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【改稿版】マリオネットララバイ  作者: 丹㑚仁戻
【後日譚】第四章 鏡の心日和
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〈13-1〉運がないね

 それから数日後、ほたるとノエはゼキル達に呼び出されていた。正確には、ノエが呼び出された。

 ならば自分は行かなくてもいいのではとほたるは思ったが、そう問うたらノエに言われたのだ。


『あいつらの悔しそうな顔、見たくないの?』


 それで即答してしまった自分は性格が悪いのかもしれない、とほたるが少しばかりの後ろめたさを感じたのは、呼び出された部屋までの道中だけ。その部屋に着いた途端に怒号が飛んできたものだから、ほたるの頭は一気に真っ白になった。


「《お前は自分が何をしたのか分かっているのか!?》」


 入室したノエを見るなりゼキルが吠える。周囲には他にエルシーや書記官、そしてネストラスなど、先日の件の際に同席していた者達が揃っていた。


「何があったの?」

「――――!!」


 ゼキルが一層気色ばんだのはノエの態度のせいか、それとも彼が日本語で返したからか。そんな相手に、ノエがすかさず「ほたるもいるんだから気ィ遣ってよ」と笑う。「それくらいの余裕はあるだろ?」続いた問いにゼキルは苛立ったように大きく息を吸うと、「外界の金の流れを止めたのはお前だろう?」と()()()()()ように声を抑えた。


「ノストノクスの資金が(から)になったそうじゃないか。長年管理をしていたお前が知らないとは言わせない」

「そうなの? 最近は俺一切関わってないから知らねェや。にしても、悪いことは重なるモンだね」

「どの口が……!」


 平静を取り繕っていたはずのゼキルが再び顔に怒りを浮かべる。目隠しをしているのにここまで分かるものなのかと、最初の怒声の驚きから立ち直ったほたるは感心にも似た気持ちを抱いた。

 目の前に激怒している人物がいるのにほたるが落ち着いていられるのは、隣にいるノエがずっと涼しい顔で笑んでいるから。そしてゼキル達の方にいるエルシーもまたいつもどおりの佇まいなものだから、この場に危険はないと感じられる。

 それでも念の為ノエの手を握れば、優しい力が返ってきた。ちらりとこちらを見てきた目も場違いなほど穏やかなもの。それを見たほたるは気持ちが楽になったが、一方でゼキルは「――この際ノストノクスの金はどうでもいい!」とノエの意識を引き戻すように声を荒らげた。


「外の連中に我々の情報を流したのは貴様だろう!? どれだけの迷惑を被ったと思ってる!?」

「あァ、何か大切なものでも盗まれたりした?」

「ッ……」


 ノエの言葉にゼキルが声を詰まらせる。そんな相手にノエはニィと笑いかけると、「運がないね」と話し出した。


「盗まれたならちゃんと届け出とけよ。じゃないと誰かが見つけても返ってこないし、盗んだ奴を罰することもできない。盗まれたのが盗品でもな」


 何を盗まれた確信しているような口振りだった。けれど「何をどこから盗んだんだろうな」と続けるノエの声はわざとらしい。そしてそれが、よりゼキルの顔を険しくする。


「そういえば俺、尋問中に変な質問されるんだよ。誰々には手を出してないのか、みたいなさ。勿論違うんだけど、そうなると別の誰かが殺したってことになる。尋問の記録は全部残ってるはずだから、それと照らし合わせたら――」

「待て」


 鋭い声で止めたのはゼキルだった。その目が書記官に向くのを見ると、ノエが「ああ!」と今気付いたと言わんばかりに声を上げた。


「記録に残されちゃまずい?」

「…………」


 ノエの問いにゼキルは答えない。そして彼の近くにいる者達は怪訝そうにその姿を見ている。彼らは日本語が分からないのだ。

 その様子にノエは肩を竦めると、仕方がないかと言いたげに口を開いた。


「《戦争中、戦いの場以外でどれだけの死人が出たのか、ノストノクスに調べられたら困る?》」


 そう問うノエの目はゼキル達に向いていた。ノエとしてはできればほたるにも分かるように話してやりたいと思っていたが、相手に伝わらなければ意味がない。そんな溜息と共に彼ら全員に分かる言葉を使って語りかけ、「《もう遅いけどな》」と嘲笑った。


「《アイリスが火種と判断する基準はお前らももう知ってるだろ? 誰がその裏取ってたと思ってるんだよ。交友関係、隠し財産、趣味嗜好に行動パターン……そこらへん全部調べて覚えてる。ま、そこは俺の罪とは関係ないから今のところノストノクスにいちいち説明してやる気はないけど》」


 ゼキル達の顔がみるみる歪んでいく。その姿に、これくらい反応してくれればほたるも話の雰囲気くらいは察せられるだろう、とノエは口を動かし続けた。


「《前にも言ったけど、ほたるが生きてるうちはお前らのことは殺さない。だけどたとえ死ななくても、ほたるに何かあれば同じだけのことが自分に返ってくると思っといてよ。ちなみに同じだけって言うのは俺基準だから、そこのところ気を付けてね》」

「《……それをこの場で言っていいのか?》」

「《記録のこと? わざと残してるに決まってるだろ。俺は俺の気持ちと自分の知ってることを話してるだけ。お前らのことだって殺さないとは言ったけど、殺すとは一言も言ってない。だからこれは何の証拠にもならない》」


 ノエはそこまで言うと、「理解した?」と言葉を戻した。今この場で伝えたいことはもう伝えた。あまり長くほたるに分からない言葉を使うと彼女を不安にさせてしまうし、何が起こっているのか把握できなければ仕返しをした気分にならないだろう。

 最後ににっこりと笑って、そのままそこにうんと悪意を込める。


「気を付けろよ、この場の記録は結構多くの奴が見れる。それを見て誰がどんな想像を働かせるか分からない。せいぜい後ろから狙われないようにしっかり護衛でも付けとけば? あ、ノストノクスにはその金がないんだっけ。なら自腹で雇わないとな」


 通常であればノストノクスがゼキル達を守るが、今はそれができる状況ではない。それを示してノエが言えばゼキルは悔しげに顔を歪め、別の方からは「そろそろその話をしようか」と凛とした声が聞こえた。


「助けて欲しいってこと?」


 ノエが声の主に振り返りながら問いかける。そこにいたのはエルシーだ。ゼキル達のためにこの場を設けたのは彼女だが、彼女がそのためだけにここにるわけではないことはノエも分かっていた。


「お前にできるならな」


 そう言って、エルシーはうんざりしたように溜息を吐き出した。


「外界の金の流れが完全に止まったんだ。その上資金もなくなった。元に戻そうにも、これまで使っていた企業や団体が軒並み潰れている。新しく作り直すのにどれだけの時間と人員が必要になるかお前なら分かるだろう?」


 ぐっと眉間に力を入れるのは、ノエを責めるため。お前のせいで大変なことになっているのだ――そう言外に込めてきたエルシーに、ノエはしらを切るように軽く両手を広げた。


「だが正直に言って、今はそんな余裕はない。治安悪化の取り締まりと警備強化で職員は出払っているし、そちらが落ち着くまで待っていたらノストノクスの運営が立ち行かなくなる。だからノストノクスとして、お前にやらせるのが最適であると判断した。そのためならある程度の要求は呑もう。勿論、こちらの提示した期限内にできなければ破談となるが」

「待て、こいつにやらせるのか!?」


 エルシーの言葉にゼキルが話に割り込む。エルシーは落ち着いた様子で彼を見ると、「他に適任者がいません」と話を続けた。


「資金の件もそうですが、取り締まりも同じです。どれだけ捕縛しようと、審問官の数が足りない。このままでは捕まえても入れておく牢がなくなる。ならば対処能力があるくせに暇をしているこの男にやらせるのが妥当だと考えます」

「しかしそいつは罪人だぞ!? その上今回の件を引き起こした張本人だ! ノストノクスだって有り金全部盗まれただろう!?」

「証拠がありません。時間をかけて調べれば出てくるでしょうが、それでは遅い。本当にこの男がやったのであれば、そう簡単に証拠が出てくるような仕事をしているはずがない。そのため今回の件の責任は問わず、早急に対処に当たらせるべきというのがノストノクスとしての決定です。こちらに会議に参加した者達の署名もあります」


 そう言ってエルシーが取り出した紙には、確かに複数の筆跡でサインが書かれていた。その上に書かれている文章はノエの位置からでははっきりとは見えなかったが、一瞬だけ目に入った部分にはエルシーが今口にした内容が断片的にあるのが分かった。

 その紙を受け取り、ゼキルが顔を歪める。日本語が分からない者達は彼からその紙を奪い取り、そして同じような反応を示した。


「こんなものが認められるか! 要はこいつの思い通りに動くということじゃないか!!」

「――そうせざるを得なくしたのはあなた方だ」



 * * *




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