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【改稿版】マリオネットララバイ  作者: 丹㑚仁戻
【後篇】第四章 太陽と月
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〈13-1〉恐喝しようかなって

 短く、少し不快な浮遊感。その直後に瞼を突き刺す紫色の光が収まれば、ほたるの視界は真っ暗に戻った。

 移動の終わりを察して目を開けるも、そこはまだ暗闇の中。狭く、明かりのほとんどない、クローゼットの中のような場所。


「……ここどこ?」


 ほたるが自分を抱くノエに問いかければ、ノエはほたるを下ろしながら「隠し通路の中」と答えた。


「ほら、俺の部屋に直接行っても平気か分からなかったからさ」


 その答えになるほど、とほたるは納得を得た。ここはノストノクスだ。事前に聞いていたその情報と、たった今付け足された情報にほたるの記憶が繋がる。確かにこの狭さは経験がある。


 だが、ここはこんなに明るかっただろうか。照明はないから暗いのだが、以前は全く周りが見えなかった。しかし今は壁や足元をしっかり見ることができる。家族が全員眠りに就いた真夜中の家の中のような、ほんのりと物の形が浮かぶ暗さだ。

 ほたるが周りを見るようにきょろきょろとしていたからだろうか。ノエがおかしそうな笑い声をこぼしながら、「見えるんじゃない?」と問いかけてきた。


「うん……凄い。暗いけどちゃんと見える」


 吸血鬼になったという実感が、また一つ。

 これならばあの日、ノエが迷わず進んでいたのも頷ける。道は入り組んでいて覚えるのが難しそうだが、その問題さえ解決すれば外と同じように歩けるだろう。


「でもノエ、私ってノストノクスに来てもよかったの? 一緒に来てって言われたから来ちゃったけど……」

「あんまり良くはないかな。けどあの騒ぎをどうにかしないといけないから」


 ノエはそう言って苦笑すると、ポケットから黒い布を取り出した。ハチマキのような、細く長い布だ。


「見えるところ悪いんだけど、これ付けてくれる?」

「なにこれ」

「目隠し」

「なんで?」

「みんな怖がっちゃうから。俺のことも誰も知らないしさ」

「……そっか」


 言われて、ほたるの気持ちが少し沈む。自分の持つ序列は表向き誰でも操れてしまうほど高いのだ。思えば紫眼の使い方も他者の操り方も知らなかったが、知りたいという気持ちはあまりない。けれどそれを誰も知らないから、隠さなければ怖がらせてしまうのだろう。

 そしてノエのことを誰も知らないというのも、ほたるの心を翳らせた。


 やっぱりノエは、みんなを騙しているんだ――分かっていたが、改めて実感すると苦しくなる。ノエが言っているのは彼の本当の序列のことだ。そして騙している人の中にはエルシーもいるのだろう。誰も、と言うからには、ラミアの城にいた人々もそこに含まれているに違いない。

 つまりノエは、全ての吸血鬼を騙している。アイリスの仕事のために、その獲物となりうる人全て。誰にも本当のことは明かさず、そして誰にも心を許さない。仲間と認識している相手を殺すことを厭う彼の、自分自身を守る術。


 暗くなった気持ちを誤魔化すように受け取った布を目元に巻き付ける。するとノエが満足そうに「ん、似合う似合う」と言うのが聞こえて、別の意味でほたるの気持ちが暗くなった。


「……目隠しが似合うって全く嬉しくない」

「そう? 俺は好きだよ」

「……やっぱりノエは変態なの?」

「やっぱりって何」


 その言葉に叱って欲しいと言われたいだとか、怒られるのも悪くないだとか、これまでのノエの言動がほたるの脳裏に浮かぶ。ついでに自分の尻の傷痕を見せたがったこともあったなと思い出すと、ほたるは信じる人を間違えたかもしれない、と目隠しの下で半眼になった。


「ほら、おいで」


 思考に沈むほたるをノエが抱き上げる。こんなことなら家から目隠しして先程下ろさなければよかったのでは、とほたるは疑問に思ったものの、ノエがこんな場所に座標を合わせた理由を考えてその疑問は飲み込んだ。

 ここも安全かは分かっていなかったのだ。それなのに目隠しをした自分を抱えていたら動きが制限されてしまう。

 それに――


「……スヴァインは来ないかな」


 安全な場所から出たせいでどうしても考えてしまう。ノエの家は外から吸血鬼が来ることはできないが、ノクステルナは違う。常に夜のこの世界では、吸血鬼の行動は制限されない。


「ノストノクスにいるって分かれば来ないよ。多分ね」

「多分……」


 確実ではないことがほたるには心細かったが、ノエが平気そうにしているならきっと滅多にないことなのだろう。

 そう納得したところで、ほたるはノエが動き出すのを感じた。隠し通路の中を少し歩き、そしてすぐに止まる。片手で器用にリズミカルなノックをすると、そのまま扉を開けるような音がした。


「よっ!」

「……失踪していた奴の挨拶じゃないだろ」


 陽気なノエの挨拶の後に続いた、呆れたような声。エルシーの声だ。そうと分かるとほたるは気持ちが明るくなるのを感じたが、しかし聞いた単語がいけない。


「ノエ、失踪してたの?」

「そうそう。だからそろそろ戻らないとなァって」


 ノエはなんてことのないように言うが、ほたるはなんてことだ、と頭を抱えたくなった。ノエはずっと外界にいても平気なのだろうかと疑問に思ったことは事実だ。けれどそれは執行官としての仕事を休ませてしまっていると思ったから。もしくは、無断欠勤。それなのに失踪だなんて大事(おおごと)になっていたと聞いて、焦らずにいられるわけがない。


「ごめんなさい、エルシーさん」


 最初に聞いた声の位置を頼りにほたるが頭を下げれば、エルシーが「ほたるが気にすることじゃないさ」と苦笑するのが分かった。


「目隠しは外しても構わないよ。お前はこちらに何かしようとはしないだろう?」


 柔らかい声だった。その声にほたるの胸がじんとなる。「外しちゃいな」自分を下ろしながら言うノエにほたるが小さく頷いて目隠しを外せば、最後に見た時と変わらないエルシーがそこにいた。


「だいぶ健康的になったな」

「そんなに酷かったんですか?」

「少し良くない痩せ方をしていたから」


 ほっとしたように微笑み、エルシーがノエに「それで?」と目を向ける。


「わざわざほたるを連れてきたのはどういうことだ? てっきりお前はもうこの子を外界から出さないと思っていたが」

「外の騒ぎをどうにかしたくてね」


 ノエが言いながら窓の方に歩いていく。そこから見えるのは、ノストノクスを囲む塀の向こう側。そこに大勢の群衆が集まっているのを見ると、ノエは「やっぱまだやってんな」と嫌そうに呟いた。


「あれ、どうせスヴァインの子を出せってやつだろ?」

「ああ。先日侵入された分は鎮圧したが、外にはずっと居座られている」


 エルシーが辟易したように言う。その言葉を聞いたノエは少し表情を険しくすると、「クラトスのせいだろうな」と溜息を吐いた。


「あいつはスヴァインの代わりにほたるを担ごうとしてた。多分、他にも同じように考える奴が出てくると思う。それがクラトスの仲間なのか全く別の連中かは知らないけど、そんなのが続くとほたるの安全が確保できない」


 ノエが言うと、エルシーは「だろうな」と頷いた。


「しかしどうする? ノストノクスは立場上、ほたるを守ってやることはできないぞ」

「分かってるよ。ってことで、お前にちょっと頼みがあるんだけど」

「個人的な?」

「そう、個人的な」


 ノエがニッと笑う。と同時に、二人の会話を聞いていたほたるが思い出したのは、昨日のノエの発言。


『俺と一緒に恐喝しに行かない?』


 あの時は意味が分からなかった。恐喝という単語を飲み込んだ後はノエに白い目を向けた。そしてエルシーの元に来たから、それは冗談だと思い始めていた。

 だが、しかし。


 やるのか? 本当に恐喝するのか? ――ほたるが軽蔑にも似た不安を抱きながら見守っていると、エルシーが「言ってみろ」とノエを促した。それを受けて、ノエが口を開く。


「アレサ呼んでくんない?」

「……は?」


 怪訝な声を出したのはエルシーだった。ほたるは恐喝ではなかったと胸を撫で下ろしたが、エルシーには違ったらしい。彼女は訝しげな表情のままノエを睨みつけると、「一体アレサ様に何の用だ」といつもよりも少し低い声で話し出した。


「あの方は隠居の身だぞ。それをこんな場所に呼び出すなどと……」

「お前が後ろ向きなのは分かるよ。だからちゃんと頼んでるんじゃん」

「……呼び出してどうする気だ?」

「恐喝しようかなって」

「……何?」


 また、エルシーの怪訝な声。しかし今度はほたるも口を開けていた。声こそ出なかったが、ぽかんと口を開けたまま、恐る恐るノエの顔に目を向ける。けれどそこにあったのは、いつもと同じへらへらとした笑みだった。


「お前はやっていいことと悪いことの区別もつかなくなったのか?」

「ついてるよ。ほたるの身柄を預かってた執行官として、俺にはあいつから話を聞く権利があると思ってる」

「どういう意味だ」


 呆れ顔でノエに応対していたエルシーは、その瞬間、眉間に深い皺を刻んだ。


「エルシーさ、こないだラミア様の城でほたるを襲った従属種の身元って、まだ分かってないんじゃない?」

「ああ。……それがどうした?」


 エルシーの目が鋭くなる。ほたるもまた自分を襲った者の話だと分かって、身体に力が入るのを感じた。

 けれどノエだけは、相変わらずいつもの態度を崩さないまま。その笑んだ口元が、ゆっくりと動き出す。


「アレサだよ、あの時ほたるを襲わせたのは」


 その言葉に、エルシーの表情は更に険しくなった。

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