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【改稿版】マリオネットララバイ  作者: 丹㑚仁戻
【前篇】第二章 波間の呼吸
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〈8-4〉その今度が今より遅かっただけ

『そいつ、大罪人だから』


 へらへらとしたノエの言葉を聞いて、ほたるの顔が怪訝に染まる。


「大罪人って……何して……」

「んっとね、殺し」

「それは確かに……」


 殺しが大罪だというのはほたるもすぐに理解できた。自分の知る法律でもそうだし、最初に立たされた法廷でもそれが重い罪として扱われていたのはよく覚えている。

 だからほたるは罪の内容について特に疑問を抱くことはなかったのだが、自分を見るエルシーの表情の険しさに気が付いた。


「殺しは確かに悪いが、奴の場合は殺した相手が悪すぎた」

「相手?」


 ほたるが首を傾げれば、エルシーは「系譜のことはどこまで?」と問いかけてきた。


「えっと、アイリスとクラトスって人の系譜があることは……あ、でもアイリスは特殊な言い方だから今度教えるって、ノエが」


 その瞬間、エルシーの視線が鋭くなった。向けられている先は勿論ノエだ。ノエはそんな彼女に肩を竦めると、「睨むなよ」と呆れたように言った。


「あのな、これは伝え忘れたんじゃねェの。その今度が今より遅かっただけ」

「お前は本当に……」


 重たい溜息がエルシーの口から出ていく。ほたるが大変そうだなと同情していると、エルシーは「私から話そう」と気を取り直すように姿勢を正した。


「我々は今でこそ人間の間で使われていた吸血鬼やそれに相当する呼称を使っているが、元々は自らをアイリスの子と自称していたんだ。何故なら全ての吸血鬼の親を辿っていくと、必ずアイリスという真祖に辿り着く。だから序列はアイリスから数えて表現する場合がある」

「えっと、ノエの第四位ってやつですか?」

「そうだ」


 エルシーが満足げに頷く。その様子を見て、今だ、と思ったほたるは「はい!」と手を挙げた。


「どうした?」

「あの、その四位ってなんなのかなって……上下関係がかっちり決まってるっていうのは教えてもらったんですけど、何基準で決まるんですか? なんかノエは高そうだし、でもさっきエルシーさんが自分の血に触らないようにしてたし……ってことは、ノエの方がエルシーさんより序列が上だったりするんですか……?」


 それはないだろう、と思いながらエルシーに尋ねる。けれどこれまでにノエから聞いた話から考えれば、ノエの方が序列が高くともおかしくないのだ。

 しかしエルシーはノストノクスの長官で、ノエの上司。更に壱政の話では二人は師弟関係にもあるらしい。実際にノエを叱責するエルシーは師らしい姿ではあったが、ノエが自分の血に触れさせないようにしていた事実がほたるの理解を妨げる。

 何か特別な条件のようなものがあるのだろうかと期待したほたるに、エルシーは意外にも「ほたるの言うとおりだ」と頷いてみせた。


「序列は私よりノエの方が上だ。ノエの親はラミア様だが、私の親はラミア様の子のアレサ様という方なんだ。ノエとアレサ様の序列は同じだが、私はそれより一つ下になる」

「孫、的な……?」

「ああ。序列は個人の能力に関係なく、アイリスからの距離を表す。だから第四位であるノエの親のラミア様は第三位。第五位である私の子達は第六位となる」

「へえ……」


 なるほど、だから吸血鬼になった時点で決まるものらしい――ノエの話を思い出しながら納得する。と同時に、尚更不自由だな、とほたるは思った。序列は覆しようのないものだとは聞いていたが、こんな決まり方では不満に思う者も多いだろう。吸血鬼になる前の努力の結果か、それか完全にランダムに決まるものならまだしも、誰の手で吸血鬼になるか次第でその後の自分の立場が変わるというのは想像するだけでももやもやする。


 エルシーさんに不満はないのだろうか……。


 そう思ってしまったのは、ここに来てから何度も怒られるノエを見ているからだ。ノエ自身は序列を意識した振る舞いをしていないようだが、もしそれを振りかざすようになったら――と考えていると、エルシーが「話を戻そうか」と続けるのが聞こえて、ほたるはそれまでの思考を追い出した。


「系譜についてだが、元々は系譜という言葉自体使わなかった。真祖はアイリスしかいないのだから、わざわざ〝アイリスの系譜〟だなんて言う必要はない。それなのにそう言うようになったのは、戦争が始まったからだ」


 そこで言葉を切って、エルシーが確認するようにほたるを見る。ほたるは何を見られているのか分からなかったが、エルシーには十分だったらしい。彼女は小さく頷くと、「それがさっき言った千年戦争だ」と話す速度を少し落とした。


「千年戦争とは、このノクステルナで文字どおり千年以上続いている戦争だ。ラーシュ様率いる赤軍と、オッド様率いる青軍の戦い……これがきっかけでノクステルナの吸血鬼達が二分した。何故なら二人は正真正銘アイリスの子、序列で言うと第一位の者達だ。つまりほぼ全ての吸血鬼の祖は彼らということになる。アイリスと、同じ序列第一位の者を除いて」


 その説明に、ほたるの頭の中に家系図のようなものが浮かんだ。樹形図と言った方がいいだろうか。アイリスを頂点として、その下にラーシュとオッドなる人物、その更に下に名も知らぬ人物達、そして更に下にまた別の者達と、無数に下へと段を重ねる図だ。そのどこかにノエやエルシーがいるのだろうと考えながら、エルシーの声に耳を傾ける。


「だから最初に〝ラーシュの系譜〟と〝オッドの系譜〟という言い方が生まれた。アイリスを除く序列最上位の者から数えて自らを名乗る方法だ。しかし今はどちらの言い方も残っていない……お二方とも一〇〇年前に命を落とされたからだ。以降は存命の序列最上位の者の名を使うようになった。クラトスの系譜というのはそういうことだ。ちなみに私とノエは裁判などの正式な場以外ではラミアの系譜を名乗る。ラミア様を頂点として数えるから、ラミアの系譜ではノエは第一位、私は第二位となるんだ」


 ややこしいな、とほたるは必死に頭を働かせた。全てアイリスの系譜で数えてくれればいいものを、戦争のせいで分かりづらい言い方が生まれてしまったらしい。

 しかしまだ理解できる。結局は誰が偉いのか、自分は誰に従っているのかを表しているだけだ。序列は数え間違えそうだが、その人が誰の配下なのかはこの名乗りのお陰で考えるまでもなく知ることができる。


「一気に話してしまったが、ここまでで質問はあるか?」


 エルシーが心配するように問いかける。それにほたるは首を振ると、「仕組みは大丈夫です。でも……」とおずおずと声を発した。


「ただ、なんでこの話するのかなって……なんか、嫌な感じが……」


 そもそも今は自分の親の話をしていたはずだ。その人物が大罪人だと教えられ、そしてその罪の話題になったはずだ。

 それなのにまだ、その話は出ない。前置きのようにエルシーが話し出したからだ。


 この前置きはどこまで? もう終わりなの? ……なら、本題は?


 考えると嫌な想像ばかりが頭を埋め尽くしそうになる。


「それ、多分合ってるよ」


 隣からのノエの声に、ほたるの身体には自然と力が入った。顔が強張る。目元に力が入る。緊張を感じながら続きを促すようにエルシーを見れば、真剣な眼差しで自分を見る相手と目が合った。


「真祖であるアイリスには三人の子がいた。そのうちの二人がラーシュ様とオッド様だ。けれど彼らはもういない……三人目に殺されたからだ。そしてその三人目こそがお前に種子を与えた人物。あのお二方を殺したことが、奴が大罪人である所以だ」


 ほたるの喉が、ゴクリと動く。なるほど、だからこれだけのことを今話さなければならなかったのか――なんて、能天気に納得していられない。


 思い出すのは、エルシーの説明。


『――これがきっかけでノクステルナの吸血鬼達が二分した。何故なら二人は正真正銘アイリスの子、序列で言うと第一位の者達だ。つまりほぼ全ての吸血鬼の祖は彼らということになる』


 ほぼ全ての吸血鬼が、そのラーシュとオッドという人物の配下だったならば。


 ――その二人を殺した男は、ほぼ全ての吸血鬼にとって憎い仇となるのではないか?


 考えて、ほたるの背筋に冷たい汗が流れた。


「あの……一個、確認したいんですが」


 ほたるが絞り出せば、エルシーが「なんだ?」と首を傾げた。


「エルシーさんと、ノエは……ラミアの系譜ってことは、元々はラーシュさんか、オッドさんって人の系譜だったってことですか?」

「凄いじゃん、ほたる。そうだよ、昔はラーシュの系譜って名乗ってた」

「っ……」


 ノエは明るい声で肯定したが、ほたるは褒められたと喜ぶことはできなかった。


「もし私がその三人目の子なら、二人は、二人にとって私は……っ」


 この二人にとってもまた、自分は仇の子となる。そう思うと、途端にこの場が恐ろしく感じた。

 彼らを完全に信用していたわけではない。だが少なくとも、自分の命を守ってくれる存在だとは信じられていた。信じるしかなかった。彼らはこの見知らぬ場所で、確実に自分の味方になってくれる存在だと。信じなければ生きていけないから、それだけは信じるしかなかった。


 けれど、その認識が覆された気がした。自分を守ってくれると思っていた人は、自分を憎んでいるかもしれない人だったのだから。


 震えるほたるに、「大丈夫だよ」とノエが優しく声をかけた。


「俺はほたるのことそういうふうに見てないよ。ラーシュ様と面識もないしね。エルシーはまァ、ノストノクスができる前は赤軍で一緒に戦ってたはずだけど」

「ああ」


 エルシーはノエに頷くと、「だが安心しろ、ほたる」と柔らかい声で告げた。


「お前が何も知らないただの子供であることは承知しているし、そもそも私はこのノストノクスを統括する立場にある。その私がお前に私的な感情で組織の判断とは異なる行動は取らない」


 声と同じ、優しい表情だった。負の感情など微塵も感じさせないその雰囲気に、ほたるの身体から力が抜ける。その様子を見たエルシーはもう一度微笑むと、「さて、」と空気を変えるように口を開いた。


「本来ならお前にこんなことまで話す必要はない。お前の親が奴以外であったなら、こちらで全て必要な手配をして、お前には不安な思いをさせることなく済ませることができたからだ。だが、そうはいかなくなった。その話をしたいんだ」


 確認するようにエルシーがほたるを見つめる。ほたるは気が進まなかったが、聞かなければならないのだろう、とゆっくりと頷いた。

 それを受けて、エルシーが口を開く。


「お前の親とみられる男だが、名をスヴァインという。奴は一〇〇年前にラーシュ様とオッド様を殺害したため、以来ノストノクスは総力を以て捜索しているが、未だ一度も発見に至っていない」

「え……」


 一〇〇年間探して一度も見つかっていない――その言葉にほたるの顔が引き攣る。


「仕方ないんだよね。今いる吸血鬼って、全員あの人より序列低いから。もし見かけてもそうと認識できないか、記憶を消されちゃってるんだと思う」

「で、でもアイリスって人は……!」


 ノエの補足にその名前を出せば、エルシーが「期待はできない」と首を振った。


「アイリスは我々とは関わらない。なんだったらその姿を見たことがある者すらいないだろう。正直、生きているかどうかさえ定かじゃない」

「つまり実質スヴァインが最強ってこと。だからお手上げよ。目撃情報すらなかったことにされるんならどうしようもないってね」


 深刻そうに話すエルシーと、いつもどおり気楽に話すノエ。そのどちらを信じていいかほたるには分からなかった。

 分かっているのは、スヴァインなる人物を探さないと自分は死ぬということ。それなのに二人とも彼のことを見つけられないと言う。それは流石にまずいのではないのかと、ほたるは必死に思考を巡らせた。


「そうだ、麗さんは……? なんか抜け道がどうって……序列のルールが破れるなら、同じようにしてその人を見つけられるんじゃ……!!」

「麗は確かに化け物だけど、それが通用する相手かどうかも分からないんだよね。とりあえずラーシュ様とオッド様を同時に殺せる奴ってことは確実。あの人達千年も戦いまくってたのに」


 考えついた解決法が即座に否定される。他に何か考えようにも、ほたるはこれ以上吸血鬼のことを知らない。だから考えようがない。


「それ……無理なんじゃ……親を見つけないと私は死んじゃうのに、見つけようがないんじゃ……」


 助かる方法はあるという話だったのに、これではそんなものはないと言っているのと同じだ。

 絶望すら感じ始めたほたるに、エルシーが「だからお前に話した」と強い声を向けた。


「神納木ほたる――我々と取引をして欲しい」

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