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【改稿版】マリオネットララバイ  作者: 丹㑚仁戻
【後日譚】第四章 鏡の心日和
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〈12-2〉それは分かってるんだけどぉ……

 それから一週間近く経った頃、ノストノクスがにわかに騒がしくなった。屋敷の中には全く変化はないが、一歩ノストノクスの建物に入るとこれまでとは違った空気が漂っているのが分かる。

 その空気は通路を歩く職員から放たれているものだろう。広さゆえにそれまでほとんど人通りがなかったのに、明らかに行き交う人の姿が多くなった。しかも皆談笑するような雰囲気ではなく、厳しい面持ちで忙しそうに歩き回っている。

 同じ頃から、ノエは以前よりもほたるから離れなくなった。一人で家の外へと出歩くのは避けて欲しいと言い、外に出る時は彼が必ず同行するようになった。

 エルシーからノエと共にほたるが呼び出されたのは、ほたるが変化を感じ取ってから数日後のことだった。


「――ほたるに護衛をつけることになった」


 真剣な顔でエルシーが言う。ほたるはその内容に驚いたが、同時に妙な納得感があった。


「アレサが手配するって?」

「ああ。守れと命令するから、そこは安心してくれて構わないそうだ」


 確認するように問うたノエにエルシーが答える。命令という言葉が表す意味にほたるは気分が暗くなるのを感じたが、この様子では何も言うべきではないのだろうと口を噤んだ。ただの指示よりも、紫眼で命令してしまった方がよっぽど確実なのは理解している。

 そんな彼女の様子にエルシーは気が付いたのか、「命令した方が安全なんだ」と困ったように笑いかけた。


「例えば護衛が誰かにほたるを害すよう命じられた時、守れという命令があれば混線が起こって、自分は命令されたと自覚することができる。自覚できれば逃げられるから、結果としてほたるを守ることに繋がる。アレサ様の手配する者達は命令なんかなくともあの方に忠実だ。だから紫眼で命令するのは、あくまで他の者の命令に対抗するためだと考えてくれて構わない」


 だから護衛を強制しているわけではないと示すエルシーの言葉に、ほたるの肩から少し力が抜ける。とはいえこの状況がよく分かっていないことは変わらなかった。確かにノストノクスの様子は変わってきたが、護衛が必要なほどのことが起こっているとは思っていなかったからだ。


「そんなに大変なことになってるんですか? 最近ノストノクスが騒がしいのと関係してそうなのは感じてるんですけど……」

「アイリスの刷り込みが解除されたと以前言っただろう? あれに一般人が気付いたんだ。そして一部の者が上位の者に反旗を翻した。それが結構大規模でな。騒がしいのはその対応のせいだよ」

「……護衛が必要ってことは、もしかして私の正体もバレそうなんですか?」

「そこはまだ平気なはずだ。だがお前はスヴァインに協力していた者を炙り出すために、アレサ様が用意した種子持ちだと思われている。その関係で狙われることもあるかもしれないから、念の為護衛をつけることになった。まあ、あの屋敷にいれば安全だよ。あそこに近寄りたがる者はそういない」


 そのエルシーの説明に、ほたるは最近の異変の原因を理解した。そして護衛が本当に必要だということも。

 ノエが周りを気にしていたのもそのためなのだろう。ただノストノクスの職員が忙しいだけではなく、その理由まで彼は気付いていたのだ。それを示すように、ノエはエルシーの話を聞いても全く動じていない。知らなかったのは自分だけかと思うと少し情けなくなって、ほたるは神妙な面持ちとなった。


「それにしても、どうしてこんな急に……」


 状況の理解はできても、経緯は全く想像がつかない。確かにいつかはアイリスの刷り込みの件が広まると聞いていた。そして、その時はノクステルナが荒れるということも。

 しかしここまで急に変わるとは思っていなかったのだ。もっとゆっくりと治安に影響が出ていって、護衛が必要になるならその後だろうと考えていた。


 それだけ自分の見通しが甘いということなのだろうか――ほたるが己の力不足を感じかけた時、エルシーが「ノエなら知ってるんじゃないか?」と機嫌悪そうに言った。


「ノエが?」


 ほたるが思わずノエを見るも、そのノエは涼しい顔でエルシーと向かい合っていた。


「何のこと?」

「現時点で最も被害を受けているのはゼキル様達だそうだ。あの日、ほたるの記憶を探る場にいた面々だよ」


 そのエルシーの声には確信があった。そして内容を聞いて、ほたるもあっと口を開く。けれどノエは全く態度を変えず、それどころかニィと口角を上げた。


「さァ? (ばち)があたったんじゃない?」


 これは()()()()()――ノエの反応にほたるの頬が引き攣る。エルシーもまたうんと顔をしかめて、「随分お前に都合の良い天罰だな」と鼻を鳴らした。


「あの、被害って……?」


 ほたるがエルシーに問いかけたのは、この状況がノエの作り出したものだと疑いようがなかったから。タイミングも、被害を受けたという者達もそれを裏付けているのだから、否定する方が難しいというもの。

 だから一体ノエはどれだけのことをしたのかと確認したくてほたるが問えば、エルシーは「彼らの持つ拠点のいくつかが襲撃されているらしい」と重たい声で言って、そのままノエに目を戻した。


「確かに序列上位の者として多くの恨みは買っているだろうし、いずれ起こることではあった。だとしても始まりがそこというのは偶然が過ぎる。しかもノストノクスに隠していた拠点も含まれているようだからな。彼らは明言を避けたからまだ隠したいのだろうが……しかしそういう情報も、お前だったら知っていてもおかしくはない」

「そう考えたい気持ちは分かるけどさ、俺ならバレないようにやるとは思わねェの?」

「お前なら敢えて分かりやすくやる可能性もある。特に先日の件への警告ならな」

「……確かに?」

「とはいえお前でも流石にこの状況で自分の立場を危うくすることはしないだろうから、絶対に足がつかない自信でもあるのか」

「そこは自分で確認してよ」


 そう言って肩を竦めたノエの顔にはやはり笑みがあった。明確に肯定したわけではないが、否定もしていない。この状況が彼によるものだと証明されれば困るだろうということはほたるにも分かるのに、ノエがそのあたりを気にした様子はない。


 本当に大丈夫なのか問いたい。ゼキル達に何かあったのなら、それは彼らに仕返しをしたいと言った自分の言葉が関わっているのだ。思っていた以上に大事になったこともそうだが、それでノエにとってまずい状況にならないのかと不安でたまらない。

 だが、今ここで聞くことはできない。ほたるが歯痒さを感じていると、ノエが「ゼキル達に言っといてよ」とエルシーに笑いかけた。


「公式な場でならいつでも話は聞いてやるって。まァでも、しばらくは無理か。もうすぐ人手が完全に足りなくなるだろうから」

「……待て、お前他に何をやった?」


 エルシーが顔を険しくする。それが直前のノエの発言を受けたものだとほたるは遅れて理解したが、浮かんだのはエルシーと同じ疑問。

 問われたノエはエルシーの目を見て、やっとその顔から笑みを消した。


「言っとくけど、俺お前にも少し怒ってるからな。いくら立場上難しいっつっても、もう少しあいつらの手綱握っとけよ」

「それは……悪かったとは思っている」


 ノエの声には言葉どおりの棘があった。だがエルシーが落ち度を認めたことでひとまず気が晴れたらしい。ノエは再び悪巧みするような笑みを浮かべると、「ってことで、頑張って」と軽く片手を広げた。


「対処法は色々あるだろうけど、俺としてはさっさと〝あいつらの行動が全部の原因〟ってお偉いさん方全員に説明するのがオススメ」

「それで罪人としてのお前の印象が悪くなっても?」

「多少悪くなったところで問題になるほど元々行儀良くねェから」


 それはそれでどうなのだろう――ノエの言葉を聞きながら、ほたるが難しい顔になる。結局ノエが何をしたのかは分かっていないが、悪化しても影響がないほど印象が悪いと自分で言い切るのを聞くと、悲しさよりも呆れが勝る。

 しかしいくらノエ本人が怒っているとはいえ、エルシーにまで嫌がらせのようなことをしようとしていると聞くのは少し居心地が悪かった。しかもそれに自分も関わっていることを考えると、どんどん申し訳なくなってくる。

 そのせいでほたるはくっと眉尻を下げると、「ノエ」と隣を見上げた。


「エルシーさんのこと、困らせるの……?」


 ほたるの表情を見て、ノエがぎょっと目を見開く。


「ちょっとだけね? ほんとちょっとだけだからそんな顔しないで」

「でもエルシーさん、色々助けてくれてるのに……」

「そうなんだけど、それとこれとは別って言うか。大丈夫だよ、エルシー個人にどうこうするワケじゃないから。ちょーっと残業まみれになってもらうだけだから。ね?」


 ノエが慌てて弁解するも、ほたるはあまり納得できなかった。「元々忙しい人なのに……」言えば、ノエが「それは分かってるんだけどぉ……」と困り果てたように顔を歪める。そんな二人の会話を止めたのは、他でもないエルシーだった。


「ありがとう、ほたる。だがお前が気にすることじゃないよ。ノエが全面的に悪い」

「……とも限らないと言うか」

「そうなのか?」


 不思議そうにするエルシーに、ほたるが気まずげに目を泳がせる。するとノエが「あ、これはほたる関係ないよ」と納得したような声を出した。


「なるほどね、それでそんな気にしてたのか。大丈夫大丈夫、これは本当にほたる無関係だから。結果的にエルシーに嫌がらせしてる感じになったけど、そうじゃなくてもやるつもりだったから」


 問題が解決したとばかりに語るノエは晴れやかな顔をしていた。「それはそれでどうなんだ?」エルシーが呆れたように言うも、「いいじゃん別に」とへらへらと笑っている。


「それに俺ちゃんと予告してたよ。だからあの時辞職したんだって」

「……ということは、お前にしか解決できない問題を起こす気か」

「俺じゃなくてもできるよ。ただ俺がやるのが誰よりも早くて確実ってだけ」


 ノエの言葉にエルシーが渋面を浮かべる。その反応に彼女には話が見えているのだとほたるは分かったが、しかしほたる自身は何も分からない。


「ノエ、一体何をしようとしてるの……?」


 自分が頼んだゼキル達への仕返しではなく、元々やるつもりだった何か。そのために仕事も辞めていたのだから、周到に準備したことなのだろう。

 現在のノクステルナの治安悪化をノエがもたらしたと知っているからこそ、相当まずい何かをしたのではないかと思えてならない。


 そんなほたるの問いにノエはにっこりと笑うと、「まだ内緒」と口元に人差し指を当てた。

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