分が苦労したとして、娘だけは幸せに生きて欲しかった。何も知らずに、満たされたままで。

 だが、そんな男の我儘を、神は許さない。

 王の一族が全て息絶えたとて、国が良くなるとは限らない。だったらもう、全て死に絶えた方がいい。神の勝手な判断である。果たして死は絶望だろうか。多くの民にとっては、救いとなるであろう。皆等しく死ぬ。真の平等と言える。

 異世界人は驚いていた。

 気分次第で人殺す、ヤベェ生き物じゃなかったんだな、と、認識を新たにしていた。神の事である。今までが今までだったので。ちょっと神らしい一面を見て感動すら覚えていた。だが後で気付くのだ。いや、滅茶苦茶な事言ってんな? と。最終的に滅べばいい、と、言う結論に持ってくの、単純に下位種が嫌いだからでは疑惑。

 空に浮かび、前を見据える神を前にして、とうとう男は膝を突いた。

「失礼します」

 そこに、新たに声がかかった。ふと見れば、静かに室内に入ってくる影がある。女性だった。男よりも年嵩の、真っ黒なドレスを着た、細身の女性だった。そのまま歩み、男の隣に立つと膝を突いて、頭を下げたのだ。

「はは、うえ」

 どうやら、男の母であるらしい。つまり、王妃か。と、異世界人は理解した。いや、もう代替わりしたらしいので、正確には王妃ではないのだろうが。そうして、黒いドレスは喪に服しているのかもしれない、と、そんな風に思った。王が死んだばかりだと、聞いた覚えがあったのだ。

「我が夫、我が息子、そして、我が孫の非礼、伏してお詫び申し上げます」

 懺悔と呼ぶに相応しい態度であった。

「また、我が身を以て償います。わたくしと息子、二人の身を捧げます。どうか、民をお救い下さいますよう……」

「母上!」

 血を吐くような叫びだった。その時咄嗟に、異世界人は両手で顔を覆ったのだ。考えるより先に、体が動いたのである。ついでに、上も向いた。下だけは駄目だと分かっていた。直後、物が落ちる音がした。二つ分。人が死ぬ音なんて、聞きたいものではない。でも、目を塞いでいるから、もう手は余っていないのだ。嫌でも音が耳に届いてしまうのだ。扉の外が騒がしくなった。そう言えば、ずっと、開けっ放しだったのだ。王と、幾ら神とはいえ密室に籠らせてはいけない。しかも得体の知れぬ異世界人も一緒なのだ。用心して然るべきであった。無意味だったが。何せ結果がこれである。

(どうして下位種の王族とやらは、己が特別だと思うんでしょうね。我が身を捧げますって、捧げたからなんだって話ですけどね。下位種は下位種ですし)

(でもちゃんと助けてあげるんでしょ?)

(神は嘘をつかないので。まあ約束した覚えなんてないですけど)

 基本、神って人の心無いよな。人じゃないからかな。そんな事を異世界人は思ったのだった。




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