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【改稿版】マリオネットララバイ  作者: 丹㑚仁戻
【前篇】第二章 波間の呼吸
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〈6-2〉説得力って知ってる?

 ノエの言う食堂は広いホールのようになっていた。部屋の奥行きと同じくらいに長いテーブルが縦に三台並び、その奥にはビュッフェのように料理の置かれたスペースがある。

 高級レストランを彷彿とさせる光景にほたるは感嘆すると、「ここ、誰でも使っていいの?」とノエに尋ねた。


「勿論。って言っても俺達にとっては人間の食事ってただの嗜好品だから、あんま人いないけどね」


 ノエの言うとおり、広い食堂には数名の人影しかなかった。しかもその半分は食堂の従業員のような動きをしている。ほたるが意外に思っていると、ノエが料理の方にほたるを促した。


「好きなだけ取っていいよ。で、食べながら色々説明しようか」


 ならば先に食事を用意した方がいいのだろう。ノエの意図を理解して、ほたるは大人しく料理を取り始めた。

 大きな皿に少しずつ、味の想像ができるものを取っていく。料理名らしき札はあるが、知らない言語のせいで読めないのだ。かと言って一つずつノエに訳してもらうのも気が進まなかったため、見た目で選ぶしかない。


「飲み物何がいい?」


 問われて、ほたるは部屋でコーヒーを飲み損ねたことを思い出した。絶対に飲みたかったというわけではないが、折角用意してもらったものを無視する形になってしまったことが少し気まずい。


「なんでもいい……は、困るか。お茶とか、味が薄いやつある? それかジュースとか……あとごめん、コーヒー飲めなくて。部屋に帰ったら飲むね」

「それだと水か紅茶かなァ。一応オレンジジュースもあるけど。っていうかコーヒーは味落ちてるでしょ。欲しいなら新しいのにしな」

「でも……」

「気ィ遣いすぎ。ここから持ってきただけだから」


 苦笑しながらノエが言う。ほたるが続けて何か言うより先に、「で、どれにする?」とノエが明るい表情に変えながら首を傾げた。飲み物のことを問うているのだ。

 こうなるともうほたるはコーヒーの謝罪を続けることができなくなって、「……オレンジジュース」とおずおずと答えた。


「りょーかい。料理取って待っててね」

「あ、あの! あなたは……」

「〝あなた〟?」

「……ノエは、何か食べる? 飲み物取ってきてくれるし、代わりに私が持てる分はご飯取っとくけど」


 ほたるがそう尋ねたのは、ノエの手には料理が一つもなかったからだ。嗜好品ということは今はいらないか、先に済ませたのだろう。けれどそれはそれで本人は何もいらないのにこちらのためだけに動いてくれているようで気が引ける。


「俺はいらないよ。ほたるが好きなのだけ取りな」


 ノエはそう言って満足気に笑うと、料理の台から離れていった。



 § § §



 料理を取り終えたほたるは戻ってきたノエと向かい合う形で椅子に座った。移動しやすいからという理由で隅の席だ。

 ど真ん中じゃなくて良かったと安堵しながら手を合わせて、次にフォークを持つ。そしてサラダを食べようとしたところで、ほたるはあることに気が付いた。


「……あの、今更なんだけど」

「ん?」

「私のことを殺したい人がいるってことは、これ……毒入ってたりとか」


 我ながら失礼なことを言っている自覚はあったが、注意しないわけにはいかない。だから相手の機嫌を損ねてしまうかもしれないと覚悟して言葉にしたが、意外にもノエは「ないない」とおかしそうに笑うだけだった。


「だって誰が食べるか分からないじゃん。そんなものに毒入れて誰かが被害を受けたら、それこそ大問題でそいつが殺されるよ」

「……殺されるの?」

「うん。サクッと」


 爽やかな笑顔でノエが言う。そんなことで殺されるのかという疑問は、そのあまりにも単語と不釣り合いな表情のせいでほたるには口にすることができなかった。


 この人、どこまで本気なんだろう――常に笑っているノエの顔を見ながら、思う。勿論不機嫌な顔をされるよりはずっと良いが、だからこそその言葉の真偽が読み取りづらい。なんだったら本気か冗談かすらもよく分からない。

 ほたるがううんと眉根を寄せると、ノエは「それにね、」と話を続けた。


「そもそも吸血鬼って、そういうまどろっこしいことは嫌いなんだよ。映画とかじゃ罠みたいの張ってるけど」

「そういうものなの?」

「そういうものなの。脳筋って言うの? 正々堂々真っ向勝負が大好きなんだよね、特に誰かを殺したい場合は。銃ですら卑怯だって、いくら正当な理由掲げても周りに罵られる。そりゃもう大ヒンシュクよ。『全権限停止しろ』とか『恥晒し』とかめちゃくちゃ言われるもん」


 ははっと笑いながら言うノエに、話を聞いていたほたるは「ん?」と首を捻った。


「それは、経験談なのでは……?」

「そうよ?」

「説得力って知ってる?」


 ほたるが問えば、ノエは「知ってる知ってる」と軽い調子で頷いた。


 本当だろうか……――ノエの様子にやはり本気か冗談か分からなくなる。

 今のは流石に説得力が減るような発言は控えるべきだとほたるでも分かるのに、ノエは失言だったというような素振りも見せずけろりとしている。

 それに、内容もそうだ。自分を守る者が卑怯者と知って、守られる側としては非常に不安がある。しかもこの様子ではきっと周囲に怒られたことを気にもしていない。


 この人で大丈夫だろうか。自分は味方と思う相手を間違えたんじゃなかろうか。

 不安だったが、選ぶ権利はなさそうだと思い出して、ほたるは「あはは……」と力なく愛想笑いをすることしかできなかった。


「そんな不安そうな顔しないの。大丈夫だよ。そこそこ長いこと執行官やってるけど、俺以外にそんな卑怯な奴って見たことないからさ」

「それってそんな自信ありげに言うこと?」


 周囲の人柄はともかく、ノエの為人がそれだけ駄目だと言っているようなものだ。じとりとした目を向けたほたるに、ノエは「だって事実だもん」と笑った。


「俺はほたるの命を守るけど、他の奴らはそうとは限らないじゃん? ってことはそいつらの中に卑怯者はいないって話の方が良くない?」

「それはそう、だけど」

「ほら問題ないじゃん。でもまァ真っ向勝負って言っても、それができるのは同じ序列の奴に限るんだけどね」


 当たり前のように言われ、ほたるの眉間に力が入る。なんだかんだ毒で自分の命を狙う者はめったにいないらしいということは分からなくもない。

 が、困る。何が困るかと言えば、分からない言葉を出されることだ。ただでさえノエの話は時々本気か冗談か分からなくなるのに、やっと受け入れようとしたタイミングで謎の単語を出されると、その気持ちに待ったがかかるのだ。


「あのさ、その序列って何か聞いてもいい? なんか大事そうなのは察してるんだけど……」

「あァ、言ってなかったっけ。大事っていうか、俺らの根幹かな。どんな理由があっても絶対に覆せないのが俺らの序列」


 ざっくりとした説明に、ほたるの顔が余計に険しくなる。するとノエが「えーっとねェ……」と考えるように目を動かして、「一個一個いこうか」と苦笑混じりに話し始めた。


「とりあえず、俺らが他人を操れるっていうのはオッケー?」

「……うん」


 ほたるが答え渋ったのは、まだその例を目にしたことがなかったから。母には何かされたらしいが、母本人に会って確認したわけではないためいまいち信じきれない。

 とはいえそこを掘り下げると話が脱線してしまうような気がして、一旦そういうものだと受け入れてノエの話を聞くことにした。


「俺らは人間は勿論、同じ吸血鬼だって操れる。でも同胞の場合は自分と序列が同等以下の相手しか操れない。ンでもって、自分より上の奴にやられたら絶対に抗えない」

「えっと、そういうルールってこと?」

「いんや、そういう仕組みってこと」


 ほたるの確認に、ノエがゆるゆると首を振る。


「本人の意志でどうにかできるレベルじゃないんだよね。何か嫌なことがあってさ、『明日が来ないで欲しい!』って思っても無理じゃん? そういう話に近いかな」


 ノエはそう言うも、ほたるはうまく想像できなかった。自分より立場が上の人に逆らえない状態とは違うようには思えるが、しかし自分の意志でどうにもならないというのはどうにも想像できない。

 そんなほたるの心境が顔に出ていたのか、ノエは「そういうものって思うだけでいいよ」と苦笑いした。


「こればっかりは多分、やられないと分からないと思う。でもまァ、これが俺らの序列だよ。人間から吸血鬼になった時点で決まって、その後絶対に変えようがないもの。だから自分より序列が下の相手のことは見下してる奴ばっかだし、逆に上の相手にはどう頑張っても逆らえないから媚びへつらう。真っ向勝負が同じ序列の奴相手にしかできないっていうのはそういうことね。上と下は仕組み上やりようがないから」

「……なんだか、凄く不自由だね」


 ほたるが言えば、ノエはきょとんとした顔をした。しかしすぐに「そうね」と笑みをこぼす。どこか陰のあるその顔にほたるは何か言おうとしたが、それより先にノエが「そんなワケで、」と空気を変えるように声を発した。


「序列はともかく毒は有り得ないって説明をしたんだけど、どう? まだ不安なら全部一口ずつ俺が毒見しようか?」

「……大丈夫。よく分からないけど、本当のことなんだろうなとは思うし」


 完全に理解できたかと言えば嘘になる。けれど、少なくともノエが嘘を吐いているようには思えなかった。彼のことだから演技ということもあるかもしれないが、それでも、最後に見た表情は嘘ではなかったと思いたい。

 ほたるは改めて「いただきます」と手を合わせると、目の前の料理に手を付け始めた。

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