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【改稿版】マリオネットララバイ  作者: 丹㑚仁戻
【前篇】第一章 夜燕の波
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〈1-3〉私も、死ぬんですか……?

 ほたるには見たことのない光景だった。構造として近いのはショッピングモールの建物だろうか。真ん中が吹き抜けになっているため、どの階からでも一番下の階の様子が見ることができるところは似ていると言えるだろう。

 しかしそれよりも圧倒的に階数は多く、暗く、威圧感のある空間だった。いつかテレビ番組で観た、外国の教会の内部に近い雰囲気を放っている。よく見ると柱や手すりのデザインはそういった外国建築そのものだ。

 日本にあれば観光地として有名になっていそうな場所にいると分かると、ほたるは一層自分の状況が分からなくなった。


「▓▓▓▓▓▓!」


 突然声が聞こえ、ほたるはその方向に目を向けた。そこには三、四メートルはありそうな柱が数本立っていて、その上に椅子が乗っている。もしかしたら柱と椅子は一体化しているのかもしれない。しかし実際のところはほたるには分からなかった。椅子と柱が接しているであろう部分はほたるの位置からでは見えなかったからだ。

 それは角度の問題でもあるが、同時に目隠しがあるからでもあった。椅子に人が座っているのだ。どの椅子に座る人物も牢に来た二人組と同じように全身をローブのようなもので覆い隠し、頭には三角の布を被っている。そのせいで椅子と柱の接合部分は見えない。ある意味では目立つ存在に今まで気付かなかったのは、見慣れない構造の建物に混乱している上に、あんな場所に人がいるとは思っていなかったからだろう。

 ただ、そこに人がいると分かると、ほたるは自分の立ち位置のおかしさに気が付いた。


 まるで裁判のようではないか――そう思ったのは、柱の上の椅子が全てほたるの方を向いていたから。そして周囲の壁からは、自分達に注目するような視線を感じるから。


「▓▓▓▓▓▓▓▓▓、▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓」


 最初と同じ声がほたるの前方から聞こえる。ほたるよりも低いが、男性のような声質ではない。どちらかと言うと女性的な、丸みのある声だ。その出処から察するに、真ん中の椅子にいる人物が発しているのだろう。

 しかしほたるには相手が何を言っているのか分からなかった。この人物が声を出すたびに周囲の空気が引き締まるのを感じるが、内容は想像することもできないのだ。

 英語であれば、高校レベルならば全く聞き取れないことはない。だが、それとは違う。どことなく音は似ているような気もするが、聞いたことのある単語が一つもない。


「▓▓▓▓▓、▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓。▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓」


 中央の人物が続けた瞬間、周囲の壁からどよめきが起こった。「何……?」恐る恐る周りに目を向ける。だが彼らの口にする言葉もほたるの知らないもののせいで、一体何を騒いでいるのか分からない。

 しかしそれでも、良い感情ではないことは分かった。内容は分からずとも、その声は怒声のように聞こえるからだ。


「▓▓▓▓▓▓!」


 中央の人物がぴしゃりと言い放つ。するとどよめきは収まったが、今度は強い視線がほたるの全身に突き刺さった。


 彼らは何を言っていたのだろう。何故こんなにも私に怒っているのだろう――居心地の悪さだけがほたるを包む。


 何か言った方がいい気がする。しかし何を言っていいか分からない。そもそも彼らに通じる言葉を自分は知らない。

 ほたるがただただ戸惑っていると、不意に理解できる言葉が聞こえてきた。


「お前は確か、日本の子供だったな」


 声は前方から聞こえた。これまでと同じ、中央の人物の声だ。


「ッ、はい! そうです、日本語しか分からなくて……!」


 ほたるが必死に状況を伝える。すると中央の人物はゆっくりと頷いて、「なら言い直そう」と言葉を続けた。


「神納木ほたる、お前には殺しの嫌疑がかかっている」

「……え?」


 意味が分からない、とほたるは顔をしかめた。

 言葉は分かる。理解できる。しかし内容が全く分からない。


 殺しの嫌疑? 私が? ――動揺しながらも記憶を辿ってみるも、それらしき出来事は思い浮かばない。


「あの……すみません。何かの間違いじゃ……?」


 ほたるがおずおずと尋ねれば、「いや、関係があることは間違いない」と相手は答えた。


「半日前、クラトスの従属種が外界(げかい)で何者かに殺された。調査の結果、その者が死んだ場所にお前の血痕があったことから事情を聞くことになった」


 また分からない単語だ、とほたるは自分の眉間に力が入るのを感じた。

 ただ、半日前という時間。そして自分の血痕。その二つがほたるの記憶を刺激する。


 感じるのは、首の傷の痛み。夜道であの男に噛まれた傷だ。ここ最近血を流すような怪我など、あの時以外にしていない。

 あれからどれだけ時間が経ったのか、ほたるには分からない。しかし攫われた時点で数時間が経っていたとしたら、そこから気絶して目を覚ますまでの空白や、牢屋で過ごした時間を合わせると、半日は経っているかもしれないとも思う。

 すると自然、残りの言葉の意味が分かってくる。


 誰かが殺されて、その現場に自分の血があった。ならば死んだのはあの時の男ではないのか。目の前で急に霧のようになってしまったが、実はあれが彼の死だったのではないのか。

 人間があんな死に方をする現象など聞いたことがない。けれどあの直前に男が苦しむところは見ている。

 毒でも飲んでしまったかのように喉を押さえて。そして彼がその直前に口にしたものは――浮かんできた考えに、そんな馬鹿な、とほたるは首を振った。


 慌てて傷口に手を当てる。もしあの男が毒を口にして死んだなら、その口が触れたこの傷にも毒が入ったのではないか。

 そう考え至ると、ほたるの頭からザアッと血の気が引いていった。


「あ、あの! 毒ですか!? その人、毒で死んだんですか!? もしかしたら私、その毒を……毒に触れてしまったかもしれなくて!!」


 血相を変えてほたるが訴えた直後のことだ。


「▓▓▓▓▓▓▓!」


 どこかから怒声が上がった。そしてその声をきっかけに、静かだった空間は再び騒然となった。どれもこれもが怒った声だ。自分が何か変なことを言ってしまったのかと、ほたるの身が恐怖に竦む。だが今は、そんなことなど気にしていられなかった。


「ど、どうなんですか……!? 毒なんですか!? 私も、死ぬんですか……?」


 恐怖しか感じなかった。周囲から向けられる悪意への恐怖と、死に至る毒が体内に入ってしまったかもしれないという恐怖と。

 あの男の死に様が鮮明に脳裏に浮かぶ。元々正気には見えない顔だった。しかし死の瞬間は明らかにそれとは違った。普通の色だったはずの肌が、いつの間にか黒く染まって。苦しんで、悔しがって……そして、消えたのだ。跡形もなく消え去った。

 自分もそんな死を迎えるのだろうか。こんなどことも分からない場所で、最初から存在していなかったかのように消えてしまうのだろうか。


 呼吸の浅くなったほたるに、「その心配はない」と中央の人物が言った。


「もし致死量の毒を摂取したならとっくに死んでいる。不調も感じていないのなら、お前は毒に触れてすらいないだろう」


 良かった、とほたるの口から吐息がこぼれる。あんな死に方はごめんだ。あの男が本当にあれで死んだなら申し訳ないとも思うが、しかし存在自体がなかったことになるような死に方なんてしたくはない。

 そんなほたるの安堵が伝わったのか、中央の人物は「お前は何も知らないんだな」と呟くような声で言った。


「え……?」

「説明をする時間がなかったことは詫びよう。何せ急を要する事態だった上に、予想外の出来事が重なってしまった」


 明らかに態度の変わった相手に、ほたるは戸惑いで何も返すことができなかった。それまでの厳しい物言いから一転、今はこちらに歩み寄るような話し方になっている。優しさや思いやりまでは感じ取れないが、少なくとも話が通じるかもしれないとほたるに思わせるには十分だった。


「神納木ほたる、本来であればお前は今ここにいるはずはなかった。何故ならば先程言ったとおり、お前には事情を聞きたかっただけだ。しかし現場に向かった執行官がそれでは不十分と判断し、お前は被告人としてここに連行されてきた」


 その説明にほたるの眉間に力が入る。まだ事情は把握しきれていないが、今の話が事実ならばこの状況もその執行官という人物のせいではないのか。何故その人物はこんなにも迷惑な判断をしたのかと、顔も知らない相手に不満が募っていく。


「執行官、説明を」


 中央の人物が少し横を向きながら言う。そこはほたるにとってはやや左側の、何もないところ。見えるのは光の届かない暗闇だけで、何故そんなところに向かって相手が声をかけたのか分からない。


 しかし、それはすぐに納得へと変わった。


「はぁい」


 気の抜けた声。それと共に暗闇から人影が現れる。

 その上半身のシルエットを見た瞬間、ほたるは相手が何者なのかを悟った。

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