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1.記憶を無くした婚約者

「キャロライン、本当に僕のことを覚えていないの?」


僕はローテーブルを挟んで目の前のソファに座り、困り顔でオドオドしている少女に尋ねた。


「はい・・・。ですので、このままわたくしと婚約関係を続けていくのはアーノルド様に、そしてクレイン侯爵家に御迷惑をお掛けしてしまうと思うのです」


彼女は申し訳なさそうに目を伏せた。


「なので、婚約を破棄して頂けないでしょうか?」

「婚約を・・・破棄に・・・?」

「はい・・・」


目の前の少女―――婚約者のキャロラインは顔を伏せたままだ。


僕は言葉を失ってしまい、暫く黙ってしまった。

キャロラインが顔を伏せていてくれてよかった。今の僕は恐らく鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたはずだろうから。



☆彡



二週間前、彼女は友人と大きな国立公園にピクニックに行った際、不幸にも大きな蜂に刺されてしまった。そのせいで、高熱を出してしまい、一週間寝込んでしまった。意識がないほど朦朧としていたらしい。面会謝絶とされ、その間僕は彼女には会うことが出来なかった。


一週間後、やっと目を覚ました時、彼女は記憶喪失になっていた。

自分の名前も、両親も、そして婚約者の僕のことも一切覚えていないのだという。


「・・・」

「・・・」


婚約者キャロラインの家、カンザス伯爵家の美しい客間。僕たちだけしかいないこの客間に長い沈黙が流れる。


「えっと・・・、アーノルド様・・・?」


いつまでも返事をしない僕に痺れを切らしたのか。キャロラインは恐る恐る顔を上げた。


「アーノルド・・・」


僕は呆けた顔のまま、オウム返しのように自分の名前と呟いた。


「え・・・? あ! 申し訳ありませんっ! 馴れ馴れしかったでしょうか?! えっと、クレイン様?」


キャロラインは慌てて呼び名を変える。僕はハッと我に返った。


「いいや、違う、そうじゃない。むしろ、逆だよ、逆。君にはもっと親しい名で呼ばれていたからね」

「え?」

「『アル』って呼ばれていた。『アル様』ってね」


僕は額に手をやり、はぁ~~と長い溜息を付いた。そしてチラリと彼女を見る。その顔を見てちょっと驚いた。

なぜなら、先ほどまでのオドオドとした顔から一変、スンッと無表情になっていたからだ。


「? キャロライン?」

「はぁ~~~~・・・。それは無いと思います・・・。嘘は良くありませんよ、クレイン様?」


彼女はそう言うと、呆れたように僕よりもずっと長い溜息を付いた。

その態度にほんの少しだけカチンとくる。


「記憶の無い君がどうしてそう言い切るの? 知っているみたいにさ」

「だって、()()()()()のですもの・・・」


彼女は悲しそうにフイッと顔を背けた。


「知っているって・・・。君は記憶が無いんだよね? 知っているってどういうこと? なんか、とても矛盾しているんだけど?」


僕は思わず顔を顰めた。


「・・・聞きましたの、ある人から・・・。わたくしたちの仲はとっても悪いって・・・」

「へえ? ある人って誰?」

「それに!!」


キャロラインは僕の質問に答えず、振り返ってこちらを見据えた。


「日記帳にも書いてありました!」

「日記帳? 誰の?」

「わたくしの!」


彼女は自分の胸をバンッと叩いた。


「君が・・・日記を・・・?」


僕は目を丸くして彼女を見た。


「正しくは日記と言うか、手記みたいなもの・・・? それを見つけたのです。そこには・・・いろいろと書いてあって・・・」

「いろいろって、僕たちのことを?」

「はい・・・」


キャロラインはまたまたシュンとして、顔を伏せてしまった。


「ふーん。具体的には何て書いてあったの?」

「それは・・・」


キャロラインは言い辛そうに眼を泳がせる。しかし僕は責めることを止めない。


「そんなに言い辛いこと? でも、ごめんね、僕も知りたいよ。教えて欲しいな。なんて書いてあったの? 僕の悪口?」

「ち、違います!! 悪口は書いてありませんでした!」


キャロラインは慌てて顔を上げ、両手をブンブン振る。


「じゃあ、なんて?」

「その・・・、アーノルド様は他に想い人がいると・・・、愛している方が他にいるのだと・・・」

「は?」

「そして・・・、わたくしのことは・・・嫌いなのだと・・・」

「・・・」

「その・・・、嫌われているのですよね? わたくしって・・・」

「・・・」

「記憶喪失になったというだけも厄介者なのに、その上、嫌われている女が婚約者なんて・・・、ご迷惑以外、何物でもないかと・・・」

「・・・」

「なので、これを機に婚約破棄をしてくださった方が、お互いの為って思うのです」

「・・・」

「・・・アーノルド様・・・?」


不安そうに上目遣いで僕を見る彼女に気が付き、ドン引きしかけた気持ちを無理やり引き戻した。


「ねえ、キャロライン。その日記帳を見せてもらえるかな?」


僕はにっこりと微笑んで彼女を見た。


「へ? それを?」


驚いた顔をするキャロラインに僕は頷いて見せる。キャロラインの顔がどんどん青くなる。

彼女はブンブンと首を横に振った。


「そ、そんな! 嫌です! 見せられません! だって、あんなの!! 恥ずかしいし、惨めすぎます!」


一体どんなことを書いているのやら。


「ごめんね、どうしても確認したいことがあるんだ」

「だ、だからっ! アーノルド様の悪口は書いていませんって!」

「あー、確認したいのはそこじゃないよ。別に、僕の悪口が書かれているのは気にならないし。むしろ、書かれていても仕方ないかな。あ、これは独り言」

「で、でも!」

「大丈夫、大丈夫! チラッと見るだけさ」

「嫌です! 嫌われているその本人に嫌われている事実を見せるなんて! 屈辱ですっ! 罰ゲーム以外何物でもないですわ!」


キャロラインは顔を真っ赤にして涙目で叫んだ。


「うーん、確かにそれが事実だったらね。でも、僕自身、君を嫌いだったことはないし」

「へ・・・?」

「そういう態度を君に取った記憶も無いんだけれどね。だから、どうして君が嫌われていると解釈したのか気になるんだ。僕が一体いつどこでどんな態度を取った時に、君に嫌われている誤解されたのか。その事実を確かめたい」

「・・・わたくし・・・、嫌われていないの・・・?」


ポカンと僕を見るキャロライン。僕はにっこりと頷いた。


「うん。嫌ってなんていないさ。だから見せてくれ。僕に弁明する機会をおくれよ」

「でも・・・、好きな人が・・・」

「それも気になるなあ~。一体誰なんだろう? 僕の好きな人って」


僕は微笑んだまま首を傾げて見せた。


「それは・・・、シャーロットでしょう・・・?」


キャロラインは顔を背けてボソボソッと呟いた。しかし、チラリと僕を見ると諦めたように小さく溜息を付いた。


「いいですわ、分かりました。お見せします・・・」



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