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【改稿版】マリオネットララバイ  作者: 丹㑚仁戻
【前篇】第四章 脆弱な壁
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〈15-1〉暴れないよ

 夜、本日五度目の食事を終えた後。ほたるは浴室の鏡で自分の身体を見ていた。

 以前よりもはっきりと骨が見えるようになった身体は、今日必死に大量の食べ物を詰め込んだからか、最後に見た時とそう変わらないように思える。先程ノエに抜糸してもらった背中は、残念ながらよく見えない。代わりに指先で恐る恐る傷口のあった場所を触れば、他とは違う皮膚の感触が、怪我が現実に起こっていたことだとほたるに教えた。

 どれほどの大きさの傷かは、よく分からない。全部指先で辿れるほどほたるの身体は柔らかくはない。それにいくら朝まであった痛みがなくなっていると言っても、まだ少し違和感がある。そんな状態で無理に動かすのは怖いから、ほたるは気になる心に蓋をして着替えを済ませた。


「――本当に治ってた……」


 部屋に戻り、ソファに座っていたノエに報告する。「こっち座って」手招きするノエに従って、彼の向かいのソファに腰を下ろす。ノストノクスではL字になるように置かれていたが、ここのソファは二人掛けが向かい合わせになっていた。「隣でも良かったのに」茶化すように言うノエをじとりと睨みつけると、ほたるは「これでもう治療はおしまい?」と問いかけた。


「うん。もう消毒も必要ないから普通に風呂入っていいよ。でもまだ開きかねないから暴れないでね」

「暴れないよ」


 どんな心配だ、とほたるが顔をしかめる。しかしすぐにその表情を元に戻すと、ずっと気になっていたことを聞くことにした。


「ノエって医者の勉強とかしてたの?」

「まさか。俺勉強嫌いだもん」

「じゃあなんで手当てできたの? 傷口縫うとか医者しかできないと思うんだけど……」


 少なくともほたるの常識ではそうだ。たまに映画か何かで医者の指示を受けた一般人が縫合を行う場面もあるが、仮に自分がその一般人の立場になったらできる気がしない。


「表面の傷なら裁縫と一緒でしょ。流石に内臓までやられてたらどうやればいいか分からないよ」

「今回そういう怪我だったらどうしてたの?」

「とりあえず中身全部押し込んで縫う」

「……そこはどうにか医者を探してきて欲しい」


 そしてそんな怪我でなくて良かったと心の底から安堵した。恐らく、ノエは本当にやる。ノエのことをあまり雑だと思ったことはないが、感覚的なものは割と大雑把だ。おかしな味覚しかり、食い溜めの話もしかり。流石にそんな人に適当に治療をされたらたまったものではないとほたるが考えていると、ノエが「ところで体調はどう?」と首を傾げた。


「痛いところとか、気になるところはある?」

「ううん、平気。傷口がたまにピリッとするくらい」

「それはそのうち良くなると思うよ。怠さは?」

「全然ないよ」

「ってことは、傷が治って種子も落ち着いたかな」


 ノエが安心したように息を吐く。その様子を見て、ほたるも自分の胸に安堵が広がるのが分かった。種子が落ち着いたということは、寿命が一気に削られる状態から脱したということだと思えたからだ。


「一応言っとくけど、今後は大怪我しないように気を付けてね。そのたびに種子が頑張って治そうとしたら、その分だけ寿命が縮まりかねないから」

「……うん」

「だから俺にくっついといて。手の届く範囲にいてくれれば絶対に怪我させない」

「分かった」


 ほたるの答えにノエが目を瞬かせる。「渋らないんだ?」意外そうなその問いに、ほたるは「だって命に関わるもん」と首を振った。


「そうだね。そうやって割り切ってくれると俺もありがたい」


 へらりと、しかしどこかぎこちなくノエが微笑む。どうしたんだろう――ほたるは疑問に思ったが、追求するのはやめておいた。

 これはきっとノエの内面的な話で、自分が知るべきものではない。うっかり友人といる時のように相手の心情が気にかかってしまうが、ノエに対してはそれを気にしてはいけないのだ。


 そうほたるが自分に言い聞かせていると、ノエが突然席を立った。グラスの置いてある棚の方へと歩いていって、その棚の中から物を取り出すように動く。それを見て、ほたるはそういえば来た時に何かをしまっていたなと思い出した。彼の背中でよく見えないが、近くの蝋燭の火にかざしたのは別の蝋燭だろうか。

 ノエはその蝋燭を取り出した何かとまとめるような動きをすると、「あとこれあげる」と言って戻ってきた。


「これ……」


 コトリと、ノエが持ってきたものをテーブルに置く。それは皿だった。正しくは、小さなケーキの乗った皿。更にそのケーキには一本の蝋燭が立てられていて、ほたるの頭には自然とその意味が浮かんだ。


「ちょっと日付ずれてるかもしれないけど、誕生日おめでと。最近の子は誕生日に蝋燭ぶっ刺したケーキ食べるんでしょ?」

「言い方……」


 情緒もへったくれもない言い方だ。思わず表情を渋らせ、「もっとこう、いい感じの表現があると思うんだけど」とノエを見る。


「だってただの魔除けじゃん」

「そうなの?」

「違うの?」


 きょとんとするノエは本当にそれ以外の考えがないのだろう。そうと分かるとほたるは急におかしくなって、くすりと小さく笑みをこぼした。


「……ありがと」


 こういうことをされるから困る。これも仕事の一環だと分かっているのに、どうしても頬が緩んでしまう。


「後で気が向いたら食べて。小さいのにしてもらったけど、今はお腹いっぱいだろうし」

「ノエも食べる?」

「作ったのリリじゃないよ」

「うん。でも……誕生日ケーキは誰かと食べたい」


 これは本音だった。今まで誕生日は必ず母が祝ってくれた。勿論友人に祝ってもらうこともあったが、誕生日当日の夜は母がごちそうを作ってくれて、それと買ってきたホールケーキを二人で多すぎだと笑いながら食べるのがほたるにとっての誕生日の過ごし方。

 今日が本当に自分の誕生日かは確信がない。けれど、それでもいいと思った。だからこそ一人ではなく誰かと食べたい。たとえそれが、本当の友人でなくとも。


「じゃァもらおうかな」


 ノエの返答を聞いて、ほたるが蝋燭の火を吹き消す。フォークは一つしかないから最初の一口は自分で食べて、空いたフォークをノエに渡した。


「そういえばペイズリーが話したいって言ってたよ。明日時間作ってって」


 ケーキを頬張りながらノエが思い出したように言う。だがほたるには、ペイズリーに呼ばれる理由が思い当たらなかった。


「なんで?」

「ほたるの服用意してくれたから」

「そうなの?」


 初耳だ、と目をぱちくりさせる。次に頭に思い浮かべたのはノストノクスから持ってきた着替え。しかし十分に量は足りているなと気が付くと、こてんと首が倒れた。


「でも服はあるよ?」

「スヴァインを探しに行くって話したでしょ? 今着てる服はエルシーが外界にいる執行官に言って用意してくれたんだけど、だいぶ向こうっぽい服装だからさ。その格好でこっち歩いてると悪目立ちしそうで」

「ああ、なるほど……ってことは、ペイズリーさん達みたいな格好にするってこと?」

「そゆこと」


 ノエの返事を聞きながら、ほたるはペイズリーの姿を思い返した。ペイズリーは可愛らしい顔立ちとは裏腹に豊満な肉体の持ち主だ。出るところは出ていて、締まるところはキュッと締まっている。

 彼女の服装は中世風の衣装でよくあるような、ワンピースのような服に腰をコルセットで締めたものだった。片側のスカートは捲って留めてあり、そうしてできた深いスリットからは肉感のある美脚がその存在を主張している。その上たわわな胸は、下着でもそんなに出さないだろうというくらいに上半分が無防備。

 少し跳ねたらこぼれてしまいそうな胸を思い出し、ほたるは「あんなに胸出すの……?」と自分の胸元を両手で押さえた。


「俺はまだ見てないからなんとも。十代の日本人の女の子とは伝えといたから、ペイズリーがそれをどう解釈したかによる」

「……人前に出せるほど立派なものは持ってないんだけど」

「小さいってこと? 割とある方だと思うけど」


 ノエの発言にほたるがぴしゃりと固まる。ギギギ、と動かした視線で捉えた彼の顔に悪意はない。純粋に不思議そうな顔でこちらを見ているだけだ。

 顔ではなく、この胸を。


「どこ見てるの。っていうか私の胸見たことあるの? まさか着替えさせる時に見たの?」

「そんなの見なくても服の上からでも分かるでしょ」


 言われて、ほたるは胸元を隠す腕に力を込めた。


「ノエは、デリカシーが足りないと思う」


 他意がないのはなんとなく分かる。彼の顔には同級生の男子達が女子について語る時のいやらしさは微塵もない。しかし、デリカシーもない。服の上からでも大きさが分かると言われて聞き流せるほど、この羞恥心は寛容ではない。


「……服の上からでも恥ずかしいの? 体型隠せる服装の方が良かった?」


 そう問うてくるノエは本気で怪訝そうだった。「今までのも実は嫌だった……?」不可解そうに、けれど心配するように首を捻る。そんな彼の姿を見ているとほたるは自分の方が気にしすぎに思えてきたが、しかし発言を撤回する気にはならなかった。


「そうじゃない、けど……胸に注目されてると思うと嫌だと言うか……」

「ほたる。ほたるが気付いてないだけで、こっそり注目してる奴は結構いる」

「……ノエも見てるの?」

「俺は胸より脚を見る」


 真顔だった。ノエには珍しい真剣な顔。その瞬間ほたるはバッと脚を持ち上げて、ひらりとした膝丈のスカートの中に必死に隠した。


「大丈夫大丈夫、脚って言っても見たいのは足首だから。靴履いてれば見えないよ」


 へらへらとノエが笑う。罪悪感や気まずさは見当たらない。見当たらないが、ノエが分かりにくだけということもある。


「それは恥ずかしい秘密だから教えてくれるってことでいい……?」


 だからほたるはそう問いかけた。約束した覚えはないが、ノエは自分に恥ずかしい秘密を教えると言っていたからだ。

 けれどノエの反応は、ほたるの期待したものではなかった。


「どこが恥ずかしいの?」

「……なんでもない」


 年齢なのか出身地なのか、それとも種族としての違いなのか。ノエのことが以前より分からなくなったものの、ほたるに詳細を聞く勇気はなかった。

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