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【改稿版】マリオネットララバイ  作者: 丹㑚仁戻
【後篇】第一章 瓦解する安らぎ
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〈2-3〉っていう見世物をしたいんだ?

『スヴァインの子――お前から死んでもらおう』


 その言葉を聞いた瞬間、ほたるの胸を埋め尽くしたのは安堵だった。

 生きることを諦めていたから。そして自分が生きていたら、ノエの足を引っ張ってしまうから。

 順番と言っていたから、ノエのことも殺そうとしているのかもしれない。けれど自分という足手まといがいなくなれば、彼は無事に逃げ切れるかもしれない。

 そして自分が先に死ねば、また誰かの死を見なくて済む。


 諦めと、必要性と、それから逃避。それら全てがほたるから生きる意思を奪う。

 だから、それでいいと思った。問題はノエが逃げるタイミングを作れるかだけで、この身の安否は気にする必要はない。


 どうすればノエの役に立てるだろうか。どうしたらこの無価値な命に価値を持たせられるだろうか。


 ほたるが考えていると、隣で息を吸い込む音がした。


「っていう見世物をしたいんだ?」


 ノエが笑いながらソロモンに問いかける。ほたるにその意味は分からなかったが、他の者には違うらしい。顔を隠していないソロモンとリードは同じように笑みを浮かべ、「よく分かってるじゃないか」とソロモンがノエに答えた。


「そりゃ分かるでしょう。あんたみたいなお偉いさんが出てきたってことは、お仲間ももう集めてあるんじゃないんですか? この子の正体が分からなくても、俺を殺すのは良いパフォーマンスになる。どうせ今頃リロイ様あたりがお仲間に向かって演説でもしてるんじゃありません? あんたが手を組んだのはリードじゃない。リロイ様が相手でなきゃ、格が合わない」


 そのノエの話は、ほたるにはほとんど理解できなかった。ただ分かるのは、このソロモンという男と、それから名前の出てきたリロイという人物はきっとノエよりも序列が上なのだろうということ。そして彼らにはノエを殺す理由があるということ。

 それは、まずい気がする。吸血鬼達は自分より序列の高い者には逆らえない。ノエよりも上の者が二人もいるのに、彼は逃げ切れるのだろうか。逃げ切る算段はあると言っていたが、それは彼らがここにいなかった頃の話ではないのか。

 ほたるが不安に思っていると、ノエが少し疲れたように話を再開した。


「赤軍と青軍のあんたらが手を組む……それを中立派のノストノクスが知らないってことは、また戦争でも始める気ですか」


 言い終わったノエの口から溜息のような吐息がこぼれたのは、呆れているせいだろうか。それとももう、こうして話していることすらも無理しているのではないか。

 ほたるに答えをくれる者は、いない。


「権力をあるべき姿に戻すだけだ。ノストノクスが成り立っていたのはオッド様とラーシュ様の恩寵があったからに過ぎない。お二方が儚くなられた今、あの組織が我が物顔でノクステルナを仕切っていること自体がおかしい。しかもその長官は序列最上位でもない下賤の女だ。いくらラミアの後ろ盾があるとはいえ、一部の執行官にも劣る序列の者が率いる組織など残しておく価値はない」

「そんなこと言っていいんですか?」

「何か問題でも?」

「いや? アレサの顔色くらいは気にしなくていいのかなって思っただけですよ」

「お前……」


 ソロモンが不快そうに眉をひそめる。しかしすぐにふっと息を吐き出して、「惜しいな」と笑った。


「ラミアより先に見つけていれば、私がお前を拾ってやったのに」

「それがラミア様とあんたの差なんじゃありません?」


 ノエが挑発するように返した、その直後だった。


 ドッ――ソロモンの杖が、だらりと伸びていたノエの足を貫いた。


「ッ……!」

「ノエ!!」


 ほたるの悲鳴が狭い牢に響く。ノエは声を出さなかったが、その左足には深々と杖が刺さっていた。それも、骨のありそうな位置に。

 あまりの仕打ちにほたるは顔を青ざめさせたが、ノエはゆっくりとソロモンを見上げ、そして笑った。


「図星っすか? それでろくに動けない相手にこんなことするなんて大人げない」

「減らず口を……」


 ノエの嘲笑にソロモンが忌々しげな表情を浮かべる。しかしふんっと鼻を鳴らすと、ノエの足から鉄格子越しに刺していた杖を抜いた。痛みを与えるように、ぐちゃぐちゃと動かしながら。


「っ……」


 その音と光景にほたるの全身が強張る。もしや自分と離されている時、ノエはずっとこんなことをされていたのでは――唇を戦慄かせながらノエを見れば、そこには耐えるように厳しい顔をした彼がいた。


「連れて行け。その口が回らなくなるまで痛めつけてから殺してやる」


 ソロモンが言えば、いつもの男二人が動き出した。鉄格子の間から手枷が投げ入れられる。自分で付けろと言われているのだ。もう何回も繰り返されているそれに、ほたるの顔に悲痛が浮かぶ。

 ここまで弱らせてもまだ、こんなことをさせるなんて――それなのに何もできない自分に憤りを覚えた時、手に何かが触れた。


「ノエ……?」


 呼ぶも、ノエは答えない。彼の顔は男達に向いていて、目線すらほたるの方に向けられない。だがほたるの手には確かに感触があった。もうすっかり慣れた、ノエに握られる感触。お互いの身体で他の者からは見えない位置で握られた手が、ほたるの心を楽にする。


 けれどそれはすぐに離されて、ノエは投げ入れられた手枷を拾った。

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