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【改稿版】マリオネットララバイ  作者: 丹㑚仁戻
【後日譚】第一章 浮雲の翳
148/200

〈1-2〉明日何かあるの?

「……やっぱり、秘密にした方がいいですか?」


 ほたるの表情が翳る。エルシーが言ったことは想定どおりだったが、改めて言葉にされるとやはり気分が暗くなるのを感じた。


「お前は名乗りたいか」

「ノストノクスを困らせちゃうってことは分かってるんですけど……でもなんか、モヤッとするというか……」


 父を父と言うことができない。そう思えなかった頃は言っても良かったのに、いざ実感を持ったらもう父の子だと名乗ることができない。

 それはいくら事情を理解していても、理不尽に近いものを感じてしまう。


 ほたるにとって幸いだったのは、エルシーが「無理もない」とこの気持ちを否定しなかったこと。彼女は少し申し訳なさそうに眉尻を下げると、「父親としての奴を思い出したんだろう?」と寄り添うように小さく微笑んだ。


「あの男が父親らしいことをするだなんて想像ができないが、お前が良い思い出だと思っているならきっときちんとやっていたんだろう。なら仕方のないことだ」

「きちんとって言っても、たまに可愛がってもらったってくらいなんですけどね」


 父が隠していた記憶はいくつもある。けれどどれを頭に思い浮かべても、ほたるは母とのそれほどの思い出を見つけることはできなかった。遊びに連れて行ってもらったこともなければ、共に食事を摂った記憶すらない。恐らく一緒に住んでいるというよりは、本当に時々触れ合う程度だったのだろう。そしてその少ない記憶でさえもどこか朧気で、記憶と共に蘇ったこの気持ちがなければ、全部夢だったのではと錯覚してしまいそうになる。

 だから、名乗りたかった。そうすることでこの気持ちを補強しなければ、取り戻したばかりの思い出がどんどん風化していきそうだったから。


「お前の正体に関しては、悪いがすぐに明かすことはできない。ノストノクスとしてあまり意見を頻繁に変えられないというのもそうだが、スヴァインへの恨みがお前に向いてしまうのは避けたいんだ」


 物思いに耽っていたほたるの意識を、エルシーの声が呼び戻す。何度も言うということは、それだけその可能性が高いということ。

 そして同時にエルシーが自分を守ろうとしているような雰囲気を感じ取って、ほたるはもしや、と口を開いた。


「……もしかして私、戦えるようにならないと駄目ですか?」


 父への恨みを向けられた時、今の自分には対抗する術がない。どうにも相手がそれを気にしているように感じられてほたるが尋ねれば、エルシーはゆっくりと頷いた。


「できれば自衛できる程度には身に付けて欲しい。ノストノクスが真実を明かす準備ができても、お前自身に身を守るだけの力がなければ許可することはできない」


 恨みを向けられても、誰かに頼らず自分で対処しなければならない。その力がなければ父の娘を名乗ることはできない。

 ほたるはこくりと喉を鳴らすと、自分のしなければならないことを思い浮かべた。


「学校の勉強と、ノクステルナの勉強と、そういう訓練……バイトしなくていいならなんとか……」

「――待って俺との時間は?」


 考えるほたるを遮るように、ノエが不機嫌な声を上げる。


「ノエ、お前……」

「もう十分黙ってただろ。どう見てもほたる俺のこと忘れてるじゃん」


 エルシーに言い返すノエを見て、思考を中断したほたるは「忘れてはないよ?」と彼の顔を見上げた。


「嘘だね。学校行くなら外界で暮らすんでしょ? 俺そっち行けないよ。ほたるがこっち戻ってきて構ってくれないと会えないよ」

「毎週帰れるなら土曜か日曜どっちかを……」

「嘘でしょ、週一で済まそうとしてる?」


 信じられないことを聞いたとばかりにノエが顔を歪める。その予想外の反応にほたるは目を丸くした。週に一度会うというのは決して少ない頻度だと思っていなかったからだ。


「普通そんなものなんじゃないの……?」

「限りなく譲歩して土日全部」

「それは困る」

「俺はもっと困る」

「なんでノエが困るの?」

「なんでほたるは困らないの?」


 ノエはうんと眉をひそめて言うと、「ていうかそもそもの話なんだけど」とほたるの両肩を掴んだ。


「俺はほたるが外界で暮らすこと自体も反対なんだよ。外界なんて執行官かルール破ってる奴しかいないじゃん。犯罪者は勿論危ないけど、執行官だってほたるが暮らす拠点で生活してる奴がほとんどだよ? ひとつ屋根の下だよ? なんで俺以外の奴が俺よりほたると会うの?」

「ノエ」


 ノエを止めたのはエルシーだ。そのエルシーはうんざりしたように大きな溜息を吐き出すと、「黙っておけと言っただろ」と苦言を呈した。


「今はほたるの希望を聞いているんだ。お前の願望を押し付けるな」

「それで黙ってたら週一で済まされそうになってるんだけど?」


 ノエが不機嫌にエルシーを睨む。そんな彼の様子にほたるは気まずそうな面持ちとなると、「あの……」とエルシーに声をかけた。


「ちょっとだけ考える時間もらってもいいですか? ノエが言ってることは置いといて、自分にどれだけ同時進行でできるか分からないっていうのが心配で……」


 事実だった。学校に通うならば、平日の日中は全てそれに費やすことになる。一ヶ月以上休んで遅れている部分もあるから、授業以外の時間も勉強に当てなければならないだろう。

 そして一方で、ノクステルナの言語や文化も学ばなければならない。自衛のための訓練は勉強ではないから気分転換になるかもしれないが、それもどれほどの体力を要求されるか全く見当が付かないのは不安だった。

 というほたるの気持ちが伝わったのか、エルシーは穏やかに頷くと、ノエに冷たい目を向けた。


「ほたるの方がよっぽど大人じゃないか」

「週一を受け入れるくらいなら子供でいい」

「お前なぁ……」


 相変わらず不機嫌を顕にして答えるノエにまた溜息をこぼし、エルシーがほたるに向き直る。


「まあ、ゆっくり考えるといい。一度決めたらしばらくはその生活をしなければならないからな。そうだ、折角なら今度稽古でもつけてやろうか? どのくらい疲れるものなのか分かった方が、お前も優先順位を考えやすいだろう」

「いいんですか?」

「勿論。ほたるは実感がないと思うが、形式的には私とお前は同じ系譜なんだ。いくらでも頼ってくれて構わない」

「あ、じゃあこっちの勉強のことも教えてもらってもいいですか……? エルシーさんに時間を割いて欲しいって話じゃなくて、勉強に使える道具か何かあれば一人でやるので……!」

「ああ、手配しよう」


 エルシーは頷くと、「今日話したいことはこれだけだ」と立ち上がった。それが自分達を見送るための動作だと悟って、ほたるが扉の方へと身体を向ける。

 だがその時、ノエが「エルシー」と部屋の主を呼び止めた。


「ほたるに稽古つけるなら起き上がれなくなるまでしごいてやって。あ、でも危ないことは駄目」

「お前の魂胆は分かってるぞ。言っとくが拠点の管理人でも訓練に付き合える奴はいるからな」


 呆れたようなエルシーの声に、ほたるもまた同じような表情となった。これは部屋に戻ったら面倒臭いかもしれない――この後のことを想像して遠い目をしていると、エルシーが「そのあたりは二人で話し合え」と続けるのが聞こえてきた。


「お前の我儘に私を巻き込むな。というかノエ、お前は少しくらい自重しろ」

「エルシーのせいだろ」

「お前の稽古もつけてやろうか?」

「ごめんもう黙る」


 その言葉どおり、ノエは口を閉じてそそくさと出口へと向かった。そして扉を開き、「早く帰ろ」とほたるを促す。

 あまりの変わり身の早さにほたるが呆れていると、「ああ、そうだ」とエルシーが思い出したような顔をした。


「ノエ、明日のことは覚えてるんだろうな?」

「あ」


 その声と共に、ノエもまた足を止める。


「そっか……ふうん、明日か」

「ろくでもないことを考えるなよ」

「ルールは守るよ」


 そう答えるノエの顔は笑っていた。それも、悪巧みをするように。


「明日何かあるの?」


 不安に思ってほたるが尋ねるも、ノエはにっこりと笑って「後でね」と答えただけだった。

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