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【改稿版】マリオネットララバイ  作者: 丹㑚仁戻
【前篇】第五章 無自覚の操り人形
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〈17-1〉……本気で言ってる?

 翌日になると、ほたる達は街へと繰り出した。昨日と同じで人は少なく、どこかの店に入ることもなかったから、嫌な目線は向けられない。

 ただ歩いているだけだったが、ほたるにとっては見るもの全てが珍しい。古めかしい建物は慣れてきていたが、今まで滞在していたのは豪勢なもの。だから人の生活に根ざしたような、あまり華美でない建物は新鮮に感じられた。

 店先で中を覗き込んで、あれは何だろう、と思考を巡らせる。一見すると分からないが、考えてみれば何の店かはどこもすぐに分かった。それがまた楽しくて、時間がどんどん過ぎていく。


 そうして二、三時間ほど歩き回ると、昨日の店に行った。店内では相変わらずノエに抱き付かれ、ついでに頭を撫で回され。最初はほたるもそわそわしたが、目的が分かったからか、大型犬にじゃれつかれているような気分になって途中からは動じなくなった。

 店員と同じく呆れ顔でノエの行動をやり過ごし、食糧を調達し、ほたる達が宿に戻ったのは昼過ぎのこと。


「――ノエはいつご飯食べてるの?」


 ほたるはソファに座って料理をつつきながら、そういえば、と隣に問いかけた。ノエの食事風景は一度だけ見せてもらったが、それ以降は見たことがない。自分と同じものを口にしているのは目にしていたが、吸血鬼にとってそれは栄養にならないという。

 ならばノエには食事が、血液が必要なのだ。それなのに見たことがないのは流石におかしい。人間ほど回数はいらないとは聞いているが、それでも何度か食事を摂っているはずだと思ってほたるが尋ねれば、ノエは「ほたるが寝てる間かな」と答えた。


「ほらあれ、小さい袋あるでしょ? あれ俺の」


 店で購入した袋を指しノエが言う。大きな袋の中にはほたるの食糧と小さい紙袋があって、ノエは毎回その袋を真っ先に取り出して避けるように置く。疑問にもなっていなかったその行動の理由を知ってほたるはなるほどと思ったが、今度は別の疑問が生まれた。


「ノエって、いつ寝てるの?」


 ノクステルナに来てから、ほたるはノエの寝ている姿を見たことがなかった。彼は自分の警護をしていて、寝室も別だったから当然と言えば当然かもしれない。しかしノストノクスからラミアの城までの道中も、そしてこの宿での一泊でも、ノエが眠っている姿どころか欠伸をしている姿すら見ていない。

 もしや吸血鬼は寝ないのだろうか――そんなまさか、と怪訝な目をノエに向ければ、「ほたるが寝てる時に寝てるよ」という先程と同じような答えが返ってきた。


「でも俺、元々あんま寝ないんだよね。二時間くらい寝たら十分」

「吸血鬼はみんなそうなの?」

「いや? 確かに寝なくても人間よりは動いてられるけど、人間の時と同じくらい寝たがる奴が多いかな。俺のこれも人間の頃からだし」

「……人間は二時間睡眠じゃ倒れると思う」

「ってよく言われるけど、なんか平気なんだよね」


 そう答えるノエを見て、もしや不眠症だろうか、とほたるはその顔を見つめた。しかし特に顔色が悪いわけではない。憎たらしいくらいに整った顔には隈どころか疲れも見当たらず、ただショートスリーパーなだけか、とほたるは納得し掘り下げないことにした。他にも聞きたいことがあったからだ。


「ところで今日って、スヴァインを探してるんだよね? なんかただ歩き回っただけだったんだけど……」


 ノエの習性はよく理解できないが、これは理解しなければならない。この街にはスヴァインを探しに来たはずなのに、午前中は観光のように歩いただけでノエがそれらしき行動を取ることはなかった。

 けれど自分が気付かなかっただけで、ノエは何かをしていたのかもしれない。だったらその内容は知っておきたいと思ってほたるがノエを見れば、ノエは「歩き回っただけだねェ」とへらりと笑った。


「……本気で言ってる?」

「本気本気。人の観察をしてるんだよ」

「なんで? 見つけたいのはスヴァインでしょ?」


 ノエの言葉にほたるの気持ちがざわつく。自分には時間がないのだ。スヴァインに会わなければ死んでしまうのに、よく分からないことをしていると言われて納得できるはずがない。


「うん。だけど目撃情報がないってことは、単純に人前に一歩も出ていないか、誰もスヴァインをスヴァインだと認識してないってことでしょ? なら誰かのふりをしてる可能性もある。そうでなくても一〇〇年間一歩も人前に出ないって有り得ないから、もし引き籠もってるなら協力者がいるはずなんだよ。ま、本人に自覚がないかもしれないけどね。だからそういう人はいないかなァって探してみようかと」


 だから人の観察をしている――ノエの言いたいことは分かったが、やはりまだ納得はいかない。


「……その割にはあんまり誰かに話しかけてないけど。そういうのって聞き込みみたいなのした方がいいんじゃないの?」

「それが有効な時もあるけど、今回はやめた方がいい。じゃないと折角ノストノクスに集めようと思ってる注目がこっちに来ちゃう」


 それは確かにそうだ、とほたるは目を伏せた。今後の計画の話はなんとなく覚えている。それなのにもしここでスヴァインの名前を出して聞き込みをすれば、スヴァインを探している者がいることも、最悪自分が彼の関係者であることも噂になってしまうだろう。

 そうなればノエ達の計画が破綻するだけでなく、自分を狙う者が来るかもしれない――そこまで考えるとほたるは怖くなって、きゅっと拳を握り締めた。


「だけどさ、観察して本当に分かるの? ただ見てるだけじゃ何も分からないんじゃ……」

「ほたるはね。だけど俺はそれで給料もらってるから」

「……できればもう少ししゃきっとして言って欲しい」


 ノエの言いたいことは分かる。それだけ人を見る目には自信があるのだと、そしてノストノクスという組織にそれを認められているということも分かる。

 分かるけれども、へらへらしながら言われると不安になってしまう。そのせいでノエとの会話で得た納得感は仕事をしてくれなくて、ほたるの胸中に暗い気持ちが暗雲のように立ち込めてくる。


「そもそもなんだけど、スヴァインは本当にノクステルナにいるの? 私と会ってるってことは、外界にいるんじゃないの?」

「それはあると思う。だけどその場合もこっちに来るように向こうで噂流してるから、結局は同じことだよ」

「広さが違うじゃん。こっちだけじゃなくて、向こうもなら……」


 ノクステルナの広さは分からない。けれど、自分の世界の広さは知っている。八〇億を超える人間を養うことのできる世界は、十代のほたるにとってはとてつもなく広い。


「スヴァインに関しては広さなんて関係ないよ。結局向こうから姿を見せに来てくれなきゃ俺らは見つけようがないからね。広い海で狙った魚一匹だけ探して捕まえられる? 種類じゃなくて個体って意味で。無理じゃない? 撒き餌なりなんなりして誘き寄せて、それでやっと手が届く。それと一緒」


 ノエの言いたいことはほたるにも分かる気がした。相手が隠れてしまっているなら尚更だ。広大な土地を虱潰しに探すのと、相手をどこかに誘き出してそこから探し出そうとするのでは明らかに違う。


 ならば今は、ノエの言うことを信じるしかないのだろう――ほたるはやっとノエの行動を受け入れると、「私も何かした方がいい?」と相手の顔を覗き込んだ。


「ほたるは俺にくっついてきてくれればいいよ。じゃないと守れないし、もしかしたら向こうがほたるに気付いて接触してきてくれるかもしれない。ていうか本命はそっちだしね。探すのはついでで、そうするうちにスヴァインにとって都合が良い場所に辿り着けたらなァ、みたいな感じだし」

「そうかもしれれないけど……でも私だって分からないんじゃない? マント羽織ってるし、匂い玉だって使ってるし」

「見た目はそうだけど、種子をあげるような相手の匂いは覚えてるよ。それに種子を通してある程度は感じ取れるらしいから」


 だったら何故まだスヴァインは姿を現さないのだろうか。痩せるほど命の期限が短いというのに、何故自分は放置されているのだろう――振り払ったはずの暗い考えが、再びほたるの心に影を落とす。

 するとノエは安心させるように微笑んで、「大丈夫だよ」と俯くほたるの頭に手を置いた。


「スヴァインが出てこないってことは、まだほたるの命には余裕があるってことでもある。もう二、三日ここにいても何もなかったら別の街に行こう。結構街ごとに雰囲気違うから楽しめるかもよ?」

「……でも、そんなのんびりしてられないんじゃ」


 最低三ヶ月。長くても半年。しかもそれはノストノクスにいた時に考えられていた期限で、今のこの命の期限はもっと短いかもしれない。

 そう考えると、ほたるは顔を上げることができなかった。ノエの手が頭を後ろに撫でつけて顔を上げることを手伝ってくれているのに、重たい気持ちがそれに抗う。


「確かに、ただのんびりとはしてはいられないかな。だけどもうすぐノストノクスがほたるの存在を公表する。前に話したこと覚えてるでしょ? スヴァインの関係者がいるって分かったら、みんなノストノクスに押し寄せる。そうなったらほたるの命に余裕があっても、スヴァインは出てこないとまずいって判断してくれるはずだよ。危ないからその前に会えればいいんだけど、もし無理でも大丈夫だから安心して」

「…………」


 ノエの言うことは、ほたるにも理解できている。以前聞いて納得もしている。スヴァインを一〇〇年も追ってきたノエ達が考えたことなのであれば、それが一番成功確率が高い方法なのだとも受け入れることができる。

 けれど、どうしても。自分の中にスヴァインの記憶がないせいで、ほたるには消せない不安があった。


「でも、さ。もしスヴァインがお父さんみたいな人だったら? 義理か何かで種子はくれたけど、本当は私にそこまで興味がなかったら……? そしたら絶対見つからない。ノエ達の探し方は、スヴァインが私のことを大事に想ってるって前提じゃん。そうじゃなかったらどうするの? スヴァインは見つからないし、私も役に立たない。それが遅くてもノストノクスに人が集まった時に分かるんだよね? もしまだ三ヶ月は生きられるんだとしても、それより前に私が無価値って分かったら、ノエ達は……」


 仕事で自分を助けようとしてくれている彼らは、無価値な自分を助けてはくれない――浮かんだ考えを、ほたるは口にすることができなかった。


「その時は休暇取るから平気だよ」

「休暇……?」


 穏やかなノエの声が、ほたるの目線を持ち上げる。


「言ったでしょ? 俺はほたるのことを人間として家に帰したいと思ってるって。仕事でそれができなくなったら俺個人としてやるよ。半年でも一年でも休み取って付き合うから大丈夫」

「……そんなにはいらないよ」


 思わず拒むような言葉が出たのは、湧き上がった気持ちを誤魔化すためだ。嬉しさと、それから不安。仕事ではなくノエ個人がそうしてくれるということも、それからそんなには生きられないだろうということも。一人で死に怯えなくていいという嬉しさよりも、それらの不安の方が大きかった。


「いるかもしれないじゃん。ほたるの状態は聞いたことがないんだから、俺達の常識とは違うことが起きるかもしれないでしょ」

「……気休めだよ」

「気休めでも良くない? 悩んで縮こまってても何も変わらないんだから、俺に全部責任押し付けて楽しちゃいな。どうせほたるはそのことも忘れちゃうんだからさ、スヴァイン探しもただの観光だと思って、楽しめる時は思い切り楽しめばいい。その方が俺も楽しい」


 最後に「ね?」とノエがほたるの目を覗き込む。思わず頷きかけたのを誤魔化したくて、ほたるは「ノエが楽しみたいだけじゃん」と憎まれ口を叩くことしかできなかった。

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