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【改稿版】マリオネットララバイ  作者: 丹㑚仁戻
【後日譚】第四章 鏡の心日和
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〈12-1〉頼まないで

 二日後のことだ。ほたるが完全に回復したことを確認すると、ノエはリビングダイニングの棚を漁り始めた。その彼の姿は一昨日の弱りきった状態が嘘かのようにいつもどおり。前日も普段と変わらない様子でほたるに付き添っていたが、今日はそれに加えていつもよりもどこか楽しそうにも見える。しかしノエの気持ちを高揚させているものが何か分からず、ほたるはどうしたのだろう、と首を傾げた。


「どれだったかなァ……」


 ノエが記憶を辿るようしながら取り出していっているのは木箱だ。彼曰く、知らないうちに場所が変わったら困るものが入っているという木箱。

 それが一つ二つではなくいくつも出てくるものだから、ほたるはこの箱はこんなにあったのか、と若干顔を引き攣らせながらノエの作業を見守った。


「多分これかも……お、あったあった」


 丈夫そうだということ以外、見た目にほとんど違いのない木箱。その一つを開けて中身を確認していたノエが中から取り出したのはコインだった。しゃがみ込んだ彼はそれを顔の前まで上げて、「ん、やっぱ本物」と満足そうに頷いている。


「それなあに?」


 コインということ以外、ほたるにはそれが何なのか分からなかった。五〇〇円玉よりも大きく、分厚く、はっきりとした金色。両面にある不思議な模様に文字はなく、更にあまり精巧とは言えない彫られ方をしている。いや、彫られたというよりはその形に鋳造されたと言うべきか。

 何にせよ、現代の通貨としては使えなさそうだ。そんなことを考えながらほたるが隣にしゃがんでノエの手元を覗き込めば、ノエは「お友達の印」と言ってコインを彼女の手に乗せた。


「お友達の印……なんかノエに似合わないね」

「俺のじゃないからね」


 ほたるの感想に笑って、ノエが続ける。


「これはね、千年戦争の初期に作られたんだよ。ラーシュとオッドの子達は権力主義というか、まァ、階級付けが大好きな人が多くてね。その印としてこれを作った。だからこれを持ってたのは第二位の奴らか、彼らに認められた人だけ。いつからかラーシュとオッドに認められた証だって考えられるようになったから、大変貴重かつ価値のある逸品」


 つまりはほぼ千年前に作られたコインだということ。ほたるは手の中のそれを見ながら、「へえ……」と声をこぼした。


「これを持ってると、赤軍か青軍かってこだわってる連中の間では今でも権力が増すんだよ。どういう方法で手に入れたにしろね」

「こんなので……」


 ならばコインというよりはメダルのようなものなのだろうか。見慣れない大きさのコインはそれに見合った重さがあって、ほたるの手のひらでずっしりと存在を主張している。


「凄くキラキラしてる……」

「そりゃ純金だし」

「え、やだ! 返す!」

「そんなばっちいものみたいに……」

「高いものは怖いもん、触ってたくない」


 そもそも千年前の品だというだけでも価値がありそうだ。その上それなりの重量もあるのだから、これだけで一体いくらになるのだろう――そう思うとほたるは持っているのが怖くなって、ノエにずいとコインを突き返した。


「ちなみにほたるが怖い金額って、いくらくらい?」


 ほたるから返されたコインを受け取りながらノエが問いかける。その目は一瞬ほたるの左耳にあるイヤーカフに向いたが、既に考え始めていたほたるは気付かなかった。


「物によるよ。家電みたいにどれでも高いものは大事に使おうって思うくらいだけど……そういう小さくて特に用途もないものは……一〇万円くらい?」

「最近の電話より安いじゃん」

「あ、そっか。じゃあ……ひゃ、一〇〇万円」

「……まァ、ほたるくらいの年なら妥当なのか」

「高すぎる?」

「そんなことないよ」


 にっこりとノエが笑う。何かを誤魔化すようなその顔に、ほたるはやはり高すぎたのだろうか、と不安になった。「五〇万円でも怖いよ……?」そんなに金銭感覚はおかしくないはずだと訴える。するとノエはほたるの手を取って、柔らかい手のひらにもう一度コインを押し付けた。


「金としての値段だけで、これで多分それくらいはいく」

「ひっ……!」

「『ひっ』って」


 ノエはけたけたと面白そうに笑うと、ほたるの手の中からコインを回収した。


「ここらへんの箱の中、もっと高いものも入ってるよ」

「や、やだ!!」

「ははっ!」

「からかわないで!!」


 肩を揺らすノエは明らかに自分をからかっている――ほたるはそうと分かると、キッと目を吊り上げた。

 この箱は駄目だ。先日もそうだが、この箱関連でノエはこちらをからかおうとする。

 だからほたるが鋭い目でノエを威嚇するように睨み続ければ、笑っていたノエは「ごめんごめん」と謝って、「ほたるはもう少し慣れようね」と目尻を拭った。


「……慣れなくていいもん」

「でもちょっとくらい慣れてもらわないと、ここらへんから何か出して欲しい時に頼めないんだけど」

「頼まないで」

「俺が困ってても?」

「………………慣れる」


 きゅっと口を尖らせて、ほたるが頑張ると意思表示する。そんな彼女にノエは愛おしそうに目を細めると、「ゆっくりでいいよ」とその頭に手を乗せた。


「ところで、それは誰のなの?」


 ほたるがそう問いかけたのは、最初にこのコインはノエのものではないと聞いていたからだ。


「アイリスの仕事で始末した人の。でもその人はもらう権利がなかったはずだから、多分誰かから奪ったか盗んだものだと思う」


 とんでもない曰く付きだと思ったが、ほたるは口には出さなかった。代わりにもう一つ浮かんだ感想を整理して、「なんか意外だね」とノエに答える。


「ノエってそういうの持ち帰るんだ。なんかこう、証拠になりそうなものには手を出さなそうなイメージだったけど」

「それで合ってるよ。これは明らかにあそこにあるのはおかしかったのと、後々使えそうだと思ったから回収したんだよね。で、実際に今使える」


 ノエが目の高さにコインを掲げる。そのまま指を動かせば、コインは彼の人差し指から小指までを移動して、更にまた人差し指まで戻ってきた。

 まるで生き物のような動きのそれをほたるがほうっと見ていると、その視線に気付いたノエがコインを親指で上へと弾いた。つられて動くほたるの目にくすりと笑い、落ちてきたコインを鮮やかに捕まえる。そして握ったその手をほたるに見せびらかすようにしながら開けば、そこを見たほたるは大きく目を見開いた。


「あれっ? え?」


 ノエの手のひらには何もない。落ちてきたコインを取ったところはしっかりと見ていたのに、どうして――驚くほたるにノエは笑いながらもう一度手を握って、改めて開く。すると今度はその手の中にコインがあって、ほたるは目を瞬かせた。


「ほたる、代筆頼めない? ちゃんと綴りは教えるからさ」


 問いかけられて、突然現れたコインに固まっていたほたるははっと息を漏らした。


「えっと、代筆? 自分で書かないの?」

「俺の字、よく解読できないって言われるから」


 その言葉にほたるが思い出したのは、言語の勉強を手伝ってくれた時に見たノエの文字。大抵はエルシーの用意してくれた教本を見て自力で勉強しているが、それだとどうしても音が分からない。だから自分の理解が合っているかの確認も兼ねて、ノエに手伝ってもらうことが多いのだ。

 その時に、ノエが何の気なしにほたるのノートに文字を書き込んだことがあった。しかしほたるはそれが読めなかった。書かれた時は己の勉強不足と納得しかけたが、後からノエに何と書いたのか聞いて驚愕したのはよく覚えている。


「……ノエって、ちゃんとした字は書けないの?」

「それは俺の字がちゃんとしてないって言ってる?」

「だって、なんか……ペン先をノートに押し付けてる時に大きな地震でも来たかのような字だから……」

「なんでみんなそういう表現するんだろ。走らせてる馬の上で書いたのかとか、書いてる時に誰かに肩を揺らされたのかとか」

「あ、やっぱ揺れてる感はみんな感じるんだ」


 ほたるが納得すると、ノエが不満そうにジト目になった。


「ほたるの絵だって前衛的じゃん」

「そういうこと言う」

「お返し」


 ニッと意地悪く笑い、けれどすぐにほたるの頬に唇を押し当てる。「なんで今……?」ほたるが不満げに問えば、ノエは「悪いこと言ってごめんねってこと」ともう一度笑った。


「でも俺、ほたるの絵好きだよ? なんか癖になる」

「……平衡感覚失いそうな字を書く人に言われても嬉しくない」

「なんでよ」


 心外そうな顔をしたノエは軽く自分の頬を差し出してきたが、ほたるは見なかったふりをした。「酷くない……?」愕然とした声に「酷くない」と返して、冗談を言い合う前の会話を思い出す。


「代筆が必要ってことは、誰かへの手紙?」


 解読できないと困るということは、誰かに読んでもらいたいものなのだ。そう考えてほたるが尋ねると、ノエはすっかり気を取り直した様子で「そうだよ」と頷いた。


「だけど俺が渡すと見張りにバレちゃうから、ほたるにおつかいしてもらうことになるんだけど」

「私の知ってる人?」

「壱政」

「壱政さん?」


 はて、とほたるが首を傾げる。壱政とノエは手紙のやり取りをするほど仲が良かっただろうか。二人が話している姿を見たことはないが、どちらかと言うと仲が悪いような気がする。ノエは壱政を嫌っていそうだし、壱政の方だってノエのことを毛嫌しているのはなんとなく言葉尻から感じ取れる。

 しかし壱政が相手ならば日本語で書いても良さそうだとほたるが考えていると、隣でノエが口を開く気配がした。


「今から書くの、クラトスへの手紙だから」

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