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【改稿版】マリオネットララバイ  作者: 丹㑚仁戻
【後篇】第一章 瓦解する安らぎ
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〈5-2〉まさか年寄り扱いしてる?

「――わっ!」

「ッ!?」


 大きな声が、パシンッ、と大きな音と共に。


 その音の大きさにほたるがびくっと肩を揺らせば、顔の前にノエの手があった。ノエが自身の手を打ち鳴らしたのだ。

 頭が真っ白になる。どうしてノエがこんなことをしたのか分からない。「な、何、急に……」呆然としたままほたるが問いかければ、ノエは「一旦忘れな」と強い声で言った。


「思考が制限されてるから、いくら考えたってスヴァインの望む答え以外には辿り着けない。そんなものを深く考えると精神が参るだけだよ。ほたる自身が嫌な答えでも、どれだけ考えたってそこに引き戻されちゃうから」

「でも……」

「考えない。エスカレーターを逆走してるのと一緒なの。ほたるの走る速さよりエスカレーターの方が常にちょっと速いの。そんなの逆走しきれないでしょ?」

「……ノエ、エスカレーターなんて知ってたんだ」

「まさか年寄り扱いしてる? 俺普通に外界で買い物するけど」

「あ、そっか」


 そういえばそうだ、とノエの服装を思い出す。最初の頃に彼が着ていた現代的な服装はこちらの店では見かけたことがない。ならば当然外界で買っているはずで、エスカレーターなんて見慣れているだろう。

 なんてどうでもいいことをほたるがぼんやりと考えていると、ノエが「とにかく、」と話を続けた。


「ほたるはまだスヴァインを誘き寄せる餌になれる。利用価値はしっかりあるから、細かいこと考えずに大人しく保護されときな。そういうのを考えるのは俺達がやるから」

「でも……狙われてるのはノエも一緒でしょ? だったら私なんていらないんじゃ……」


 むしろ自分がいない方がノエは動きやすいのではないか。そう思ってほたるは声を落としたが、ノエは「いるよ」と当然のように答えた。


「ほたるはいい目印になる。探そうと思えばほたるの中の種子を追って、あいつはほたるを見つけられるから」

「待って。じゃあ、ここも安全じゃないの……?」

「他よりはずっと安全だよ。俺らが使った抜け道をあいつは知らないだろうし、外はあれだけ人が集まってる。いくらスヴァインでも一瞬も騒ぎを起こさずに来るのは無理だよ」


 それは安全といえるのだろうか。騒ぎを起こしたとしても、彼なら意に介さないのではないか――不安になったのは、前回会った時のことを思い出したから。

 あの時のノエはスヴァインに動きを封じられ、更に自分を庇って瀕死の重症を負ってしまったから。


「……もしスヴァインに襲われたら、ノエはどうするの?」

「俺がすぐに殺されると思ってるね?」

「……うん」


 否定はできなかった。序列ではスヴァインの方が上、ならばノエは彼に逆らえない。


「まァ、ほたるがそう思うのも無理ないよね。実際殺されかけたし」

「そういえば……この間、なんでノエは動けたの? 動きを止められるのは洗脳とは別のルールがあるの……?」

「内緒」


 その答えに、しゅわ、とほたるの顔が歪む。それを見てノエはおかしそうに笑うと、「頭触っていい?」と問いかけてきた。


「急に何」

「わしゃわしゃしたくなった」

「……わしゃわしゃは駄目。まだ頭洗ってないし」

「ただ触るのは?」


 駄目、と言うべきなのだろう――ほたるはそう思ったものの、それを口にしたくはなかった。だから「ん……」と曖昧な声を出して、少しだけ頭を差し出すように動かす。その動きのせいで自然と視線が落ちたが、ノエが笑ったのは吐息で分かった。


「大丈夫だよ。詳しいことは教えられないけど、すぐには殺されないから」


 頭を優しく触れられる感覚と共に、安心させるようなノエの声が聞こえる。久々の感触が心地良い。頭を撫でられるだなんて子供みたいで嫌だったはずなのに、全身から力が抜けて、ほたるの口からはほうっと息が押し出された。


「……すぐじゃなかったら殺されるの?」

「そうならないように頑張る。じゃないとほたるの問題も解決できないしね」


 無理はしないでと、そう伝えたいのに口が動かない。


「でもまァ、どこにいても危ないっていうのは間違いない。だから俺ももうよっぽどのことがない限りほたるの傍を離れる気はないから、そこはどうにか我慢してね」


 最後にぽん、と軽く叩くように触れて、ノエの手が離れていく。名残惜しさを隠しながらほたるが顔を上げれば、ノエが「とりあえず風呂でも入っといで」と言いながらベッド横の棚を指差した。


「あそこに借りてきた着替え置いてあるから、風呂行く時持ってきな。靴は棚の前に置いてあるよ。どっちもここいた時の予備があったらしくて」

「本当? 良かった」

「あ、パジャマ欲しい?」

「借りたの寝られる服じゃないの?」


 ほたるが問いかければ、ノエは「どうだろう、俺見てないから」と眉根を寄せた。それを見て、自分で確認しよう、とほたるが腰を上げる。

 棚の上にあった紙袋の中を見れば、小分けにされた袋もあった。下着だ。そちらの予備もあったのかと安堵しながら小分けにされていない服を手に取って広げれば、ほたるの顔もむむっと険しくなった。


「……外着だね」


 用意されていたのはふわりとしたシルエットの白いワンピースだった。以前ここに滞在していた時の予備ということで、それらと同じような雰囲気の、高そうではない洋服だ。しかし柔らかい生地は寝たら皺がたくさん付いてしまいそうで、できれば寝る時に着るのは避けたかった。


「じゃァ俺の服を貸してあげよう。寝るくらいならサイズ合わなくてもいけるでしょ」

「…………」

「もしかして嫌?」


 ノエの問いにほたるの表情が曇る。正直、嫌ではない。嫌ではないが、それを着てしまうともう駄目な気がした。ノエと距離を取りたい気持ちはもうだいぶ弱くなってしまっているから、そういうことをするとその気持ちが消えてしまいそうに感じる。


 けれど、それでいいのかという疑問が、まだ心に居座っている。


「……気は、進まない」

「だとすると残りの選択肢は真っ裸なんだけど」

「借ります」

「よろしい」


 ノエは満足そうに頷いたが、ほたるの顔は一層苦々しくなった。今のは自分が悪いのだろうか。いやしかし、いくらノエがこちらをただの子供として扱っていそうとはいえ、成人男性の前で真っ裸は嫌だ。既に背中の治療で上半身くらいは見られているだろうが、せめて意識がある時は節度ある行動をしておきたい。


 と、ほたるが葛藤していると、ノエがすぐそこから「はい、どうぞ」と着替えを差し出してきた。ほたるが考えている間に用意したらしい。


「後でエルシーがメシ届けに来てくれるから、それまでに入っちゃいな」


 その言葉にほたるはこくりと頷くと、受け取った着替えを抱き締めて浴室へと向かった。

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