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【改稿版】マリオネットララバイ  作者: 丹㑚仁戻
【前篇】第一章 夜燕の波
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〈4-2〉全部、監禁の口実なんじゃ……

『その吸血鬼を見つけないと、ほたるは死ぬ』


 聞き漏らしがないよう、はっきりと。けれど、ほたるにはうまく飲み込めなかった。頭が受け入れなかったのだ。


「死ぬ、って……」

「登録のない種子持ちは処分しなければならない――それが俺らの法律で決められていること。だからほたるを殺すのはルールでもあるし、同時に種子でもある」


 無意識のうちに受容を避けようとするほたるに、ノエがそれは許さないとばかりに言葉を続ける。どうやっても頭の中に入るように、その腹の底に落とし込めるように。分かりやすく、淡々と、少しずつ言い方を変えてほたるに〝死〟を伝える。


「人間に与えた種子は、遅かれ早かれ必ず発芽させなきゃならない。そうしないとその人間……宿主が死ぬから」


 ほたるの手が、知らず知らずのうちに自分の胸に伸びる。ここに、そんな危ないものがある――実感も自覚もまだないのに、もしかしたら、と思うと身体が冷たくなった気がした。相手の話を鵜呑みにしては駄目だと思うのに、自分を今の状況に陥らせた種子持ちという言葉の意味だと考えると、どれだけ突っぱねてもじわじわとほたるの中に〝そういうもの〟として染み込んでくる。

 自然とほたるの視線が落ちる。前方に座るノエの膝を、そしてすぐに自分の膝を映す。制服のスカートから伸びた太腿に、頼りなく薄紫の血管が透ける。

 そうして完全に俯いてしまったほたるに、ノエが「救いがないわけじゃない」と続けた。


「種子を持っていることで死ぬなら、その種子がなくなればいい。発芽させるか、もしくは取り除くか。そうすればほたるは死なない」

「ッ、じゃあ……!」


 ほたるが弾かれたように顔を上げる。今すぐに――言葉を続けようとした時、ノエの目線がそれを止めた。


「そう簡単な話じゃないんだよ。体内の種子をどうこうできるのは与えた本人だけ。一応発芽の方は絶対に無理ってワケじゃないらしいんだけど、それは法で禁じられてるからやり方自体秘匿されててね。だからほたるが死なないためには、ほたるに種子を与えた吸血鬼を見つけ出さなきゃならない。法に殺されないためにも、種子に殺されないためにも」


 だったら早く探してくれ――浮かんだ言葉に、ほたるは自分がもうノエの話を信じてしまっていることを悟った。どれだけ拒絶しようとしても、彼の話はもう自分の中に入り込んでしまっている。嘘だと断じたくても、そうできる根拠がない。何せ種子がどういったものなのか、具体的なことが分からない。たとえ分かっても確認する方法がない。


 そして確認もせず嘘だと決めつけたら、自分は死ぬかもしれない。


 その恐怖が、じわじわとほたるを蝕む。


「一体誰が、私に……だって、全然知らない……」

「多分記憶を消されてるんだと思う。本当なら俺達のことをある程度説明して、本人の了承も取った上で種子はあげなきゃいけない。だからそういうやり取りはあったんじゃないかな。まァそいつがそのへんのルールを破ってたんだとしても、少なくとも顔見知りではあるはずだよ。なのに全く心当たりがないんだったら、記憶をいじられているって考えるしかない」


 そんなことができるのか――そう問いたいのに、問いかける気にならない。人の認識を操るのと同じことなんだろう、と諦めにも似た納得がほたるから力を奪う。そんなほたるにノエは「あ、そうそう」と思い出したような顔をして話を続けた。


「あとほたるが助かるパターンとしては、種子を与えた本人が死ぬこと。そうすると種子も死ぬんけど、でもそれは期待しない方がいい」


 残念そうなノエの声に、ほたるの目が自然と彼の方へと吸い寄せられる。そうしてその顔を見れば、ノエはやはり安心させるようにゆるく微笑んでいた。


「だからね、お嬢さんに種子を与えた奴を見つけることは、お嬢さん自身の命を守ることにもなるんだよ。それだけは理解しておいて欲しい」


 優しい表情が、声が、ほたるの恐怖を和らげる。信じたくないのにその話に恐怖を抱いて、信じたくないのにその優しさに安心している。

 これじゃあもう、信じないようにするなんて無理じゃないか――一つ信じれば、他のものも自分の中に入ってくるのを感じた。


 それは、母にされたこと。

 それは、彼らが人間ではないということ。

 それは、彼らが自分の命を守ろうとしてくれているということ。


 都合が良い、と思った。この話を信じれば、自分は彼らに従うしかなくなるから。


「全部、監禁の口実なんじゃ……」


 最後にどうにか抗おうとすれば、「口実なんていらない」とノエが感情の読めない声で言った。


「人間一人の自由なんて、そんな面倒なことしなくても簡単に奪える」

「ッ……」


 言い返すことができなかった。今まさに自分の置かれている状況がそうだと、ほたるも感じてしまったからだ。


「まァ、混乱するのも分かるよ。ていうかこんなこといきなり言われたって信じろっていう方が無理だと思うし。ただ、俺がほたるの命を守ろうとしてるってことだけは受け入れておいて欲しい。そこを疑われちゃうと、それこそ本当に監禁まがいのことしなきゃいけなくなるから」

「……もう、してるじゃないですか。鍵だって閉めて……」


 これを監禁と言わずして何と言うのだろう。部屋の中ではいくら自由でも、外に出られないのであれば閉じ込められていることは否定しようがないではないか。

 そう込めてほたるがノエを睨むように見つめれば、ノエは「内側から開けられるよ」ときょとんとした顔で答えた。


「え……?」

「言ってなかったけど、スペアの鍵はそこの引き出しに入ってるんだよ。後で見てみな」


 そこ、と示された先には小さな台のようなものがあった。ノエの言うとおり引き出しもある。ほたるが呆然とそれに目を奪われていると、「まァ、無闇に出たら危ないんだけどね」とノエが苦笑した。


「安全が確保できてるのはこの部屋の中だけだから、俺がいない時には下手に出ないで欲しいってのは間違いない。この建物にいる全員がほたるを守ろうとするワケじゃないんだよ。勿論、敵意を持ってる奴だっている……それは、あの傍聴席見てたら分かるでしょ?」


 問われて、ほたるをあの恐怖が襲った。大勢に向けられた強い悪意。理解できない言葉、考え方。それら全部が一瞬にしてほたるの全身を駆け巡って、太腿に触れた指先がキンと冷えたのを感じた。


「俺がほたるの命を守るってことにもっと信じる理由が欲しいなら……そうね、正直に言っておこうか。俺は別に個人的な感情でお嬢さんを守るワケじゃない、仕事だからだよ。組織としてはほたるの命より犯罪者を捕まえる方が大事なんだけど、お嬢さんが死んじゃうとその犯人が永遠に分からなくなるんだよね。で、俺達としてはそれは絶対に避けたい。ルール違反しても逃げ切れるって分かれば、同じようなことをする連中が一気に増えるから。だから組織としてもほたるの命を守る必要がある。要するにお嬢さんは証拠品ね。証拠は守らなきゃいけないでしょ?」


 ノエの言葉にほたるは何も答えられなかった。ほたるのためではなく、自分達の利益のためにほたるを守る――それは確かに、信用しやすい。純粋に自分のためだと言われても、では何故自分のためになることをしてくれるのかと疑わなければならないからだ。

 だから、受け入れやすかった。けれど同時に自分の命の危うさを思い知った気がした。誰も本当の意味でこの身の安全を願ってくれているわけではないと分かったからだ。


 黙り込んだほたるにノエは困ったように笑うと、「今日はここまでにしとこうか」とソファから立ち上がった。


「他のことは追々教えるよ。だから今日はもう休みな。あ、俺ので悪いけど窓のとこに履くモン置いといたから」


 それだけ言って、ノエがドアに向かう。内側から鍵を開け、そして、外側から鍵をかける。カチャリという小さな音が二回聞こえても、ほたるはその場から動けなかった。

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