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【改稿版】マリオネットララバイ  作者: 丹㑚仁戻
【後日譚】第二章 侵食する歪
168/200

〈6-4〉いい加減怒るよ

「その時は自分の身体ぶっ壊れても、必死に腹に詰め込むんだと思うよ」


 そう告げるノエの顔には笑みがあった。けれどぎこちない、無理に作ったような笑みだ。


 ほたるはそこにノエの怯えを見つけた気がした。事実のような、しかし一方でわざとこちらに嫌悪感を抱かせようとしているとも取れる話し方。まるで隠していたものを少しずつ明かすかのような雰囲気。

 ()()を覆い隠す目隠しを徐々に徐々に外していって、だが突然、たとえ途中でもこれが全てだと明かすことを中断されそうな予感がするのは、ノエが実際にそうしようとしているからだろうか。彼の中にあるものはこちらが感じているよりももっとおぞましくて、その反応次第でこの話ごとなかったことにしようとしているのでは――ほたるはそう思い至ると、なるべく軽くなるように笑ってみせた。


「勝手に食べるのはやめてね」

「……なんで引かないの?」

「やっぱりわざと引かせようとしたんだ」


 ほたるがはっきりと言葉にすれば、ノエは「……バレてた?」と苦々しい面持ちとなった。「うん、バレてた」ほたるは言いながらノエの腕に触れて、もう一度安心させるように笑顔を向ける。


「引かせるっていうか、どのくらいで引くのかな、みたいな。とりあえず凄く様子を窺われてる気はした。でも引きはしなかったかな。びっくりはしたけど、ノエなら有り得なくもないなって妙に納得したし」

「納得しちゃうんだ」

「だって閉じ込めるのと同じような感じじゃん」

「……確かに」


 ノエは不承不承といった様子で頷いたが、すぐに「ん?」と眉をひそめた。


「待って。ってことはほたる、これが俺の性格として受け入れてるってこと?」

「駄目なの?」

「駄目っていうか……違うからね? もしかしたらその()くらいはあったかもしれないけど、絶対に違うから」

「じゃあ何?」


 ほたるが問いかければ、ノエはうんと渋い顔をした。


「長く生きた連中は執着心凄いって話したでしょ? あれだよ」

「支配されてた弊害ってやつ?」

「誰に聞いたの?」

「エルシーさん」

「あいつ……。でもそれだよ、俺の性格じゃない」


 念押しするようにノエが繰り返す。けれどほたるは何故彼がそこまで言うのか分からなかった。


「だとしてもそこも含めてノエじゃないの?」


 これだ。確かに彼の置かれていた状況が影響しているのかもしれないが、結局のところそれもノエなのだ。ということを込めてほたるが言えば、ノエは弱々しく顔を歪めた。


「……嫌だよ。誰にも取られないように閉じ込めたり、丸ごと食べたりしたいって思うのが自分なんて」

「なんで嫌なの?」

「……おかしいでしょ。人間の価値観だったら完全に異常者だよ。ほたるだって怖くないの? 自分の傍にいる奴が常にそんなこと考えてるとか、逃げたくなってもおかしくないと思うけど」

「逃げて欲しいの?」

「駄目。逃げたいくらい俺が嫌なら逃がしてあげたいけど、多分そうなったら本当に閉じ込めて食っちゃう」


 はあ、とノエが顔を手で覆い隠す。その姿を見て、ほたるの口角が上がる。


「ってことは、やりたくないんだ」

「……当たり前でしょ。ほたるにそんなことしたくない」


 顔を隠したまま答えたノエはそろりと手を外すと、唇を窄ませたほたるを見て思い切り顔をしかめた。


「……なんでそんな嬉しそうなの?」

「だってノエだなぁと思って」

「どゆこと?」

「私が嫌な思いしないように頑張ってくれてる」

「……頑張らないワケないじゃん」


 困ったように眉尻を下げるノエの顔に、ほたるが手を伸ばす。「眉間疲れそう」ずっと力の入っているそこに触れればノエはぎこちなく表情を緩めたが、しかし険しさは完全には消えない。普段はへらへらとしている彼のそんな姿にほたるはもう一度笑うと、「だからね、」と話し始めた。


「そういうことしたいって思っちゃってもそこまで気にしなくていいんじゃない? 少なくとも私は気にしないよ。長く生きたせいかもしれないし、ノエの性格なのかもしれない。でも何にしろ、ノエは私が嫌なことはしないようにしようって思ってくれてるじゃん。多分そのお陰かな。ノエのこの話聞いても、ヤバい考え方だなとは思っても怖いとは思わなかった」

「……ヤバいとは思ったんだ」

「物凄く。他の人が同じようなこと考えてたら、自分に対してじゃなくても絶対距離取る」

「……まァそれは俺も引くけど」


 そう言ってノエは困ったような顔をすると、「ちゃんと伝わってるのかな……」と遠くを見ながら呟いた。


「なんか私が能天気みたいな言い方やめて」

「実際ちょっと能天気じゃない? 自分のこと食い殺すかもしれない奴にそんなこと言うなんて」

「もっと深刻に言えば良かった?」

「……わざと明るく言ったの?」

「当たり前じゃん。実は結構緊張してた。ほら」


 ノエの手を取って、ほたるが自分の胸に当てる。いつもよりも速い鼓動は、彼への態度を間違えていないかという不安によるもの。

 それを感じ取ったらしいノエは目を伏せると、「本当は怖い?」と暗い声で言った。


「ノエのことは怖くないよ。ただ、私の態度次第でノエを苦しくさせちゃうんじゃないかって。私はノエに少しでも楽になって欲しいのに、こうやって話してくれたこともノエに後悔させちゃうんじゃないかって。怖かったのは、それだけ」


 言いながら、ほたるは少しだけ声を落とした。

 ノエが自分の思考を嫌がる理由は分かったつもりだ。先日無意識に紫眼を使おうとしてしまったように、また無意識のうちに同じようなことを――こちらを傷付けるようなことをしてしまうのではないかと不安に思う気持ちは理解できる。

 そしてその先に待つのがおぞましいことだということも、想像したら気分が悪くなる程度には分かっているつもりだ。だからノエは、それは自分自身の一面ではないと言うのだろう。


 ノエは黙っておくという選択ができた。けれどしなかった。あんなに不安そうに、少しずつこちらの様子を窺うように。そうやってどうにか打ち明けてくれたのだから、それを決して後悔させたくはない――ほたるがノエの手を握る力を少し強くすれば、胸に触れる彼の指先にも力が入ったのが分かった。


「……あんまり甘やかさないでよ」


 泣きそうな顔で笑うノエには、きっとこの意図は伝わったのだろう。「ただ思ったこと言ってるだけだよ」ほたるが笑みを返すと、彼はやっと顔から力を抜いた。


「じゃァ、本当のこと言ってくれる?」


 いつもよりも少し弱々しい笑みを浮かべて、窺うようにほたるを見る。


「本当のこと?」

「ほたる、俺に気を遣って嘘吐いてくれてたでしょ。学校とか、記憶のこととか……ほたるが嘘吐いてくれるならそれでいいって思ってたけど、やっぱりそれでほたるに無理させるのは嫌だから」


 その言葉どおり、ノエの目元にはまた苦しげに力が入っていた。だがほたるはすぐに頷くことはできなかった。ノエに自分の気持ちを隠したのは、彼を苦しめないためだったから。


「でもノエ、私のお願い断れないんでしょ? 私がノエの気持ちとは違うこと言ったら、ノエが無理することになるんじゃないの?」

「ってことは俺の希望とは逆のことが本音か」

「あ……」

「分かってたよ。大丈夫、ちゃんと聞けるから」


 ほたるの胸元の手を腰に移動して、ノエがほたるを見つめる。そして、ゆっくりと頷いた。まるで準備はできたから話してくれと言わんばかりの姿。その様子にほたるはこくりと唾を飲み込むと、重たげに口を開いた。


「学校は……行きたい気持ちはあるけど、自分のキャパが足りないなって。あとノエとあんまり会えないのはやっぱりさみしいし、それに今ノエを一人にしたくないというか……」

「学校が週一で済めば解決?」

「そうそれ! でもそれはどう考えても無理だから、今じゃなくていいかな」

「友達はいいの?」

「……それも考えたよ。でも完全にもう最後って思いながら付き合ってもさ、きっと悲しくなっちゃうと思う。今がそれほどでもないのって、多分急だったからだと思うんだよね。あともう会えないって決まったのが、しばらく会えなかった後だから……それでこう、寂しさが少なくて済んだんだと思う」


 本音だった。ノエと共に外界を離れてから、色々なことが怒涛のように押し寄せた。だからこそ、日常から切り離されてしまった悲しさや寂しさをあまり感じなくて済んだのだと思う。そんなことを考えていられないくらいに自分にとって重要なことが次々と起こったから、そちらで手いっぱいになって寂しいと感じていられなかったのだ。

 だからこそ、今のこの落ち着いた状態で改めて別れを考えれば、自分はきっと辛くなってしまうのだろう。ならばわざわざそんな苦しさを味わう選択をする必要はない。そうしなければならない理由がないのなら、これくらいは状況に甘えてしまってもいいはずだ。


「それから、記憶はね……知りたいよ、お父さんのこと。お父さん本人のことも、お父さんがしたことも全部。でもノエに嫌なことはさせたくない。だからノエがいつかやってもいいって気持ちになるまで待とうかなと思ってた」


 それが、今日墓参りに行って考えたこと。急ぐ必要はないのだから、ノエの準備ができるのを待ちたい。

 そう込めてほたるが言えば、ノエは「そっか」と小さく呟いた。考えるように目を伏せて、小さく深呼吸する。どうしたのだろうとほたるがそれを見守っていると、ノエはゆっくりと視線を上げた。


「……少しだけやってみる?」

「え?」

「ほたるが俺に紫眼使われても怖くなければだけど」

「それは怖くないけど……いいの?」


 ノエは反対だったはずでは――驚きのままほたるがノエを見れば、ノエは「ほんのちょっとだけだよ」と念押しするように付け足した。


「それでほたるが記憶に引き摺られそうになるなら、悪いけど二度目は絶対にしたくない。だけど……一回も試さないのは、なんか俺がほたるのこと信じてないみたいで嫌だから」


 ノエが手でほたるの頬を包む。真っ直ぐにほたるを見つめる目は真剣で、けれどどこか不安げに揺れていた。


「ほたるは俺の異常なとこに引かなかったり、俺のために恥ずかしいの我慢して周りに威嚇したりってことをしてくれるじゃん。そんなほたるだったら、現実よりも過去の記憶の方がいいって言い出したりしないんじゃないかって思いたい」


 どうにか絞り出していると分かる声色だった。だがそうまでして自分の意思を尊重してくれようとしてくれたノエに、ほたるの胸に喜びが満ちる。

 しかし、少しだけ不満もあった。


「待って、私そういうふうに思われてたの? 今より過ぎたことの方がいいって?」


 ノエの気を紛らわせるように、大袈裟に不機嫌を込めてみせる。するとノエは本気で気まずそうな顔をして、「いや、そういうワケじゃなくて」と早口で目を泳がせた。


「そういう不安があったというか、俺が後ろ向きに考えすぎていたというか」

「いい加減怒るよ」

「もう怒ってるよね……?」

「もっと怒る」

「……ごめんなさい」


 困り果てたように白旗を上げたノエを見て、ほたるはにんまりと口角を上げた。

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