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第4話(ロイド視点)

※ロイド視点




家に戻ると丁度目を覚ました様子のアリシアと少し話をした。アリシアは予想に反して落ち着いていて、やはり真っ直ぐに俺を見てきた。今度は最初からフードをしていなかったのに、顕になった俺の素顔に嫌悪感を向ける事なく凝視してくる。普通なら叫んだり気絶したりするはずだ。


気になった俺がその事を指摘すると「他人の容姿に興味がないから」などと平然と言い放った。興味がないくらいで俺のこの顔を見過ごせるはずがない。化け物と言われるほど醜いこの姿が、温室で大事に育てられた貴族の娘なんかに受け流せるわけがないのだ。


けれど、アリシアは“そんな事よりも”とでも言いたげにさっさと話題を変えようとする。俺の頭の中はパニックだった。


泣いて、叫んで、化け物と罵って。俺の顔を見て石を投げてくる奴なんてまだ可愛い方で、女ですら刃物を向けてくることもあった。みんな早く自分の視界から俺を排除しようと必死になる。なのにアリシアは何もしない。まるで本当に俺の外見になんて興味がない様子で接してくる。


20年生きてきてこんな事は初めてだ。


アリシアの言葉が理解出来ないと思う反面、俺に対する態度には何の矛盾もない事が余計に俺を混乱させた。理解が追いつかない頭を片手で押さえながらフラフラと壁へ持たれる。アリシアの視線から逃れるように彼女に背を向けたが、彼女は構わず話しかけてきた。


霞のかかったような頼りない頭をフル回転させてなんとか冷静でいようとする。しかし、平常ではない俺の口は勝手にアリシアを売るつもりであるような事を話してしまい、そこでようやく彼女が少し動揺した事が分かった。人間よりもずっと性能の良い耳が僅かな呼吸の乱れを聞き逃さなかったからだ。


アリシアは俺の見た目を怖くないと言うが、この状況なら俺が相手じゃなくても相当怖いだろう。こんなつもりじゃなかった…なんて今更だ。俺が側にいれば余計なストレスを与えるだろうし、一旦外に出るか。


ユーサリアで調達してきた食糧を机に置き、そのまま外へ出ようとした。しかし、それをアリシアに止められる。しかも俺の名前が知りたいらしい。一日に二度も名前を聞かれるなんて…こんな事もあるんだな。そこで漸く視線を向けたアリシアは、こんなボロ家に存在している事が嘘みたいに美しくて、まるで彼女の周りだけ別の世界かのような清涼感が漂っていた。


凛とした蜂蜜の瞳と目が合う。逸らしたいのに逸らせない。真っ直ぐに俺を見る瞳が、余計に美しく感じた。




「……ロイド」




名前を教えれば、きっと彼女を家に帰した時に俺の名前はあっという間にラゴール中に知れ渡ることになるだろう。けれど、拒否出来なかった。彼女の美しい瞳をもっと見ていたいという気持ちを振り切って、俺は家を後にした。




◇◇◇




森の中で食べられる少量の山菜を手に家に戻る。施錠を解除しようとした時、ドア越しに微かに女の啜り泣く声が聞こえてきて思わず動きを止める。泣いている所など見られたくはないだろうと思った俺は家には入らず、家の前の薪に火をつけてしばらく火にあたる事にした。


誘拐犯にも堂々と振る舞って見せていた彼女だったが、本当は恐ろしかったのだろう。見知らぬ男の家に閉じ込められ、これからどこかに売られるかもしれないなんて。


自分で攫っておいて彼女を不憫に思うなんて俺はどうかしている。それに可哀想だと思うのなら、さっさと家に帰してやれば済む話だ。だが、どうしてかそうする気にはなれない。もう少しだけ、側に置いておきたいと思ってしまうのだ。


しばらくして、家の中が静かになった。泣き止んだのだろうと思い、施錠を解除して中に入る。アリシアはベッドの上で膝を抱えたまま蹲っていた。その様子を一瞥したあと机の上を見ると、昼に持ってきた食糧が手付かずのまま放置されていた。




「飯はいらないのか?」


「……」


「どこか具合が悪いのなら正直に言え」


「……大丈夫よ」




大丈夫だと言うその声は少し震えていた。




「…俺が怖いか?」


「怖くないわ」




今度は返答が早かった。今まで散々俺に対するアリシアの反応を見てきたが、やはり信じられないという疑心からつい苛立ったような声が出る。




「じゃあなんで泣いていたんだ?」


「!…な、泣いてないわ」


「さっき泣き声が聞こえた」


「貴方の聞き間違いです」


「なら、その赤く腫れた目元も俺の見間違いか?」




泣いていた事を指摘した際に顔を上げた彼女の目元は腫れていた。とは言っても少し赤くなっている程度で、彼女の美しい目をより引き立てている。しかしアリシアは恥ずかしかったようで、まろやかな頬を朱に染め上げて顔を逸らした。可愛い…と素直に漏れそうになった言葉を口元にグッと力を込めて耐える。仕草まで愛嬌があるなんて反則だ。




「…別に、貴方のことが怖くて泣いていたわけではないわ。ただ…悔しかっただけ」


「悔しかった?」


「そうよ」




俺は考えを巡らせたがアリシアの言葉の意図が理解出来ず眉間に皺が寄る。俺の疑問を感じ取った様子の彼女は、小さなため息の後に言った。




「私の魔法が貴方に敵わなかったことが悔しかったの。ただそれだけよ」




俺に…魔法で勝てなかったことが悔しかった?そんな事で?


またしても予想していなかった言葉に目を瞬く。世界の全てを手に入れてしまえそうなほどの美貌を持ちながら、俺なんかに魔法が効かなかったくらいで悔しがる意味が分からない。しかも涙を流すほどだ。そもそも貴族のアリシアが魔法を使える必要はないし、獣人の俺が彼女より魔法の腕が立つ事は何もおかしい事はないはずだ。だが…




「…お前の魔法は、すごかった」


「え…」


「俺は生きるために魔法の腕を磨いてきた。だから、お前の魔法が一朝一夕で出来るようになるものじゃない事くらい分かる」




そうだ。アリシアの魔法は普通の人間が生まれつき出来るレベルのものではなかった。単純な生活魔法なら少し習うだけでも出来る奴はいるだろう。だが殺傷能力のある魔法となると話は別だ。




「お前が使った雷魔法は水・火・光の複合からなる上級魔法だ。扱えるようになるにはかなりの訓練が必要になる。しかもお前は人間だ。上級魔法を連発出来るほど魔力を底上げするとなると相当な時間がかかるし、魔力酔いも酷かっただろう」




元々魔力量の多かった俺でさえ魔力酔いを起こして吐いた事があるくらいだ。きっとアリシアはもっとキツかっただろう。そこまでして魔法を使いたい理由は俺には分からないが、これだけは分かる。




「…努力したんだな、お前」




しかしそれに対してアリシアの反応はなく不思議に思っていると、突然アリシアの頬に透き通った涙が伝った。女に泣かれた事なら数えきれないほどあるが、声も上げず、こちらを凝視したまま泣かれたのは初めてのことだった。




「お、お前なんで泣いて…」


「あ、」




アリシアはまるで自分が泣いていた事にたった今気が付いたような様子で自分の手に零れ落ちる涙を凝視したあと、その両手で顔を覆った。それでも涙を留める事は出来ないのか、アリシアの手の隙間から止めどなく涙の雫が滴り落ちた。


どうすればいいのか分からず立ち尽くす俺に、アリシアは声を震わせながら言った。




「…私に、そんな言葉を掛けてくれたのは貴方が初めてだったから」


「え?」


「本当に、初めてだったの…今まで誰も、そんな風に私を見てくれなかった」




誰も…誰も…


そう繰り返す彼女の声があまりにも悲痛で、何故だか俺の胸まで痛んだような気さえした。


そうか…きっとアリシアはこの見た目のせいでどんなに努力をして得た力も、初めから持っていたものだと思われたに違いない。俺もアリシアとやり合った時、最初“外見に見合わず”強い女だと思った。外見の整った奴は何もしなくても周りが助けてくれるから努力をする必要がない。実際、顔が良いあの王子は守られてばかりで何も出来なかった。それに、アリシアほどの魔法の腕を持つ人間はそういないだろうから、彼女の努力や苦難を真に理解できる者など近くに誰もいなかったのだろう。


そうまでして何故魔法を使おうと思ったのかは分からない…。だが、彼女が抱えていたものがどれほどの苦しみだったのか、俺にはなんとなく理解できた。外見で何もかもを判断される苦痛は、誰よりも知っている。




「…あんまり泣くと、また腫れるぞ」




俺の見た目が原因で泣いているわけではないが、これ以上女が泣いているところを見ているのがなんだか堪らなくなって、ベッドにあった毛布をそっと彼女の頭から掛けた。ハンカチなんて洒落たものは持っていないから、悪いがこれで我慢してもらうしかない。


するとアリシアは細く白い手でその毛布を掴むと、小さな声で言った。




「…ありがとう」




誰かに礼を言われたのなんていつぶりだろうか。


たった5文字のその言葉が、じわりと胸に広がって思わず緩みそうになった口元にまた力を込めた。





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