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【改稿版】マリオネットララバイ  作者: 丹㑚仁戻
【後日譚】第一章 浮雲の翳
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〈2-2〉なんでそんな嘘吐くの

「あの……私が言うのも変だと思うんだけど……お金、大丈夫なの……? 逃走資金をなくすってことなら結構減っちゃったんじゃない?」


 人様の懐事情に口を出すのは不躾だと思ったが、直前に聞いていた内容のせいで心配せずにはいられない。なんだったらノエなら大事なことを忘れている可能性すらある。それに罪人なのだから、今までどおり金稼ぎができないせいで補填もできないのでは――とほたるが恐る恐る問いかければ、ノエは「平気平気」とへらりと笑った。


「削られたって言っても、あくまでエルシーが予想してる俺の資産が基準だから。いやァ、普段から嘘吐いてて良かったよね」


 へらへらとおかしそうに笑うノエを見て、ほたるの表情が心配から呆れに変わる。


「なんでそんな嘘吐くの」

「たまにペイズリーが嫌がらせしてくるから」

「嫌がらせ?」

「ノストノクスに申請する経費に混ぜて、俺宛の意味分からない額の請求書入れてくるんだよ。ンでエルシーも面白がって通しちゃうから、馬鹿正直に教えたら危ないでしょ? 外界のこういう屋敷だっていくつ俺名義で勝手に買われたか数えるのも面倒なくらいだし」


 はあ、とノエが溜息を吐く。その様子に、ほたるは以前ペイズリーが言っていたことを思い出した。島でも買わないとノエには痛手にならない思うと言っていた彼女は、彼を破産させてやりたいとも言っていた。島というのは比喩かと思っていたが、もしかしたら度重なる嫌がらせの末に辿り着いた結論なのかもしれない。


「島、買われないようにね」

「島?」

「ノエを破産させるためには島を買う必要があるって、前にペイズリーさんが」

「……どの規模の島か言ってた?」

「規模で変わるの?」

「意外と安いのもあるよ。普通の一軒家くらいの値段のやつとか」

「へえ……」


 それは安いのだろうか、とほたるの首が傾く。思っていたよりは控えめなようだが、大抵の人にとって家というのは一世一代の買い物だ。

 これは気を付けないと金銭感覚がおかしくなるかもしれない――ノエの言動に、こっそりと気を引き締める。普段の彼は自分に近い金銭感覚を持っていそうだと思うものの、こういう話を聞くと全然違うと思えてならない。お金を持っているのはノエであって自分ではないのだから、麻痺しないように気を付けなければ、とほたるが思い至ったところで、ノエが「あ、このへんの話は内緒ね」と思い出したように言った。


「エルシーには今回ので十分俺の金減らせたって思わせときたいから。無一文にされても別にいいんだけどさ、今ノストノクスにあんまお金あげたくなくって」

「なんで? 秘密にするのは分かったけど……」

「お金より大事なことのため」


 穏やかにノエが微笑む。それまでのふざけた調子から一変した様子にほたるが首を傾げると、ノエは「そのうち教えてあげるよ」と言って、「ってことで、部屋探検続けるよ」と奥へと進んだ。


「水回りはそっちにまとまってて、そこが衣装部屋。あ、そうそう。言い忘れてたけど、重罪人の俺が裁判前に殺されちゃ困るからって理由で、この建物の周りにノストノクスの見張り兼警備が付くから。見かけてもなんかいるなァって思っといて。むしろ他よりよっぽど安全だからそこは安心してくれていいよ」

「ああ、外にいた人達。でも安心しなきゃいけないって……もしかして私、まだ一人で外出ちゃ駄目だったりするの?」

「そんなことないよ? 今のとこノストノクスの中なら平気。ただ安全に越したことはないでしょ」


 言いながらノエがほたるの頬に手を伸ばす。「その方が俺も安心だしさ」と柔らかい眼差しと共に言われてしまえば、ほたるはそわそわとして目線を彷徨わせるしかなかった。こうして触れられるのはとうに慣れたはずなのに、このノエの目には未だ落ち着きを奪われる。

 最初にこの眼差しに気付いた時は、その意味をまだ知らなかった。けれどもう知っている。これは、ノエがこちらを大切に想ってくれている時のものだ。


「ノエが安心できるなら何でもいい」


 きゅうとなった胸の感覚から逃げるようにぶっきらぼうに受け答えて、やはり視線を逃がす。まともに目を合わせると自分の顔がおかしなことになるからだ。そんなほたるの反応にノエは楽しそうに笑うと、「じゃァ部屋紹介続けるね」とリビングダイニングと繋がった部屋を示した。


「って言っても部屋数ないからこれで終わりなんだけど。ここが寝室ね。風呂はこっちとも繋がってるよ。ほら、外界の家とそんな変わんないでしょ?」

「それはそうだけど……あの……ベッド、一つだけ?」


 寝室に鎮座するそれを見て、ほたるはぴしゃりと固まった。

 大きなサイズだが、どう見ても一台しかない。これはどうしよう、とほたるが自分の寝床を探すために来た道を戻ろうとすれば、それを遮るように背中のノエの手に力が入った。


「十分でしょ? 今も一緒に寝てるし」


 にっこりと、綺麗な笑みで。見覚えのあるその笑みに、ほたるが思わず身構える。

 この笑い方は駄目だ。この笑顔の時のノエはその意見を押し通す――そして自分はこの圧のせいでうまく反論できないというところまで思い出して、ほたるはしっかりしろと内心で己を鼓舞した。

 一時滞在ならまだしも、正式に暮らすのなら寝床は分けるべきだ。いくら関係性が変わったとはいえ、同じベッドで毎日寝るなどあまりに不埒ではないか。

 一通り考えてその結論に至ったほたるはノエの顔を見上げると、「じゅ、十分じゃない」とおずおずと口にした。


「なんで? 恋人だったら普通でしょ」

「いやでも流石によろしくないというか……適切な距離を保つべきだと言うか……」

「これが適切な距離だよ」

「だけど……そう! 毎日一緒に寝たら疲れが取れない! ので! 私ソファに寝る!」

「そしたら俺もほたるが寝てるとこで寝るけど」

「え、なんで?」

「『なんで』がなんで?」

「……いや、えっと…………一緒でいいです」


 今のは自分が悪かったのだろうか。


 結局押し切られた状況を思い、ほたるの目が遠くなる。しかし反論しようとしていた間ずっとあの圧をかけられ続けて平気なわけがない。悪意のような怖い感情は一切感じないのに、何を言っても言い包められてしまいそうだと感じるせいで反抗心がしゅるしゅると萎んでしまうのだ。

 だが、まだだ。寝床は駄目だったが、まだ譲れないものがある――ほたるはずっと気になっていたことを思い出すと、「じゃあ、あの……!」と口を開いた。


「私、掃除担当で……他にも家事あれば全部やるので……!」


 家賃は受け取ってもらえないというのだから、せめてその分の働きはしたい。というほたるの意気込みは、ノエのきょとんとした顔で蹴散らされた。


「三階以外はノストノクスの使用人がやってくれるよ? なんか建物は俺のになってもちゃんと維持はしなきゃいけないらしくて。あと洗濯物も今までと同じで出せばやってもらえるから、そんな担当決めるほどやることはないんだけど」

「なら三階の掃除だけでも私がやる!」

「それは一緒にやろうか」

「家賃分だけでも働かせて……」

「そんなの俺が雑用させるためにほたる住まわせてるみたいになるじゃん。絶対やだ」


 不機嫌な顔でノエが言う。家主に嫌だと言われてしまえば、居候の身分ではもうどうすることもできない。


「……私何すればいいの」

「何もしなくていいんじゃない? 俺も何もしないし」


 ああ、自分はまたヒモになるらしい――目の前の現実にほたるが意気消沈すると、ノエが満足そうに「ってことで」とその背を自分の方へと引き寄せた。


「これからよろしくね」

「……はい」

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