〈天烏篇〉天秤
「……足りないな」
同年代の仲間達と顔を突き合わせた少年は、地面に広げた硬貨を見て眉根を寄せた。
「こんなにあるのに?」
「めちゃくちゃ金持ちじゃん」
周囲からは無邪気な声が聞こえる。けれど少年は知っていた。これだけでは二日も持たない。自分達の分だけでなく、今は眠っている年下の子供達の分も必要だったから。
「ちょっと試したいことがあるんだけど」
少年は仲間達にある作戦を伝えた。以前から気になっていた、しかし肝心な部分が不確実な作戦。
だからやらなかった。だから考えないようにしてきた。だが一日中掻き集めても十分な金を得られないのなら、もうなりふり構っていられない。
不確実な部分で命が危うくなるのはきっと自分だけ。ならば、やらないという選択肢はない。
少年は密かに決意すると、仲間達と共に街へと出かけた。
§ § §
「女みたいな面してるな」
街で出会った男は、少年の身体を撫でながらいやらしく笑った。
少年は男の名を知らなかった。だが、すぐそこにあるのが男の店だということは知っている。既に店じまいをしているが、まだ奥には商品の作物があることも知っていた。
「女のふりした方がいい?」
男に合わせて答える。何を求められているのかは、少年は知らなかった。けれど男が自分に興味を持っていることは知っていた。
時間を稼ぐためならなんでもやってやろうと。そう思って男の求めに応じれば、全身を暴かれた。体中を舐め回され、組み敷かれ、どこかの家から聞いたような荒い息遣いが少年を苛んだ。
それでも少年は拒まなかった。おぞましいと感じる心に蓋をして、男が自分から目を逸らさないように応じ続ける。
そのうち男が果てて、満足そうに笑いながら少年にはした金を握らせた。それを愛想の良い笑みで受け取って、男の元を後にする。
帰り際に商品の作物が減っていることを確認すると、少年もまた満足そうに笑った。
§ § §
弄られる。男に、女に、全身を玩具のように扱われる。
盗みと同時にやるのはあまり得策でないと、最初の一回で少年は学んだ。
代わりに自身の値を吊り上げた。他人の家を覗いて男女の交わりを学んだ。客から金だけでなく情報も吸い上げた。欲望の捌け口以外にも使えるぞと、客の商売に助言をしてみせた。
身体も知恵も、売れるものは全部売り物にした。亡き両親から与えられたそれらを使うことに抵抗はなかった。誇りなんてものは戦場跡で死体漁りをしていた頃に消えた。
あるのはただ、身を寄せ合う仲間達への情だけ。同じような境遇は友情よりも強い絆を作って、赤の他人だった少年達を家族にした。
だから少年は自分を売って得た真っ当な仕事を仲間と分けて、全員が食っていけるようみんなで金を稼ぎ続けた。
一蓮托生だとどんな困難も共有しようとする仲間達には、どこでその職を得ているかは教えずに。仲間達が自分と同じことをしなくていいように。
「なあ、兵隊募集してるんだって。俺らもやった方がいいかな?」
「んー……ちょっと調べる時間ちょーだい。そっちの方が割の良い仕事かどうかちゃんと確認しないと」
路上で子供同士助け合うこの生活が、少しでも良くなるように。
少年は今日も、己を売る。