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【改稿版】マリオネットララバイ  作者: 丹㑚仁戻
【後篇】第二章 希望の代償
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〈6-2〉仲間じゃないの……?

 ノエに手を引かれて歩きながら、ほたるは周囲を見渡した。昨日は彼に抱きかかえられて隠れるように移動したため、こうしてノストノクスの館内をしっかりと見るのは久しぶりだ。ここは以前と変わらず静かで、厳かな空気が漂っている。人がいないのもいつものことだから、ほたるにはノエが言うほど切迫した状況には思えなかった。


 その気持ちが変わったのは、ノエが物置のような部屋に入った後。クローゼットのような棚を開けて、その背面の板を押したのを見た時だ。


「……通路?」


 壁に接するように置かれていた棚の背面は壁であるべきだ。それなのにその向こう側には空洞があった。暗くてよく見えないが、人が通れるくらいの幅はあるように思える。


「隠し通路ってやつ。ほたる、ここから中見える?」

「全然」

「だよねェ。真っ暗でちょっと怖いと思うけど、俺の後ろくっついてくれば大丈夫だから」


 そう言ってノエが棚の奥に進んでいく。ほたるは足元に気を付けながらその後に続くと、ノエの背中すら見えなくなりそうな暗さにごくりと唾を飲み込んだ。


「そこ閉めてくれる?」

「うん」


 ノエに言われて入ってきた扉を閉めれば、視界は完全に闇に包まれた。思わずノエと繋いだ手に力を込める。その手が同じくらいの強さで握り返してくれたお陰で少し不安は和らいだが、しかし何も見えない状況は変わらない。


「……こんなとこ歩かなきゃいけないくらい危ないの?」


 歩き出したノエの背に向かって問いかける。その歩みに躊躇いが一切ないあたり、彼には見えているのだろう。囁くような声になったのは、自分達が忍んでいるように思えたからだ。


「そうだね、とりあえず誰にも見られないように移動した方がいいかなと思うくらいには」


 答えたノエは同じように小声だったが、少し真剣な響きに聞こえた。だが、ほたるには彼の話がよく分からなかった。館内はいつもと変わらないように見えたのに、ノエがこんなに警戒するのは何故だろうと思ってしまう。


「そんなふうには見えなかったけど……」

「今はね。でも外の連中がほたるがここにいるって知ってるのは確実だよ。まだエルシーくらいしか知らなかったはずなのに」

「……エルシーさんが口を滑らせちゃったってこと?」

「それはない。だから俺かエルシーがつけられたってこと。俺らが気付けなかったってことは、ここにいてもおかしくない奴か、俺らの記憶を消せる奴が相手って話になる」


 つまりはノストノクスで働く者か、ノエやエルシーよりも序列が高い者が関わっているということだ。ほたるはそう理解すると、「中の人が裏切ったかもしれないの……?」と弱い声で問いかけた。


「そんなに驚くことじゃないよ。言ったでしょ? 俺らは結局、最終的には組織より自分達の親を取る」


 ノエは当たり前のように答えたが、ほたるは自分の気持ちが暗くなるのを感じた。


「仲間じゃないの……?」

「どうだろうね」

「ノエは……」

「俺は誰のことも仲間だと思ってないよ」


 はっきりと、迷うことなく。嘘や冗談を感じさせないその言葉に、ほたるの胸がぎゅっと締め付けられる。


「っ……エルシーさんのことも……?」


 答えを想像して、ほたるの目元には力が入った。けれど尋ねたのは、どうか否定してくれと思ったからだ。最後まで文章にしなくても自分の疑問を正しく拾ってくれる人が、誰のことも仲間ではないと言うなんて悲しすぎる。他者のことをそれだけしっかりと見ているのに、その者達に情を持っていないだなんて信じたくない。

 だが、ノエから返ってきたのは想像していたとおりの言葉だった。


「……そうだね」


 間があったのは、迷いのせいだと思いたい。しかしほたるにはそこまで尋ねる勇気は出なかった。


「とにかく今はここから出ないと。ここの奴ならこの隠し通路のことも知ってるけど、迷路みたいになってるから普通に外歩くよりはずっと見つかりにくい」


 ノエが話を切り替えるように説明を再開する。言われて、確かにもう何回も曲がったな、とほたるはここまでの道のりを思い出した。真っ暗なせいで自分が今どこにいるのか、どのくらいの距離を歩いているかは全く分からないが、何度も曲がったり、時折下りたりもしていたのだ。

 これははぐれたら見つけてもらうのも難しいかもしれない――そう思って、ほたるが気を引き締めた時だった。


 ドンッ! ――どこからか大きな音が聞こえた。くぐもっているが、まるで酷い追突事故でも起きたような大きさの音だ。


「ッ、今の何……!?」


 ほたるがびくりと肩を跳ねさせれば、ノエが「あー……」とうんざりしたような声を漏らした。


「誰かがどこか吹っ飛ばしたかな」


 いつもと同じ言い方だった。けれど、その内容が良くない。


「吹っ飛ばしたって……爆弾ってこと? なんでそんな平然としてるの……!?」

「あんま珍しくないから」


 苦笑混じりの声でノエが言う。ほたるには暗闇でその顔を見ることはできなかったが、きっとへらりとしているのだろうな、とその声音で分かった。


「一〇〇年前まではしょっちゅうだったのよ。大丈夫、多分パフォーマンス的なやつだと思うから」

「パフォーマンス……?」

「これから喧嘩売りに行くぞ、みたいな?」

「ここに入ってくるってこと?」

「そうそう。あ、そういう意味ではちょっと危ないね? でも大丈夫大丈夫、誰が死ぬか制御しきれない使い方は本能的に避けるから」


 本当だろうか――ほたるの顔が渋くなる。ノエは慣れきっているようだが、ほたるからしたら爆弾なんてものは恐ろしいイメージしかない。

 と、ほたるが口に出すことはなかったが、ノエは彼女の言いたいことを察したらしい。「本当だよ」言い聞かせるように告げて、ほたるの手を掴む力をきゅっと強くした。


「巻き込まれた中に自分より高い序列の奴がいるかもしれないでしょ? って考えるとめちゃくちゃ気が進まないんだよ。それに方法としては卑怯だしね」


 だから大丈夫だと、ノエが少し笑ってみせる。声からその様子を察して、ほたるも肩の力を抜いた。しかし――


 ドォンッ!!


「わっ……!?」


 二回目の音は、一度目よりもずっと大きく。ほたる達の足元を揺らし、更には上からパラパラと何かの破片を落としてきた。


「……これはちょっとまずいかも」


 ノエの声が低くなる。それまでの気楽な雰囲気はだいぶ薄くなり、珍しく怪訝と警戒を感じさせる声色をしている。「何がまずいの……?」ほたるが思わず問いかければ、ノエは「今の中の音だよ」と考えるように呟いた。


「ここまで影響が出るってことは、建物を崩すような使い方をしてる。誰が死ぬか分からないのに……」


 それは流石にまずいのではないか。建物が崩れることもそうだが、同時に本能的に避けるはずのことをしているということではないのか。

 そう理解すると同時に、ほたるの頭にふと疑問が過った。


「できるの……?」


 序列を逸脱するような行動を――先程ノエが避ける理由として挙げていた内容を思い出しながら、問う。


「できるっちゃできるよ。事故みたいなモンだから、殺してやろうって意識してるワケじゃないしね。それに種子持ちにやらせればそんな制限もないし。けどただの抗議でここまでするって……」


 ノエの言葉が止まる。彼にしてはやはり珍しいその様子に、ほたるは「どうしたの?」と首を傾げた。


「いや、ちょっと変だなって思っただけ。ま、見つからなければ問題ないよ」


 それだけ言うとノエは歩みを再開した。けれどその足取りはこれまでよりも少し速い。走るほどではなかったが、そんなノエの行動がほたるの鼓動を速くする。


 いつの間にか会話がなくなり、通路には二人の足音だけしかしなくなった。しばらくしてその静けさを破ったのは、ノエの足元から響いた音だった。


 バリバリッ、なのか、ガラガラッ、なのか。ほたるがすぐに何の音なのか判断できなかったのは、複数の音が混ざっていたからだ。


「げ」


 ノエの足元の床が抜けていた。そこから光が入り込み、床の素材が木と石であったことをほたるに教える。けれど問題は、その光の中に見えたものだった。


▓▓▓(あそこだ)!」


 大勢の人の姿があった。たった一枚の床を隔てた先に、このノストノクスでは見たことのない人の波があったのだ。


「ちょっとごめんね」


 ノエが言うと同時にほたるを抱きかかえる。そのまま隠し通路の中を走って進み、少ししたところで壁を蹴飛ばした。

 破れた壁の向こう側に広がったのは、部屋と思しき空間。ここはどこだろうとほたるが疑問に思う暇はなかった。ノエがその部屋の中をぐんぐんと進んでいったからだ。それに見つかってしまった恐怖がほたるの身体を竦ませて、目まぐるしく変わっていく景色をただ見ていることしかできない。


 とにかくノエの邪魔をしないようにとほたるがその首にぎゅっとしがみついていると、いつの間にか廊下に出ていたノエが別の部屋に身体を滑り込ませた。

 食糧庫だろうか、周囲には大量の野菜と缶詰が所狭しと置かれていた。空気はそれらの匂いと、香辛料と思しき香り。見れば棚や天井からも何かの乾燥した葉や野菜が吊り下げられている。

 ノエはいくつかの香辛料らしき容器を開けて中身を軽くこぼすようにしながら歩いていくと、奥の棚の陰にほたるを下ろした。


「俺ちょっと注意逸らしてくるから、ここで待っててね」

「でも……!」

「大丈夫、匂いじゃほたるがいるって分からない。ここに座って、物音は立てないように。それからこれ持ってて」

「ッ、これ……」


 ノエに渡されたのは銃だった。部屋を出る時に彼が手にしていたものだ。初めて触れる鉄の塊をほたるは落としかけたが、ノエがその手を取ってしっかりとそれを握らせた。


「両手でこうやって持って、自分の方には絶対向けないこと。足も気を付けてね。誰かが来たらここで安全装置外して、ギリギリまでトリガーに指はかけない。いいね?」

「な、なんで……」


 こんなものを、私に――ほたるが問いを口にしきれなかったのは、同時にその理由を悟ったからだ。

 震え出したほたるの頭にノエはそっと手で触れると、「撃っても死なないから安心して」と優しく微笑みかけた。


「俺達にとってこれは人殺しの道具じゃない。怪我だってすぐに治る。でもひるませることはできるから、見つかったって確信したら、相手が銃を認識する前に撃ちな。で、その隙に外に出ればいい。あ、反動で手が返って来るかもしれないから顔ぶつけないように気を付けてね。銃声を聞いたら俺も急いで戻るから」


 ほたるを落ち着かせるような言い方だった。けれどその内容は、誰かを傷つける方法に関するもの。ノエからしたらほたるを安全に逃がすためのものなのだろう。

 そうと分かっても、理解しなければいけないと分かっていても、ほたるはふるふると首を振ることを止められなかった。


「でも、ノエ……離れちゃやだ……!」


 誰かに見つかるという恐怖よりも、離れないと言ったノエが離れてしまう不安の方が、大きい。


「約束した時に言ったこと覚えてる? 俺が一緒にいると危ない時は例外って。今がその例外なんだよ」

「…………」


 ほたるには何も言うことができなかった。その約束をする時に自分が了承したことを思い出したから。

 黙り込んでしまったほたるにノエはもう一度優しく微笑みかけると、「すぐに戻るよ」と言って、その場から離れていった

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