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【改稿版】マリオネットララバイ  作者: 丹㑚仁戻
【前篇】第三章 日陰に埋めた劣等感
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〈12-1〉あの世代はもう石像レベルだよ

 偽物の太陽の下で食後の散歩を終え、部屋に戻ろうとほたるがノエと城内を歩いていると、食堂近くに差し掛かったところでなんだか甘い香りがほたるの鼻腔をくすぐった。バターと、それからシロップのような香りだ。

 ほたるがこれは、と鼻で空気をスンスンと吸っていると、「ノエ! ホタル!」と高い声が廊下に反響した。


「お、リリじゃん」


 ノエの言葉にその視線を追えば、ほたるも声の主の姿を見つけることができた。食堂の扉からひょっこり顔を出しているのはリリだ。リリはとてとてと走ってくると、ノエとほたるの服の裾を引っ張った。


「《ぺぺのケーキたべよ!》」

「《できたの? じゃァもらおうかな》」


 ノエが受け答えれば、リリがにんまりと笑う。そしてその顔を今度はほたるに向けて、「《ホタルもたべて!》」と目を輝かせた。


「え? えっと……」


 〝ほたる〟と呼ばれたのはなんとなく分かった。しかし他の単語が分からない。

 だからほたるが困惑していると、ノエが「パンケーキできたから一緒に食べようって」と助け舟を出した。


「私にもくれるの?」


 ほたるが問いかけた先はノエではなくリリだ。隣でノエが通訳すれば、リリがまた笑顔を咲かせる。「《みんなでたべるの!》」嬉しそうに言って、ほたる達の服の裾を掴んだまま小走りで食堂に向かった。



 § § §



「――ちゃんと手当てはしないの?」


 食堂に着き、隣同士で座ったノエを見ながらほたるが眉根を寄せる。畑で負った火傷を放置していたノエは、リリが厨房に準備に行っているうちにと、その場にあったナプキンを手に巻いていた。片手で器用に巻かれたそれは見栄えこそ悪くはないが、本来は治療のためのものではない。

 だから心配になってほたるが尋ねると、ノエは「後でね」と笑った。


「今はほら、リリにこんなん見せる方が良くないから」

「でも痛くない? そのナプキン、結構硬い布だし……」

「平気だよ。もっと痛い怪我たくさんしたことあるし」


 それは平気なのだろうか、とノエの答えにほたるが顔を渋らせる。だがへらりとした笑顔しか返ってこないものだから、これ以上言っても無駄だろう、と話題を変えることにした。


「そういえばリリって、私の名前知ってたんだね」


 先程当然のように呼ばれたことを思い出す。名乗れる機会はなかったはずだとほたるが首を捻ると、ノエからは「ニッキーが教えたんだと思うよ」という答えが返ってきた。


「年頃が近いから、あわよくば一緒に遊んでくれないかな、的な?」

「……年頃が近い?」

「ニッキーってそこんとこ雑なのよ。俺の倍くらい生きてるから感覚がおじいちゃんなんだよね」

「……私にとってはノエも十分おじいちゃんだよ」


 ほたるはノエの正確な年齢を聞いたことはなかったが、どことなくエルシーに近いのではと考えていた。そして、そのエルシーは五〇〇年以上生きているという。その単位になってくるとどこまでが近いと呼んでいい範囲なのかは分からないが、しかし二、三〇〇年くらいは生きていそうだ。

 となると、彼の倍は生きているというニックの年齢も相当なものになる。ほたるからすれば幼いリリと同年代と言われると否定したくなるが、ニックからすれば誤差にすらならない違いなのかもしれない。


 人間も大人になったら一〇歳くらい違ってもあんまり分からなくなるしな――ほたるは無理矢理自分を納得させると、それよりも、とノエを見つめた。


「あのさ、吸血鬼の平均年齢ってどれくらいなの? なんか途方も無い時間な気がするんだけど……」

「ほたる、平均ってあんま当てにならないんだよ」


 やれやれとでも言いたげにノエが首を振る。多分これは馬鹿にされているのだろう。妙に腹の立つ顔をしているのがその証拠だ。

 そうは思っても、ほたるはそれをそのまま口に出すことはできなかった。会話の流れからして、もしかしたらおじいちゃん呼ばわりした仕返しかもしれない。ならばここで怒ってしまえば子供だと笑われることになるだろうから、ほたるは「それはそうだけど……」と濁すに留めた。

 すると、ノエがほんの少し意外そうに何度か瞬きをした。これはやはりからかわれるところだったのだ。そう思ってほたるが安心すると、ノエはつまらなそうに「ま、俺は若造扱いだよね」と答え始めた。


「これでも結構生きたつもりなんだけど、偉い人達からしたらまだまだらしいよ。やんなっちゃうよね」

「……スヴァインは?」

「あの世代はもう石像レベルだよ」

「石像……」


 それは石のように年齢を重ねているという意味か、それとも有名彫刻の人物達と同世代と言いたいのか。ほたるはいまいち分からなかったが、深く追求するのはやめておいた。後者ならまだしも、前者ならノエの場合だいぶ失礼な意味で言っている可能性がある。偉い人達の話題で自分までそんな失礼発言に巻き込まれたくないと乾いた笑いで誤魔化していると、厨房の方からリリとニックが歩いてきた。リリは手ぶらだが、ニックは人数分のパンケーキの乗ったトレイを持っている。


「《ぺぺのケーキだよ!》」


 嬉しそうに言うリリに合わせて、ニックがほたる達の前に皿を並べていく。横並びに座るほたるとノエの向かいにも同様に二人分の皿が並べられ、その席にはニックとリリが腰を下ろした。


「わぁ! ……わぁ」


 ほたるは大袈裟に喜んでみせて、しかしすぐに別の声が漏れた。辛うじて笑顔は崩れなかったが、目の前のパンケーキに顔が引き攣りそうになる。


 とんでもないカロリー爆弾だ――皿に乗ったパンケーキは一枚、大きさも一般的なもの。しかしトッピングの量がおかしかった。パンケーキが隠れそうなほどこんもりと盛られたホイップクリームに、チョコソースやシロップなどが大噴火した火山のマグマのように並々とかけられている。更にはその白い火山にはウェハースらしき菓子がいくつか刺さっていて、もはやメインが何なのかすら分からなくなりそうだ。


「《めしあがれ!》」


 リリが期待に満ちた笑顔で大人三人に言う。そんな顔をされたらほたるは何も言うことができず、恐る恐るフォークを手に取った。



 * * *




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