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【改稿版】マリオネットララバイ  作者: 丹㑚仁戻
【前篇】第三章 日陰に埋めた劣等感
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〈9-2〉その顔はどっち?

 それから馬車に揺られることほぼ丸一日。昼間の赤と夜の青が混ざり、辺りは紫色の淡い光に包まれていた。赤と青、二つの月から放たれる光だ。

 その異常な光景に馬車から降りたほたるが驚嘆したのはつい先程のこと。見惚れているうちに空は少しずつ青みを強くしていって、その光を背負いながらほたるはノエと共に森の入口に立っていた。

 そこには馬車が通れそうな道はあるが、その両側は鬱蒼と生い茂る木々に覆い尽くされている。暗いせいか、それとも木の色が黒に近いからか、夜中の墓地を前にした時のような薄気味悪さがほたるを襲っていた。


「……これ、馬車に乗ったままじゃ駄目だったの?」


 目的地どころか数メートル先すら見えない恐ろしい道に、ほたるの声が弱々しくなる。去ってしまった馬車が恋しい。

 ただ暗いだけならまだよかった。しかしノエ曰く夕方ということで湿度が上がってきたのか、森全体に薄っすらと霧がかかっているのだ。


「あの馬車ノストノクスのなんだよね。流石に罪人輸送用の馬車で個人宅入ってったらおかしいでしょ?」


 至極全うな理由だった。「……確かに」ほたるが同意を示せば、ノエが「じゃ、納得したところで行こうか」と歩き出す。

 まだ心の準備できてなかったのに――思ったものの、ほたるは口に出すことはできなかった。ノエがすたすたと歩いてしまっているからだ。

 置いていかれるという心配はなかったが、たった数歩離れただけでノエの後ろ姿はかなり見えづらくなってしまった。霧と薄暗闇は暗い色合いの服装をしたノエをいとも簡単に覆い隠し、ほたるに強い不安を与える。慌てて小走りで追いかければすぐに追いついたが、森の中に入ったせいか、入口にいた時よりも周囲の様子は見えづらくなった。


「……なんか雰囲気ありすぎない?」

「雰囲気?」

「……オバケ出そうな感じ」


 おずおずとほたるが言えば、ノエが「オバケ?」と首を捻った。


「なんだっけそれ……あ、幽霊的な?」

「うん、それ。そういう単語はあんまり使わないの? 妖怪は分かるのに」

「まァね、人間と話してて使う機会なんて滅多にないし。何ほたる、オバケ怖いの?」

「……よく分からないものを警戒するのは普通だと思う」


 ほたるは怖いと言いたくなくて、少し遠回しに緊張を口にした。一日前に自分が子供かどうかという話をしたばかりだから、あまり子供っぽいことは言いたくなかったのだ。

 そんなほたるの気持ちは悟られなかったようで、ノエが「見たことは?」と特に疑う様子なく問いかけてくる。ほたるはその反応に胸を撫で下ろすと、「ないよ」と会話を続けた。


「だってオバケなんていな…………い、よね?」


 そういえば、隣にいるこの男は吸血鬼だ。吸血鬼も幽霊も、系統は違えど空想上の、もしくは存在が未確認のものだという部分は同じ。そう考えるとほたるは急に不安になって、ヒクリと頬を引き攣らせた。


 もしかして吸血鬼がいるならオバケもいるのでは? ――答えを探るようにノエを見上げる。するとその顔は綺麗な、しかし妖しい微笑みを湛えていた。


「どうせ忘れちゃうから気にしなくていいんじゃない?」

「それはそうだけど……え? 本当にいるの? その顔はどっち?」

「さァ?」

「なんで濁すの? はっきり言えばいいじゃ――」


 ガサッ――突如聞こえた音がほたるの言葉を止める。近くの茂みからの音だ。


「ひッ!?」


 ほたるは身体をびくりと跳ねさせると、そのまま近くにあったものに抱きついた。


「やだやだやだやだ! 今の何!? 本当にオバケ!? やだよもう、やめてよ脅かさないでよぉ……!」

「あー……」

「だからなんで濁すの!? なんではっきり言わないの!?」


 慌てたほたるが尋ねるも、ノエは何も言わない。しかしその目は茂みの方に向いていて、自然とほたるの視線もそちらに引き寄せられる。

 そこには何もない。というより、ほぼ何も見えない。茂みや木々があることは辛うじて分かるが、霧でそのシルエットしか見えないのだ。


 しかしそれでも、何か別のものが現れたことはほたるにも分かった。


「ぁ……」


 暗い霧の中に、人のような影。

 しかし大きすぎる。長身のノエよりも明らかに背が高い。それも、頭一つ分以上。

 人間では滅多に有り得ないような大きさの影が、ゆっくりと近付いてきているのだ。


「ッ――!!」


 ほたるの全身に緊張が走る。何かに抱きついている腕にぎゅっと力を込める。そうこうしている間にもどんどん影は近付いてきて、そして――霧を抜けた。


「え……?」


 現れたのは男だった。それから、幼稚園児くらいの少女。ノエとそう変わらない身長の男に少女が肩車されていたのだ。

 その少女はノエを見るとにぱっと顔を綻ばせて、「《ノエ!!》」と男の頭の上から手を伸ばした。


「《ただいま、リリ》」


 ノエが親しげに少女に返す。肩に荷物をかけた右手を伸ばし、男から少女を受け取る。ノエに抱っこされる形になった少女は嬉しそうに高い声で笑うと、「《おきゃくさん?》」とほたるに向かって首を傾げた。


「あの……えっと……」


 少女の言葉が分からず、ほたるが反応に窮する。吸血鬼達の使う言語とは音が違うことはなんとか分かった。全く聞き覚えのなかったあの言語とは違い、まだ聞いたことがあるような気がする音だ。

 しかし、意味は分からない。何語かすらも分からない。少女の様子からして害意はなさそうだとは感じ取れるものの、何を言われているかは想像することもできなかった。


「《ごめんね。この子外国人だから言葉分からないんだよ》」

「《そうなの?》」


 ノエが何かを説明するように言えば、少女の目線が彼に戻る。「《そうなの》」ノエは少女に返すと、ほたるに向き直った。


「ほたる、この子はリリ。んでそっちの奴はニッキーね」

「リリ、と……ニッキー、さん?」

「ニックでいい」


 不安げな様子で男に向かって問いかけたほたるに、ニックと名乗った男がぶっきらぼうに答える。日本語を話しているが、彼の外見は日本人とは違った。黒髪黒目ではあるものの、ラテン系を思わせる顔立ちをしている。

 そしてそれはリリと紹介された少女も同じだった。五、六歳くらいだろうか。ほたるの腰ほどしか背丈のなさそうな彼女の肌は褐色で、焦げ茶色の柔らかそうな髪の毛はくるくるとカールしている。大きな瞳でじっと自分を見つめてくるリリにほたるが困ったように笑いかけると、リリは嬉しそうに顔全体に笑みを浮かべた。


「え、可愛い……」

「《ノエのおよめさん?》」

「え? え?」


 相変わらず理解できない言語で話してくるリリにほたるが慌てる。助けを求めるようにノエを見れば、ノエはへらりとした顔で「『ノエのお嫁さん?』だって」と笑った。


「…………は?」


 たっぷりの沈黙の後、ほたるの口からは低い声が出た。その反応にノエがおかしそうにけらけらと笑う。馬鹿にしきった態度にほたるが目元に力を入れれば、ノエは「ほたるのせいじゃん」と目線で自分の左腕を示した。


「私のせいって……ッ、うわ!?」


 そこにあったのは、ノエの左腕にしがみつく自分の両腕。ほたるがバッと手を離すと、ノエが「うわって……」と呆れ顔をした。


「自分から抱きついといてそれはないんじゃない?」

「やっ、でもっ……うん、ごめん」


 そういえばずっと何かにしがみついていたな、と自分の行動を顧みる。するとノエに落ち度はないということが分かって、ほたるは気まずそうに目を逸らした。


「《およめさん?》」

「《違うよ、怖がりさん》」


 不思議そうにするリリにノエが何かを答える。「何言ったの……?」恨めしげな目になったほたるにノエは肩を竦めると、「否定はしといたよ」とリリをニックの方へと促した。


「ニッキー達、もう帰るとこ?」

「いや、リリがまだ外にいたいらしい」

「そっか。じゃァ俺ら先行ってるね」


 ノエが言えば、ニックは頷きながらリリをまた肩に乗せた。そしてそのままくるりと踵を返し、森の中へと消えていく。すぐに見えなくなったその背中を見送りながら、ほたるはまるで嵐のようだった、と息を吐いた。



 * * *




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