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【改稿版】マリオネットララバイ  作者: 丹㑚仁戻
【前篇】第一章 夜燕の波
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〈4-1〉俺の話を信じる気がないのに聞いてどうするの?

 ドアの前で固まるほたるに男がゆっくりと近付く。「大丈夫?」問われても、ほたるはやはり動けない。


「あの……人の認識を操れるって……」


 どうにか絞り出せば、男は「ちょっと話そうか」とほたるを促してソファに座らせた。そのままL字になるよう置かれた二脚のソファの、ほたるの座っていない方に自分も腰を下ろす。そして、「改めて自己紹介ね」と話し出した。


「俺のことはノエって呼んで。俺もお嬢さんのことはほたるって呼ぶから」

「……はい」

「呼ぶ気ないな?」


 ほたるの返事に男が茶化すような笑みを返す。しかし、ほたるは何も言えない。理解が追いつかない。

 人の認識を操れる――いつもだったら荒唐無稽だと一笑に付していたところだろう。だが、今は無理だった。相手が人間ではないかもしれないと知っている。それによくよく思い返せば、あの裁判の場で男がそんなようなことを言っていた記憶があったのだ。


『このお嬢さんには紫眼による俺の洗脳が効かなかったっす。以上』


 洗脳の意味は流石にほたるも知っていた。人の認識を操るということに近いものだ。

 それが、あの場で何かの根拠として示された。この発言に傍聴席は怒りはしたが、それは冗談を咎める雰囲気ではなかったと記憶している。それがどういうことなのか、考えるまでもなく頭に浮かんでしまう。


「……洗脳したってことですか? それって何なんですか。お母さんに何をしたんですか」


 理解が追いつかないせいで感情が迷子になる。淡々と、しかし怪訝のこもったほたるの問いに男――ノエは肩を竦めると、「多分言っても信じられないと思うんだよなァ……」と考えるように目を動かした。


「とりあえず、順番に説明しようか。ただほたるの母さんについてだけ先に言っとくと、健康や精神状態には一切問題ないよ。俺のことを信頼できるほたるの友人だと思ってるってくらいで」

「ッ、それがどういうことか聞いてるんです!!」

「俺の話を信じる気がないのに聞いてどうするの?」

「っ……」


 図星だった。男の、ノエの話をできるだけ信じたくない自分がいることはほたるも自覚していた。だから頑なにノエを吸血鬼だと認めようとしないし、その言葉を鵜呑みにするなと自分に言い聞かせている。

 そんな、自分の猜疑心のせいで母の状態を説明してもらえないのだと気が付くと、ほたるは何も言えなくなって口を噤むしかなかった。


「責める気はないよ。ただ、こっちの話を信じる気がない相手にいくら事情を話しても無駄だと思うんだよね。それでもまァ、説明しなきゃいけないこともあるんだけど……ひとまず、絶対に理解してもらわなきゃならないことだけ話そうか」


 柔らかい笑みを浮かべながらノエが言う。それはまるで子供をあやすかのような表情で、相手にとって自分はそれだけちっぽけな存在なのだとほたるに実感させた。


「大前提として、ほたるはシュシモチなんだよね。それは確実に、絶対に、間違いなく」


 そこだけは疑ってくれるなと言うように、ノエが強調語を繰り返す。

 一方でほたるは、またシュシモチか、と溜息を吐きたくなった。ここ数時間で散々聞いた言葉だからだ。

 辟易と、それからほんの少しの興味。自分の今の状況に直結しているであろうその言葉の意味を、いい加減に教えて欲しい。


「……そのシュシモチってなんなんですか。どうして誰も教えてくれないんですか」

「うん、だから今から教えるよ」

「……え?」


 不満をぶつけてやろうと思ったのに、あまりに呆気なく教えてくれると言われてほたるの勢いが削がれる。そのままほたるがきょとんとしていると、ノエは「シュシモチってのは日本語での言い方ね」と説明を始めた。


「で、シュシっていうのは種のこと。吸血鬼の種みたいなモンかな。だからシュシモチっていうのは、体の中にその種を持ってる人のことを指すワケ」


 つまり〝シュシモチ〟は〝種子持ち〟のことだったのだ――ほたるの頭の中には自然と漢字が浮かんだが、しかしその後に続いた説明がいけない。


「種を持ってる、って……」


 吸血鬼になりうる種を持つ人を種子持ちと呼ぶ。ならば、そう呼ばれる自分は。


「ほたるの体の中には種子があるんだよ。発芽したら吸血鬼になるかもしれない種子が」


 言われていることは理解できた。けれど、理解できない。


「なんで……」


 そんなものが、私の中に……――ほたるが呆然と呟けば、ノエは「そこが問題でさ」と少しだけ真剣な目をした。


「種子は吸血鬼なら誰でも与えることができるけど、誰かに与えたらノストノクスに申告しなきゃいけない。あ、ノストノクスっていうのは()()ね。俺達の中央機関のことなんだけど、その本部であるこの建物のこともみんなノストノクスって呼んじゃうからまァ、大体おんなじものだと思っといて。ちなみに俺の執行官って肩書きもノストノクスでの役職」


 最初に床を、そして次に自分を指差しながらノエが言う。


「だから全ての種子持ちは、それを与えた吸血鬼の名前と一緒にノストノクスに登録されているはずなんだよ。でもほたるの情報はここになかった。ってことは、ルールを破って登録してない不届き者がいるってこと。ここまでオーケー?」


 そう言ってノエは確認するように首を傾げた。ほたるの理解を待つような仕草に、「……一応は」とほたるの口も自然と動く。

 けれど、完全に理解しきれたわけではない。ノエの言っていることは分かるが、そういうものだと飲み込むことはまだできそうにない。

 そんなほたるの心境をその受け答え方から察したのか、ノエは「いいよそれで」とへにゃりと笑った。


「受け入れるのとか実感は後回しね。今は難しいって分かってるから」


 気の抜けた表情が、ほたるの肩から力を抜く。相手の話を信じないことを咎められてはいないのだと、ほたるを安心させる。


「お嬢さんに誰が種子を与えたか――ノストノクスが把握したい理由は二つ。一つは単純に法律違反だから。そこは分かるでしょ? 悪いことをした犯人は見つけなきゃいけない。で、ほたるに直接関係するのはもう一つの方」


 ゆるく笑んでいたノエの顔が、ほんの少しだけ真顔に近くなる。その変化にほたるが戸惑っていると、ノエはゆっくりと口を動かした。


「その吸血鬼を見つけないと、ほたるは死ぬ」

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