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【改稿版】マリオネットララバイ  作者: 丹㑚仁戻
【前篇】第四章 脆弱な壁
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〈14-5〉疲れてんのかな……

「……眠れない」


 ベッドの上で横になり、三〇分。未だほたるは眠れずにいた。つい二、三時間前まで寝ていたのだから当然と言えば当然だ。しかも朝食を食べた後だし、起きる前は熱でいつもよりも長い時間眠っていた自覚もある。けれどノエの言っていたとおり人間には有り得ない速さで傷を癒やした身体は疲れ切っているようで、全身に一日中歩き回った後のような重たさを感じていた。

 だから眠れると思っていた。実際に眠気もあったから、少し仮眠を取れると思った。けれど眠れないのは、頭の中が忙しなく活動してしまっているせいだ。


『口では都合の良いこと言うけど、腹の底じゃ何考えてるか分からないタイプだから。こいつのあだ名知ってる? 詐欺師よ。あとは同胞殺しに裏切り者。絶対に信用しちゃ駄目だからね』


 ペイズリーの言葉が、頭から離れない。


 ノエが本気と冗談の区別がつきにくい人だということも、きっとその裏に本心を隠しているのだろうということも、それは出会った頃から分かっていた。だから信用しないようにしてきた。少し気を許してしまっている部分はあるけれど、それでも完全に寄りかかっては駄目だと常に自分に言い聞かせていたつもりだ。

 だから、この言葉に何か感じるのはおかしい。別にノエが詐欺師でも同胞殺しでも、自分には関係がないのだ。


『同胞殺しって……吸血鬼同士の殺人ってことですか?』

『まあな。だが殺人というよりは、暗殺と言った方がいい』


 不意に別の会話が浮かんで、これは違う、とほたるは慌てて首を振った。同じ言葉が使われているせいでニックとのやり取りを思い出してしまったが、これはペイズリーの言っていた同胞殺しとは違う。ノエの件は彼が人間だった頃の話で、こちらはつい先日に起こったこと。一度仲間だと思った相手は殺せないと明言したノエとは関係のない出来事だ。


 とはいえ、彼は仕事で間接的に相手に死をもたらしてしまうこともあるみたいだけれど――そのことについて誤魔化すような態度を取ったノエの姿が、瞼の裏に焼き付く。


『……不自由だから?』


 吸血鬼は、不自由だ。そしてそれにノエはあまり良い感情を抱いてはいない。このことに触れた時のノエは一見するといつもと変わらないのに、いつもよりも少しだけその感情が滲み出ているように感じる。

 自分の気の所為か、そう思いたいだけか。本心を感じさせないノエの本心に触れたいと思ってしまっているのだろうか。


 だとすれば、それは良くない。


 ノエは仕事で一緒にいてくれているだけ。仕事で自分を甘やかしてくれているだけ。それなのにその本心に触れたいと思うということは、彼にとっては仕事であると忘れかけているということ。

 だからこんなにも心が掻き乱されるのだ。ノエがどんな人物でも自分には関係ないはずなのに、彼の考え方が気にかかってしまうのは、無意識のうちに仕事とは関係のないノエを求めてしまっているのだろう。

 そうと分かると、ほたるは思い切り枕に顔を埋めた。


 距離を間違えるな。勘違いするな。ノエはいずれ去る人なのだから、気を許しすぎてはいけない。

 仕事が終わった時にはもう、彼はきっとこれまでどおりに接してくれない。仕事という理由がなくなれば、笑いかけてくれることすらないかもしれない。


 もう、あんな想いをするのは嫌だ。求めても求めても振り向いてもらえない相手は、父一人でいい。


 あの懐かしいぬくもりは、所詮ただのまやかしなのだ。



 § § §



 広い食堂で一人、椅子に座るノエは手に持ったグラスの中身を一口飲んだ。透明なグラスの中にあるのは赤い液体。ほたるがいる前では極力見せないようにしている自分の食事姿。

 一度見せたのだから気にしなくていいだろうとも思うが、あまり人間とは違う姿は見せたくなかった。こいつは人間ではないぞという実感を強くさせてしまえば、折角近付いた距離がまた離れてしまう。


 いや、意味ないか――溜息を吐いて、もう一口。


 ほたるが自分を信用していないのは知っていた。彼女が意識して信用しないようにしていることも分かっている。

 それでも少しは心を開いてくれたのではと思っていたところに、ペイズリーのあの発言。流石に動揺させてしまったかと思いきや、ほたるは〝気にしない〟とほとんどその感情の揺れを見せなかった。


「……意外とクるな」


 〝気にしない〟というほたるの発言を聞いて、動揺したのは自分の方だ。てっきり相手が動揺してくれる程度には気を許されていると思っていたから、予想以上の距離の遠さに思わず面食らってしまったのだ。ほたるの警戒心を緩ませるためにわざわざ火傷まで負ってみせたのに、それがまるで無意味だったと言われているようで驚いてしまった。


 もしくは、気を許していたのは自分の方か。


 ほたるは人間だから。気を張らなくていい相手だから、いつもよりも油断してしまっていたかもしれない。


「疲れてんのかな……」


 自分の置かれた環境に。常に周囲を警戒していなければならないこの立場に。

 ここでそれは駄目だと一気にグラスの中身を飲み干した時、遠くからこちらに来る気配を感じた。ニックだ。何か用かと思って待ってみれば、食堂にやって来た彼の方が「何か用か?」と聞いてきた。


「いや俺の台詞よ。伝言のことでさっき言い忘れたことでもあるのかと思ったのに」

「ない」

「ならノストノクスからの報告は? あの従属種の身元も照会してくれてるんでしょ?」

「まだ連絡はないな」

「……そう」


 期待が外れてノエが溜息を吐く。「お前と同じだ」続いた言葉にリリの見ていない隙に食事をしに来たのだと悟ると、ノエは「大変だね」と笑った。


「俺は長くても二、三ヶ月だけど、ニッキーは何年も続けるんでしょ? リリが大きくなったら起きてる時間も長くなるから余計に大変じゃない?」

「それくらいいいさ。あの子が健やかに育ってくれれば」

「……すっかりパパだねェ」

「久々の子育ては楽しい」


 珍しくニックの口角が上がる。だから彼はたまにこうして子供を引き取っては育てているのかと納得すると、ノエは「あ、そうだ」と声を上げた。


「ねェ、最近の子って誕生日どう祝うの? どうせ調べたんでしょ?」

「あまり変わらないぞ。ケーキに蝋燭を立てる」

「蝋燭? なんで?」

「魔除けの名残らしい」

「ふうん?」


 子供の健やかな成長と魔除けの相性が良いのだろうか――ノエが考えていると、ニックが「ほたるにか?」と首を傾げた。


「うん。なんか誕生日近いらしくて。本人も分かってないけど、多分そろそろだと思う」

「物で釣っても信用されないぞ」


 ニックの言葉にノエが顔をしかめる。「ペイズリーから何か聞いた?」先程のことを思い出しながら問いかければ、「ああ」と首肯が返された。


「ノエが狼狽えていていい気味だと」

「性悪……」

「まだ仲が悪いのか。お前が謝れば済む話では?」

「って思って昔謝ったら、しばらくでっかい鋏持って追いかけ回された」


 言いながらノエの眉間にうんと深い皺が寄る。「鋏?」不思議そうに問うてきたニックにノエは記憶を辿ると、「ほらあの、木の剪定とかに使うゴツいやつ」と両手で鋏を動かすふりをした。


「なんでまたそんなものを……」

「去勢してやるって」

「…………」

「別に俺そんな節操なしなワケでもねェのに」


 どちらかと言うと淡白な方だ、と溜息を吐く。ただ来るもの拒まずなだけで、去勢してやると追いかけ回されるほど奔放なわけでもない。

 と、ノエが自身を顧みていると、ニックが呆れたような目で自分を見ていることに気が付いた。


「何?」

「いや……まあ、あれだ。気を付けろよ、色々と」


 やけに含みのある言い方に、ノエはじっとりとした目をニックに向けた。


「ニッキーはリリとペイズリーをあんま関わらせないようにしなよ。あの過激な発想を刷り込まれたらヤバいだろ。俺らは多少怪我しても平気だけど、人間相手にやったら猟奇事件よ」

「……そうだな」


 ニックが表情を渋らせる。それに溜飲が下がるのを感じながら、ノエは厨房に行くため席を立った。

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