第9話
森にリヒュート王子が来た時、私は無我夢中だった。だから正直戦闘になった後のことはあまり覚えていない。目が覚めてからロイドから話は色々と聞いたけれど、王子と二人で少し話をして丸く収まったと言っていた。だからと言ってこのままロイドと二人でただのんびり森で暮らしていくわけにはいかない。城の修繕費や婚約破棄の賠償額はきっとすごいことになっているだろうし、家を出るなら一度両親にも話をしておきたい。
そのことをロイドに伝えると、彼は私の意を汲んで深夜にこっそり私を生家であるフォルテ公爵邸に連れて行ってくれた。私を溺愛していた両親はきっとこんな親不孝者な私でも家を出ることを悲しむだろう。そう思って両親の寝室の窓を控えめにノックする。するとすぐに部屋の灯りが付き、開いた窓から父が顔を出した。
「こんばんは。お父様」
「アリシア!?」
父の声を聞いて母も出てくると、部屋の中に通される。両親を驚かせたくないというロイドからの提案で、彼には申し訳ないけれど外で待ってもらった。
それから今回の事件のあらましを説明して、フォルテ家に迷惑をかけてしまうこと、勝手に家を出る決断をしてしまったことを謝罪した。全てを話し終わったあと、母は笑顔を見せてこう言った。
「お金のことは私たちに任せていいのよ。そのくらいの蓄えはあるわ」
「そんな事出来ません!これは私の責任です。私が払います」
「アリシア。こんな時くらい私たちを頼ってくれ。お前の結婚祝い金だと思えばいい」
「ですが…」
「アリシア」
譲ることの出来ない私の両隣に父と母が座る。母が私の手を取り、父が肩に手を置いた。二人は私を慈愛の篭った眼差しで見つめていて、そこには美しいアリシアを盲目的に愛する両親の姿はなく、ただ愛娘の幸せを願うごく普通の夫婦がいた。
「貴女は頑固で時々無茶をするけれど、私達の大切な娘よ。貴女がその外見のことで悩んでいたことには気付いていたわ」
「え…」
「私達はお前の苦悩に気づいていたが、どうしてやる事も出来なかった。だから見守ることにしたんだ。いつか、お前の事を本当に理解してくれる者が現れたら、その時は温かく送り出してやれるように」
私はずっと勘違いをしていた。父と母が私の言う事をなんでも聞いてくれたのは、私のこの外見のせいだと思い込んでいた。でも本当は、私の悩みに気付いて敢えて何も言わなかっただけだった。魔力酔いで倒れて魔法の勉強を止められそうになって必死に辞めたくないとお願いした後も、何度も無理をして倒れた。その度に二人は心配そうな顔をしていたけど、魔法の勉強は続けさせてくれていた。それが全部、ただ私の事を想っての行動だったなんて。
外見に縛られて他人の気持ちに気付けていなかったのは、私も同じだった。
「ごめんなさい…私、ずっと勘違いを…っ」
「いいのよ。言葉で説明するのは難しいことだから」
「でも、私達がアリシアを心の底から愛していることだけはわかってほしい」
「はい…」
優しく抱きしめてくれる二人に私は両腕を伸ばして抱きしめ返す。瞳からは大粒の涙が零れ落ち、嗚咽を堪えながら幸せを噛み締めた。
結局、賠償金はフォルテ家が支払うことになったが、私はいつか必ず全額返済することを約束した。家族の縁も切らないでいてくれるため、何かあればフォルテ公爵領に逃げてきなさいとまで言ってもらった。どこまでも優しい両親だ。
「…もういいのか?」
「ええ。待たせてごめんなさい」
バルコニーで待たせてしまっていたロイドが私を抱えて浮遊魔法を使おうとする。すると、私たちを見送りにきた様子の父親が後ろからロイドに声をかけた。
「君がロイドくんかい?…アリシアのこと、頼んだよ」
「…はい」
「無茶をしそうな時は出来れば止めてやってほしい」
父は穏やかな声だったけれど、ロイドは振り向かずに答えた。余計な心配をかけさせないための彼なりの配慮だろう。それに、父だって顔を見なくとも彼の体型や猫の耳や尻尾からある程度顔の想像は付くはずだ。こちらの意図を汲み取ってくれるだろう。
「それなら、彼女が無茶をした時は俺もその倍の無茶をすることにします」
「え!?」
「アリシアは優しいから、俺を過労死させたりはしないはずです」
「なるほど。それは妙案だ」
「お父様!?」
「とはいえ、二人揃って過労で倒れるなんて洒落にならないからな。あまり無理はしないように。何かあればいつでもここにおいで」
もう君も私達の家族なのだから、と父が言った。その時のロイドは唇を噛み締めて、何かを必死に堪えているように見えた。私は父親からは見えないようにそっとロイドの胸元に手を置くと、彼も私を見て目元をうっすら赤らめながら笑ってくれた。
「お父様お母様、そろそろ行きます。どうかお身体にはお気をつけて」
「ああ。二人とも元気で」
「たまには顔を見せてちょうだいね」
「はい」
そして私達はロイドの浮遊魔法で空を駆け、森の中の私達の家へと帰っていった。
◇◇◇
ロイドと森で暮らし始めてからしばらくが経った。一人分しかなかった椅子は二つに増え、殺風景だった部屋の中には花が生けられた花瓶や、可愛らしいテーブルクロスが飾られ、キッチンには焼きたてのアップルパイの甘酸っぱい香りが漂っていた。
ロイドと二人で家の前の花畑に並んで寝転ぶ。以前は白い小さな花しか咲いていなかったこの場所は、今は色とりどりの花々が息付き見ていると思わず顔が綻んでしまうほど見事だった。私はこの場所でロイドと一緒にのんびり過ごすこの時間が堪らなく好きだ。
「ねぇロイド…」
「ん?」
「好きよ」
「なッ…」
隣で寛ぐ彼の方を見ながら伝えれば、驚いたように目を見開いた後僅かに頬を染めるロイド。硬派な見た目なのに反応が可愛くて、私はついついこうして彼にちょっかいをかけてしまうのだ。
「急になんだよ…」
「今言いたくなったの」
「……」
何か言いたげにこちらを見てくるロイドも可愛くて、にこにこしながら観察していると、急にロイドの腕が伸びてきてあっという間に抱き寄せられてしまった。至近距離にロイドの顔があって、恥ずかしさに身を捩ると、私の足に長くて真っ黒な尻尾がするりと巻きつく。まるで逃がさないように尻尾に拘束されているみたいで、余計に恥ずかしくなった。
「俺も、愛してる」
「っ、ず、ずるいわ!」
「なにが?アリシアの気持ちに応えただけだろ?こんなので照れるなんて可愛いな」
「ロイドだって照れてたじゃない!」
「それはっ……照れちゃ悪ィのかよ」
恥ずかしそうに顔を逸らして口を尖らせながらそんな事を言うロイドに、私の胸がきゅうっと締め付けられる。彼にこんな可愛い反応をされて怒れる人間が前世の世界にいたら紹介してほしい。
「全く悪くないわ!」
「うおっ」
愛おしさが込み上げてきて勢いよく目の前のロイドに抱きつく。筋肉質な厚い胸元に頭をぐりぐりと押し当てると、足に絡みついた尻尾の先が嬉しそうにぱたぱたと揺れた。顔には出にくいのにこっちは本当に感情表現が素直で可愛い。
「そういえば…ずっと聞き逃していたのだけど、ロイドって何の獣の獣人なの?」
「ん?言ってなかったか?俺は黒豹の獣人だ」
「黒豹…ってことは、やっぱり猫科よね?なんで熱いものを食べても平気だったの?」
最初にここに来た時、ロイドは焼きたてのパンを食べても全く動じなかったし、火の扱いもかなり慣れてるようだった。だから猫っぽい耳も尻尾も、もしかしたら別の種類の動物のものかと考えていたのだ。
「ああ、確かに普通の猫科の獣人は猫舌だろうな。だがそういうものは環境で変化する。俺の場合は熱かろうが冷たかろうが構ってる余裕はなかったからな。それでいつの間にか慣れちまったんだろう」
特に干渉に浸るわけでもなく淡々と事実を説明するかのような言い方に、胸が痛む。熱くても冷たくても、食べられるものを食べられる時に口にしなければ生きてこられなかったのだ。それがロイドの当たり前だったとしたら、これからはその猫舌を思い出すくらい美味しいものを沢山食べさせてあげたい。
私は目の前のロイドの頭に手を伸ばして、ふかふかの猫耳の上からそっと撫でた。
「…アリシア?どうした?」
「今まで沢山頑張ってきたのね」
「……別に、褒められるようなことじゃねェよ」
「いいじゃない褒めたって。私がそうしたいの」
顔や口では悪態をつくけれど、やっぱり耳は下げ、尻尾はピンと立てて嬉しそうにしている彼の姿に、また私の心臓がときめきに襲われる。嫌がっている様子もないし、このまましばらく撫で続けていようとした私だったけど、何故かパシリとロイドに腕を掴まれてしまう。
「ご褒美ってことなら…こっちがいい」
「え?」
ゆっくり近づいてくるロイドの顔。赤い瞳がいつもとは違う熱を持って私を見ていて、彼の意図に気付いた私はそっと瞼を下ろした。
暗闇の中で一瞬迷ったような息遣いを感じたけれど、やがて唇に柔らかいものが押し当てられる。ロイドの匂いが近い…。
唇はすぐに離れていったけれど、私は薄っすらと瞼を開いて今の幸せな感覚に酔いしれていた。ロイドからのキスは初めてのことで、求められることがこんなに嬉しいとは知らなかったのだ。もっとしたい…そう思っていると、ロイドがまた顔を近付けてきて唇が重なった。それで終わりかと思ったら、また重なる。角度を変えて何度も繰り返される口づけにいよいよ息が続かなくなり、息継ぎのために口を開いた瞬間、ぺろりと唇を舐められた。
「あっ」
驚いて瞼と開くと、目の前にいたずらに成功した子供のような顔で笑うロイドの姿があった。
「びっくりしたか?」
「…舌がちょっとざらざらしてたわ」
「そりゃ猫科はみんなそうだよ。舌で毛繕いしてた頃の名残りらしい」
「毛繕い…今はしないのよね?」
「はは、しねェよ。でも…」
ロイドが掴んでいた私の手を口元に寄せると、指先をぺろりと猫の舌で舐められる。
「アリシアがして欲しいなら…毛繕いしてやろうか?」
こちらを見下ろすロイドの目が細められ、なんだか獲物を見定めた獣のような視線に感じられてドキリとする。しかも毛繕いって…舐めるってこと!?
「え、遠慮しておきます!」
「ははは!」
咄嗟に敬語が出た私をロイドはおかしそうに笑って、でも幸せそうなその様子に文句も引っ込んでしまった。あと、ロイドが意外といたずら好きという事も分かったから、今後は余計なこと言わないように気をつけよう…。
少し反省しながら、まだ笑いの引かないロイドを見つめる。このままここでこの人とのんびり暮らしていくのはきっと楽しいだろうと思う。でも、今のままじゃやっぱりだめな気がする
「…あのね、ロイド。私ずっと考えていた事があるの」
「ん?」
「貴方に出会った日から、貴方に…居場所を作ってあげられたらいいなって思ってた」
私の話し方から何かを感じ取ったのか、ロイドは少し表情を引き締めて私を見る。
「なら、もう叶えてくれた。俺の居場所はアリシアのいるところだ」
「ふふ…そうかも。でもね、今はもう少し違う考え方をしているのよ。貴方は私と寿命がそんなに変わらないけど、もし私達に子供が出来て、その子が大人になる前に私達が死んでしまったら、どんな辛い目に遭うか…考えただけでも恐ろしいわ」
少し前にロイドからロイドのお母様の話を聞いた。その後どんな風に生きてきたかも話してくれた。幼い彼が過酷な生活を生き抜けたのは彼の努力だけじゃなく運もあったはず。私達の子供が全く同じ状況になっても無事に生き延びられる保証はないし、出来ることならそんな辛い目には遭わずに平和に暮らしてもらいたい。
「だからね、ロイド。私達で国をつくらない?」
「は?」
「獣人もエルフも人間も、全部受け入れて、外見で差別をしない平和な国。そんな国があったら素敵じゃない?」
私の言葉にロイドは固まってしまっている。それもそうだ。国を興すなんて簡単に出来ることじゃないし、何の力もない私達がいきなり国を興しても長く続くとは思えないだろう。きっと反対されるだろうな…そう思っていた。
「アリシア…」
「うん…」
「お前って、本当にすげェやつだな」
「え?」
「そんな国があったら俺も住みたい。それに、そういう場所を求めている奴はかなり多いと思う」
「それって…」
「俺も一緒にやる。上手いやり方は正直あんまり思いつかねェけど…俺に出来ることならなんでもする」
二人で体を起こして手を握り合う。まさかロイドがこんなにあっさり協力してくれるなんて思わなかった。でも…一人で生きてきたロイドだからこそ、外見で差別される人にとっての安全な場所の必要性が分かるのかもしれない。
「でも、俺たちだけの力じゃ無理だよな?」
「そうね。ロイドはこういう事に協力してくれそうな人、だれか知らない?」
「そんな奴いな……………一人だけいる」
「本当に?どんな人?」
ロイドの話によるとその人はロイドの仕事の上司で、素性はよく知らないけどもう7年ほどの付き合いらしい。それで今更だけどロイドの仕事の内容を聞き、彼が義賊のようなことをしていたことを初めて知った。まぁその辺りは大方予想は付いていたのだけど、その仕事を振ってくるのが今回話に上がったイリスという人間らしいのだ。
義賊をしているイリス…彼の故郷がもし隣国のユーサリスなら、私の知っている人物と同一人物かもしれない。私はすぐロイドにアポを取ってもらい、イリスと会う事になった。
「驚いた…本当にあの世界一美しいご令嬢を射止めたんだ。僕はイリス。よろしくね」
「よろしくお願いしますイリス。突然だけれど、イリスの出身はユーサリスかしら?」
「え、そうだけど…なんで分かったの?」
驚くイリスだけれど、私が彼を知っているのは一度だけパーティで会ったことがあったからだ。その頃はお互い子供だったけれど、珍しく顔の整った子供で、特徴的な緑色の髪色だったから覚えていた。
私がパーティで会ったことがあると伝えると、イリスは観念したように笑って被っていたフードを外した。フードの下から現れたのは緑色の髪に優しげな顔をした青年だった。私から見てイケメンだと感じる彼も、ロイドと同じようにこの世界では差別を受けているはずだ。
「お久しぶりですアリシア嬢。まさか覚えて頂けていたとは光栄です」
「こちらこそお会いできて嬉しく思います。サフィリス=ユーサリス殿下」
「はは、その名前久しぶりに聞いたよ。でも今はただのイリスだ。僕はもう王族として生きる道を捨てたから」
「お前…本当に王族だったのか」
「元ね。王位継承権はとっくに放棄してる。理由は…この外見のせいか、他人の醜い部分を目にする事が多くてね。幸い兄弟はみんないい奴だから、表からの国の事は兄弟に任せて、僕は裏から国を守る事にしたんだ。こんな外見だし、表舞台にいるよりこっちの方が動きやすいと思ってね」
事前に説明してあったロイドは未だに信じられない様子だけれど、こうして対面してみると身のこなしが洗練されていて高度な教育を受けてきた事が伺える。それに、元々ユーサリスの先王…つまりイリスのお爺様は王族どころか貴族でもない、それこそ義賊だった。でも彼の行いが巡り巡って国を救う事になり、かなり異例な事ではあるがその時の第一王女との結婚が許可された。まぁ、先王は容姿も評価されていたのが大きいとは思うけれど…じゃないと王女が結婚を許すはずがないし。
だからイリスという名前と義賊という単語を聞いて、7年前に王城を去ったサフィリス第3王子のことを思い出したわけだ。彼はユーサリスに対する忠誠心が強そうだけれど、私達の話に乗ってくれるだろうか。国を興す以上、国同士の関係が必ず友好的になるとは限らない。場合によってはユーサリスと対立してしまう可能性がある。
でも、裏の事情をよく知っていて、今まで裏の世界を渡って来た彼なら交渉も上手いはず。外交を私だけで担うのには些か無理があるし、出来れば私の他にもう一人くらいは欲しい。私は意を決してイリスに国興しの話をした。すると。
「あはは!なにそれすごいね?」
「いきなりこんな話をされても冗談に聞こえるかもしれないけれど、私達は本気で…」
「ああ、違うよ。冗談だなんて思ってない。笑ったのはそんな素晴らしい考えが思い付いたことに驚いたからだよ。僕は国興しには賛成だな。是非協力させて欲しい」
「い、いいの?貴方の母国と対立するかもしれないのに…」
「それは君も同じでしょ?国同士が対立することもあるかもしれない。でもそれを怖がってちゃ国を背負って立つなんて到底できないからね。まぁ、王族を辞めたくせにどの口がって思うだろうけど」
穏やかな口調だけれどその言葉には少しの澱みも感じられない。やはりこの人も自分の中に芯が一本通った強い人なんだ。
それからイリスとは何度か会って意気投合し、彼も森で暮らすことになった。まだ準備段階だけれど、私達は毎日のように集まっては夜遅くまで国興しまでの作戦を練っている。
「…それにしても、この森の石ころが全部魔石だったなんてよく気が付いたな」
「気が付いたのはたまたまだったけどね」
その日もイリスを見送って、私はロイドと家の中に戻った。二つだった椅子はいつの間にか三つに増え、テーブルも大きなものに変わっている。
そのテーブルの上に置いてあったのは大量の魔石だ。しかしそれは全部この家の前に落ちていた、一見するとごく普通の石ころだった。それが、エルフの少年であるユークから教わった浄化魔法をかけたところ、内側から宝石のような光沢を放つ魔石に変化したのだ。
「これは私の仮説だけれど、この森にあるものには全部通常よりも多くの魔力が宿っていて、そのおかげで瘴気を浴びても何の影響も受けないんだわ。普通の石や果物に見えても、多分この森の環境に適応するために変化した別の物なんだと思う」
「たしかに、俺たちは魔力が多いから影響を受けないが、普通の人間は瘴気に当てられて死んだら体が形を保てなくなって霧散するからな。ここで形を保って存在してるっていうのは、そういう仕組みだと考えれば筋が通る」
「でしょう?魔石は富裕層にかなり需要があるし、これで金策はどうにかなりそうね」
私がそう言ってロイドに笑いかけるとロイドはふっと笑ってくれたけれど、その後少しだけ暗い顔になってしまった。多分他の人が見たら気付かない変化かもしれないけれど、最近は耳や尻尾を見なくても彼の表情から感情が読み取れるようになっていた。
「どうしたのロイド?」
「アリシアは本当にすげェな…俺は、こんなんで本当にお前の助けになれてるのか分からない」
私はいつもロイドに感謝を伝えているつもりだったけれど、今は少しナイーブになってしまっているようだ。最近は彼の事を褒めまくっているので自信もついたかと思っていた。でも、やっぱり他人と比較してしまう癖はなかなか抜けないらしい。
「何言ってるの?いつも助けてもらってるわ。それに、適材適所ってものがあるから、今は余裕があってもこれからロイドにお願いしなきゃいけない事は山ほど出てくるのよ」
「本当か?」
「ええ。あと、自覚がないみたいだから言っておくけど…もし国を作ったら、王様は誰になると思う?」
「え…………………………お、俺!?」
「他に誰がいるの?」
たっぷりの沈黙の後、大きな声で驚きを表現する彼にちょっと笑ってしまう。
「い、イリスじゃないのか?アイツは元々王族だろ?」
「うーん、もしイリスがどうしてもやりたいって事ならそれでもいいけど。でも言い出した私達がリーダーにならないのは、なんだか責任から逃げているみたいにならないかしら?」
「う"っ…それはたしかに」
それに、多分イリスはやりたいとは言わないと思う。元々王族だったからこそ、その責を降りたのに他国で王の座につくのは本人の心情的にも難しいだろう。外野がとやかく言わない限りは、イリスが王様になる可能性は低いと思っている。
「俺が、王に……」
「大丈夫?」
「ああ、なんだか想像もつかなくて…正直現実味がねェけど。でも…」
「きゃっ」
突然ロイドに横抱きにされ思わず声が出る。驚いたけれど、ロイドがどこか幸せそうな笑顔で私を見下ろしているのを見て、文句を言うのはやめておいた。
「俺が何になっても、俺の隣にアリシアがいてくれるならそれでいい。何十年かかっても絶対に、俺達の子供が安全に暮らしていける平和な国をつくろう」
「ロイド…ありがとう」
ロイドの頬にそっと手を伸ばす。何も言わなくとも彼が私の方へ顔を寄せてくれた。
「愛してる。アリシア」
「私も…」
私の言葉はロイドの唇に塞がれて最後まで言えなかったけれど、唇を離したロイドがまるで「伝わっている」と言いたげに甘く微笑んでいた。
◇◇◇
それから15年後、黒の森と呼ばれていた大きな森林に「シュナウド王国」という新興国が誕生した。その国を治める王は獣人で、人間以外の種族が王族になることは前例がなかった。しかもその醜い王の妃は世界で最も美しいとされる女性であったが、不思議な事に二人はとても仲睦まじいのだという。
その国の民は種族を問われることはなく、皆平等な権利を持ち、彼らの安全は法の元に保証されている。他国で理不尽に苦しめられてきた者達は皆その夢のような国に移住することを望んでいた。
しかし、かの国に入国するにはたった一つ難点があった。それは森に宿った瘴気を跳ね除けられるほどの魔力を持っていなければならないこと。その壁にぶつかり諦めてしまう者もいたが、その内のほとんどの者は奮起し己を鍛え上げて壁を乗り越えてくるのだった。
こうしてシュナウド国には努力を惜しまない者が必然的に集まり、その性質は国民性として定着した。国は永きに渡り繁栄し、瘴気に包まれ国民の外見はとても美しいとは言えないばすのそのシュナウド王国をいつしか人々は「美しき国シュナウド」と呼ぶようになったのだった。
END
ここまで読んでいただきありがとうございます。
短めですが、本編は完結です。
気が向いたら後日談を書くかもしれません。