#記念日にショートショートをNo.3『涙の死』(Death of Tears)
2018年4月29日(日)昭和の日 公開
【URL】
▶︎(https://ncode.syosetu.com/n5257ic/)
▶︎(https://note.com/amioritumugi/n/n65f1d660cedd)
【関連作品】
なし
その頃のわたしは、とても「死」に敏感だった。まるでアンテナが張られているかのように、人々が話す言葉の端々に「死」というワードが出れば、自然と耳がその言の葉を捉えようと、神経を集中させていた。それは画面上でも同様で、クラスメイトの男の子とのLINEの中に、「○○死ね」というその男の子が打った言葉が出ると、全身が一瞬で氷結した。それは少しばかり面倒くさい先生に対する言葉だった。その言葉に、怒りよりも暗い悲しみがわたしを包んだ。それはその文字よりも文字を打った人物に対する感情だった。一番聞きたくない人からの言葉だったから、より悲しく感じたのかもしれない。
祖父を亡くしたのは、その少し前だった。
それは突然の訃報で、わたしは高校から帰宅してすぐに母からそれを聞いた。一月三十一日だった。春に生まれた祖父は春が来る前に死んだ。母の言葉に、わたしは驚きという感情に監禁された。どういう反応をしていいのかわからず、「死」というものを傷付けないように、平常を装って表情を取り繕い、母と少し会話をしてから自室に戻ると、私の目から静かに涙が流れた。
生前の祖父を最後に見たのは、年末年始に帰省した時で、お正月に病院に行った時だったと思う。正確な日付は覚えていない。歳を取って数年前から病気をしていたが、まだまだ元気そうで、いつものように挨拶程度の会話しかしなかった。いまから思えばもっと話をしておくべきだったのだろうけれど、後悔しないように「会話」をするのは「死」を想定しているようで、それは失礼なことだしそんな風にする「会話」はしたくないと思う。祖父の死を聞いた時に一番最初に思ったことは、「ああ、人間って死ぬんだな」というもので、まるで遠いことのようで、現実味がわかなかった。
急遽入試休みを利用して葬儀に参加するために帰省することになった。悲しいことのはずなのに、準備をしている親戚たちの間には感情的に泣いたり死を嘆く言葉ばかりを話す者はいなくて、少しばかり拍子抜けした。わたしはもっと表立った悲しみが溢れているとばかりに思っていた。
お葬式がはじまると、あちこちからすすり泣くような音が聞こえ、場違いな気まずさがわたしを支配した。出棺の際は、一緒に行った姉も歳の近い従兄弟たちも泣いていて、泣けないということに申し訳なさと自分だけが取り残されたような悲しい孤独を覚えた。「泣く」ことが義務化しているように感じられた。
火葬場に移動すると、職員の方から説明を受けた。わたしたちは祖父の入った棺が焼却炉に入るのを誰一人話すことをせずに見ていた。焼却炉の扉が閉ざされると、わたしたちは待合室のような場所に移り、お菓子と一緒に談笑しながら待つことになった。そこには和やかなムードが漂っていて、「死」という出来事がまるでなかったかのようで、集まった人みんなが笑顔で寛いでいた。わたしはみんなに尊敬よりも畏怖を感じた。一時間が経った頃、アナウンスが入り、わたしたちは納骨をする部屋に向かった。ドアがなく、部屋に入るとすぐに机の上にたくさん並べられた骨が目に入った。衝撃だった。わたしは火葬後に起こる展開をわかってはいながらも予想していなかった。心の準備が出来ていなかった。通夜の時には見えていた(棺は蓋を閉めていなかった)祖父の身体が、人間を喪い、場違いな寂しさを漂わせていた。祖父の骨は布で隠したりなどは一切されておらず、もっと丁寧に納骨の儀式へと向かうものだと思っていたから、礼儀を大切にする日本人の文化でもこの程度のものなのかと、儀礼の大雑把さに、悲しさを覚えた。祖父の骨は大きかった。
火葬場を出ると、糸のように細く冷たい雨が降り出した。火葬場から車で移動し空港へ近づくにつれて、雨は強さを増していった。その雨の色は悲しみや寂しさを表現しているのではなく、どうしたらいいのかわからないわたしの心の中を読み透かしているようだった。
【登場人物】
【バックグラウンドイメージ】
【補足】
◎ストーリーについて
著者の実話をもとにしたノンフィクションです。
【原案誕生時期】
公開時




