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【改稿版】マリオネットララバイ  作者: 丹㑚仁戻
【前篇】第三章 日陰に埋めた劣等感
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〈10-2〉なんで今まで言わなかったの

『スヴァインを恨む大衆にこの子を狙わせる――それがノストノクスの方針です』


 その言葉はほたるの予想していたものとは違った。いや、具体的なことは何も予想していなかったが、それでもこれはおかしい、とほたるの頭が一気に冷やされる。

 何故ならほたるがエルシーと、ノストノクスと交わした取引は、彼女らに協力する代わりにほたるの安全を守るというもの。実際にはスヴァインを捕らえ種子を取り除かせることでこの命に絡みついた期限をなかったことにしようというものだが、それでもノエ達がほたるの安全確保を口にしていたのは何度も聞いている。

 だから、自分を大衆に狙わせるなんて有り得ないと思った。そんなことはしないと思った。


 けれど否定しきれない。ノエ達の望みはスヴァインを捕まえること。ならばその後はもう、彼らが自分を守る理由はないのではないか? ――浮かんだ考えに、ほたるの身体がどんどん冷たくなっていく。


「待って……狙わせるって、何……? そんなの聞いてない……そんな、だって。そんな危ないこと……!」


 震える口で問いかける。

 嘘だと言って欲しかった。冗談だと言って欲しかった。しかしほたるの声を聞いたラミアは怪訝な顔をするだけで、ノエの発言を一蹴する気配はない。


「お前、説明したのか?」


 訝しげにラミアがノエに問えば、ノエは「あ」と声をこぼした。


「『あ』って……」


 またなのか。また何かを言い忘れているのか。ほたるがみるみる表情を険しくしていけば、反対にノエの顔はどんどん気まずそうなものへとなっていった。


「ごめん、忘れてた! えーっと、狙わせるは狙わせるんだけど、それは表向きだから。実際は俺がしっかりほたるの安全確保するから!」


 慌てたようにノエが言う。安全確保はするという発言にほたるを苛んでいた恐怖はだいぶ和らいだが、しかしまだ安心することはできない。


「……本当に?」

「本当本当! だからそんな怖い顔しない、ね?」

「……ちゃんと説明して」


 そうノエに告げるほたるの声は低かった。感情を押し殺したような、圧迫された声。その声を聞いたノエは困ったように眉尻を下げて、「筋書きができてるんだよ」を説明し始めた。


「エルシーが時間稼ぎしてるって言ったでしょ? 今から言うのはその後のことね。まず、ほたるの親がスヴァインだったことは公表される。大罪人の関係者のことだからいつまでも隠すワケにはいかない。でも同時に、ほたるを重要人物として保護するとも発表する。そうすると大衆はノストノクスに不満を抱き始める。何故ならほたるは大罪人の子だから。そんな人間を守ろうとするノストノクスにどんどん不満が溜まってって……で、その不満が暴動に発展しそうになったタイミングで、ノストノクスは大衆の声に応えてほたるを処刑することにする――それが俺らの筋書き。勿論ノストスクスがほたるを処刑するっていうのは嘘、だから今俺とここにいる」


 そこまで言うと、ノエは心配そうにほたるの顔を覗き込んだ。「そういうお芝居をしますよって話なんだけど、どう?」少し眉根を寄せ、ほたるを見つめる。そうされたほたるは「……話は分かった」と頷くと、「でも、」と続けた。


「それに何の意味があるの? だからノストノクスにいられなかったんだっていうのは分かるけど、だけど……」

「スヴァインを誘き出すためだよ。本当はそれより前に俺らで見つけられればいいんだけどね、うまくいく可能性は低いから……ま、保険みたいなものかな。騒ぎがデカいほど信憑性は増す。たとえスヴァインがこっちの罠を疑っても、放っとけないほど騒ぎが大きくなれば流石に出てこざるを得ないだろうってね。種子をあげるような相手が殺されるのは困るはずだから」


 説明されて、やっとほたるの中にあった恐怖は収まった。正直なところ、スヴァインが自分を助けに来るというイメージはない。何せ会ったことすら覚えていないのだ。罠と分かっていても飛び込まなければならないくらいの騒ぎならば、当然スヴァインにとっても危険は大きなものとなるだろう。


 彼にとって私は、そうまでする価値のある人間なのだろうか――思ったものの、ほたるは口にすることができなかった。スヴァインに関する記憶がないのだから、今の自分が何を考えたところで無駄なのだ。

 一方でノエやエルシーは、これまで組織としてスヴァインを捕まえるために動いてきたはず。その二人が考えたことならきっとそうなのだろうと自分を納得させて、ほたるは残っていた不満を込めてノエを睨みつけた。


「なんで今まで言わなかったの」

「話す時間なくて」

「あったよ。馬車でだいぶ暇だったよ、私」

「……そうね」


 はは、とノエが引き攣った笑みを浮かべる。その表情でほたるにもノエなりに罪悪感を持っているのだろうと感じることができたが、しかし理由がいけない。


「また忘れてたの?」

「……いやァ」

「ここに来る目的の話もしてたのに?」

「……そっちの方に気を取られてて」

「なんで」

「だってほたる、」


 言いながらノエがほたるを見る。だが、「いや、後で言う」と首を振ると、「ってな感じでどうですかね?」とラミアに視線を移した。


「ラミア様から見て、明らかに無理だと思いますか?」

「無理とは思わないが、奴を騙すためにはノストノクスもそれなりの犠牲を払う必要はあるぞ。恐らくは実際に暴動が起きないと意味がない」

「ですよねェ。まァ、そのへんはエルシーも覚悟してるみたいです」

「ならいいんじゃないか? 尻込みして芝居だと悟られるのが早くならないようにな」


 その言葉にノエが頷く。それを見たラミアは「あとは……」と記憶を辿るように目を動かした。


「そうだ。お前に頼まれていた件だがな、マヤを呼ぶことにしたよ」

「ペイズリーんとこの? でもマヤって従属種じゃありませんでしたっけ」

「だからちょうどいいだろ? ほたるは結局人間なんだから」


 突然自分の名前が出て、ほたるがはて、と首を傾げる。日本語で話している時点で聞かれて困る話ではないのだろうと思っていたが、まさか自分が関係ある話題だとは思わなかったのだ。

 それに、ノエの発した言葉も気にかかった。


「あの、従属種って……?」


 聞き覚えは、ある。他でもない自分がここに連れてこられた原因だからだ。


『半日前、クラトスの従属種が外界で何者かに殺された。調査の結果、その者が死んだ場所にお前の血痕があったことから事情を聞くことになった』


 無罪と判断されたからあまり深くは考えていなかった。いや、考えないようにしていた。たとえ自分に非はなくとも、あの夜道で出遭った男は自分の血を飲んだせいで死んでしまったのだから。

 だから、従属種というものの説明がノエからなくても気にしないようにしていた。自分にはもうきっと関わりのないものだと思うようにしていたのだ。


 思い出して暗い気持ちになったほたるの耳に、「お前はその説明もしてないのか」と呆れたようなラミアの声が届いた。


「……知らなくてもいいかなァって。あんま若人向きの話じゃないですし」


 わざと言わなかったんだ――ノエの口振りに、ほたるの気持ちがまた一つ後ろ向きになる。忘れていたとか、悪意を持って言わなかったとかではなく、自分を気遣って言わなかったのだとノエの表情が物語っていたからだ。

 だがラミアはさほどそれを気にしなかったようで、「まあいい」と興味をなくしたように話を打ち切った。


「マヤが来るのは明後日になるらしいから、それまでに説明しておけよ」

「分かりました」

「他に何かあったか? なければほたるを休ませてやれ」

「そうします。一旦今話せることはないですし」


 そう言うと、ノエはほたるの背中を押して踵を返させた。そのまま歩き、扉に手をかける。その手を止めたのは、ラミアの「ああ、そうだ」という思い出したような声だった。


「先日はご苦労だったな、ノエ。これからも期待しているよ」


 ラミアが穏やかに笑みながら言う。何の話だろう、とほたるがノエを見上げれば、その顔はいつもと違う笑みを浮かべていた。


「当然のことをしてるだけですよ」


 ほたるには見たことのない笑い方で言って、ノエが顔を前に戻す。扉に向けられたそれにはもう、笑みはなかった。

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